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第1話 魔王と勇者

「魔王、今日こそ俺は、お前を倒す!!!」


「勇者よ、できるものならやってみろ!」


 舞う砂埃。猛る熱気。

 積年の好敵手(ライバル)はお互いをにらみ合う。


 一方は、魔王。

 魔族の頂点に立ち、彼らを率いる一族の主人。

 なびく黒髪は艶やかで、一見してさらさらストレートであることが分かる。

 漆黒の瞳は冷淡に、ただ静謐に相手を見据えた。


 一方は、勇者。

 人間の代表者として、魔族と戦う使命を一身に背負う。

 くるくるとしたくせっ毛の金髪は、太陽の光をもはね返す。

 澄んだ海色の瞳は、人を惹きつけて止まない魅力を有していた。


 緊張の糸はギリギリと引き絞られ――――そして、今。戦いの火蓋は切られた。


 ぶつかりあう、力の塊。

 それは、辺り一帯の大気を揺らし、地をえぐった。


 魔王と勇者。たった2人の手によって。


「うおー、いけー!魔王様ー!!!」

「魔王様、さいっこうっ」


 魔王サイドでは、魔族がこぞって魔王に声援を送る。

 中には、『魔王様最強』と書かれたプラカードやらタオルケットやらを掲げている者もいる。


「勇者様――――!!!」

「キャーッ 勇者様かっこいい!!」


 勇者サイドでも、人間が魔族に負けまいと声を張り上げる。

 中には、勇者をアイドルかなにかと勘違いして、ペンライト両手に黄色い悲鳴を上げる者もいる。


 緊迫しているようで、どこか気が抜けてしまうようなこの戦場が作られた原因は、数百年前にさかのぼる。


 数百年前、人間と魔族は終わりのない戦いを繰り返していた。

 恨みは恨みを生み、憎しみは憎しみを生んだ。


 ――――が、それに終止符を打つ者がいた。

 相次ぐ血を血で洗うような凄惨な戦いに、人間も魔族も疲れ切っていたのだ。


 ある日の戦場で、相対していた当時の勇者を前に、当時の魔王は思わずもらしてしまったのだ。


「もうやめたい」と。


 当時の勇者はそれに即座に同意。

 休戦協定はすみやかに結ばれた。

 だが、それで長年の恨み辛みが消え去るわけではない。

 当時の魔王と勇者は、お互いの遺恨をなくすため、せめて勝敗だけは決しよう、と、ある取り決めを行った。


『魔族と人間、それぞれ代表者を立て、一騎打ちにて勝敗を決める』


 かくして、魔王と勇者は月に一度、決死の一騎打ちを行うことになったのだ。


 この取り決めが交わされ、早数百年。

 勝敗は、まだ決まっていなかった。


「数百年にわたる戦い、今日こそ終わらせてやる!俺の勝利でなあ!」

「それはこちらのセリフだ勇者よ。私に勝てるものなら勝ってみよ!」


 人間側は、すでに当時生きていた者はおらず、歴史の授業で習う程度になっていた。

 魔族側はかろうじて当時の生き証人がいるものの、すでに高齢で一線を退いていた。

 魔王と勇者も何代か代替わりしている。


 まあ、ようするに。

 当時の遺恨やらなんやらなんて、すでに無いも同然だった。


 魔族も人間も、月に1回のこの決戦を、恒例行事的な扱いをしている。

 見物に来ている者たちも、レジャーシートや弁当を広げて宴会気分。

 人間から魔族に、「あっ、箸忘れちゃった」「良かったら、こちら使います?」「え、いいんですか?」「どうぞどうぞ」「ありがとうございます」なんて会話が交わされる始末だ。


 だがしかし、魔王と勇者は真剣以外のなにものでもない。

「勇者――――ッ!」

「魔王――――ッ!」


 渾身の一撃が、お互いを襲う・・・・・・・ッ。


「うおおおおおおっ」

「うおおおおおおっ」


 土煙が立ち上り、2人の姿を隠す。

 見物客は、土煙が晴れるのを固唾を飲んで見守った。


 かくして、そこに立っていたのは――――


「はあっ、はあっ・・・・・・・やるな、魔王よ」

「ふっ、勇者こそ、やるではないか」


 2人とも、立っていた。


「ふっ、仕方ない。勇者、今日はこのくらいで勘弁してやろう」

「はっ。それはこちらのセリフだ。魔王」


 勇者と魔王はお互いに背を向け、それぞれの陣営に帰っていく。


「あー、今日も勝敗つかなかったなー」

「おーい、みんなー。解散だ解散」

「じゃ、人間のみなさんまた一ヶ月後に」

「はい。魔族のみなさんもお元気で」


 見物客もぞろぞろと帰り支度を始め、あまりにあっさりと、その場は締められたのだった。


 ○●○


 魔王は、疲れた体を半ば引きずるようにして、帰宅していた。


(今日も、接戦だった)


 頭にあるのは、勇者との一騎打ち。

 勝敗の決まらない戦いを、民たちはすでに娯楽扱いしていることは、魔王もよく理解していた。

 なにせ、魔王も協定が結ばれた当時、まだ産まれていなかった者の1人なのだから。

 だが


(やめるわけにはいかない。なあなあにするわけには、いかないのだよ)


 魔王として。魔王の責務を放り出すまいと、魔王は思っていた。


 そんなことを考えている内に、魔王は我が家についていた。

 玄関扉を開け、中に入る。


「ただいま」


 声をかけると、廊下の先からトタトタと可愛らしい足音が聞こえてくる。


「おかえりなさいませ!お父さま!!」

「おかえり。おとーたま」

「ただいま。魔威斗(まいと)魔乃(まの)


 愛しの我が子たちを前に、優しげな笑みを浮かべる魔王。

 すでにその顔は魔王としてのものではなく、1人の父親としての顔だった。


 魔王は小さな2人を抱き上げ、リビングに向かう。

 リビングには、すらりとした長身の美女が1人、夕食の準備をしていた。


「ただいま。魔輝(まき)

「おお。おかえり」


 最愛の妻が、そこにいた。

 魔王は彼女に歩み寄り、ちゅっと軽くこめかみに口づける。


「おいおい、なんだい。いきなり」

「いや、つい。今日は疲れたから」

「ああ。今日は勇者との一騎打ちの日だったな」

「おとーたまとおかーたま、ラブラブー」

「そうだ。お父様とお母様は、ラブラブなんだ」


 娘からの指摘に真顔で答える魔王。

 事実なので仕方ない。


「2人とも、そろそろ夕食のようだ。手を洗っておいで」

「「はーい」」


 かわいい子どもたちは、床に下ろすと素直に洗面所に向かってかけていった。

 その後ろ姿を見て、魔王は自分は幸せだと感じる。


「なあ、ちょっといいか」

「ん?なんだ?」


 後ろからの声に、振り返ると、魔輝が1枚の紙を持っていた。


「これは・・・・・・・運動会?」

「ああ。今週末にあるんだ。魔威斗が、お父様にも来て欲しいと言っていたんだが・・・・・・・来れそうか?」

「もちろんだ」


 魔王は力強くうなずく。

 それを見た魔輝は、ほっとしたように小さく微笑んだ。


「そうか。なら良かった」

「ああ。あと、明日の幼稚園への送迎は私もついていくつもりだ」

「おお。それは子どもたちが喜ぶな。分かった」


 見つめ合う夫婦。

 彼らは引かれるようにお互いの顔を近づけ――――


「おにーたま。おかーたま と おとーたま は、なにしてるの?」

「しーっ。魔乃、今はだめだよっ」


 瞬間、魔王の顔面を隕石落下レベルの衝撃が襲った。


「お、おお。魔威斗、魔乃。夕飯の準備はできてるよ。早く席につきなさい」

「はあい。おかーたま」

「お、お母さま。その・・・・・・・お父さまは、だいじょぶなの・・・・・・・?」


 素直に席につく妹と、心配そうにリビングの壁を見る兄。


「え?あはははは。問題ないよ。魔王だもの」

「そ、そうだよね」


 魔威斗がちらりと目を向けた先には、顔面を殴られた勢いでリビングの壁にめり込む父の姿があった。




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