第3話 じゃあな、また向こうで
ルディの病状はよくないらしい。マリィがそうだったように、歩くことが難しくなっていた。それでも、俺はルディと話がしたかった。ルディと話をするなら、あの場所しかない。
俺は風のない星のきれいな夜を選んで、ルディの家に向かった。珍しく、ルディも起きていた。
「何をしに来たんだ?」
「ちょっと、散歩しに行かないか?」
俺はルディを抱えるようにして、夜の高原に連れ出した。右手にランプ、左手にはルディ。ルディは杖を持って、俺にしがみつくように着いてくる。
「別に村の中でもいいじゃないか」
「いいや。お前と二人で話すなら、俺はこっちがいい」
牧場を過ぎて、俺たちは高原の真ん中へ向かった。
「なあエリク。覚えてるか?」
「覚えてるさ、多分全部」
俺は初めて右手からバッファローを出して、ルディと高原へ行った日のことを思い出す。あの日、俺は高熱がひいたばかりでふらふらだったんだ。
「あの頃は、俺がお前を抱えていったっていうのになあ」
「その節は、本当に世話になったよ」
ルディは、今にも降ってきそうな星空を仰いで言う。
「いやあ、親父もマリィもあっちで元気にやってるかな」
「縁起でもないこと言うなよ」
俺はルディの言葉にどきりとする。でも、俺がルディをここまで連れてきたのも本当は「そういう話」をするためだ。その時が来たときに、俺が後悔しないように。
「でも、どうしても考えないわけにはいかないだろう。医者にも長くないって言われてるしさ」
それを言われると、俺も辛い。
マリィの手を握っていた日々を思い出してしまう。
「まあ、そう暗くなるなよ。もし俺が死んだら、お前の言う女神様とやらに俺は会ってみたいんだ」
俺はルディにだけ、異世界転生の話をしてあった。流石に俺が不幸な人生を送っていた、ということをマリィには言えないままだった。
「会ってどうするんだ?」
「お礼が言いたいんだ」
「いや、だからなんでお前が?」
俺は首を傾げる。二度目の人生をくれた女神様に俺は感謝しているが、何故ルディも感謝する必要があるのかわからなかった。
「だってさ、俺は昔、自分は不幸なほうだって思ってたんだ。早くに母親は死ぬし、訳もわからず親父はこんな山奥に移住を決めるし、もう俺の人生親父の跡を継ぐしかないじゃんって、世の中不公平だって思っていたよ」
そう、だったのか?
全然わからなかったなあ。
最初からルディは幸せそうな奴だって、俺は思っていたよ。
「そう薄っすら思ってはいたけど、俺には立派な親父と可愛い妹はいるし、手から牛を出す変な奴はやってくるし、そいつと少しずつ村を広げていくのは楽しかった。だから俺は、まあまあ幸せなんだろうって思うことにした。そうしたら、毎日がとても楽しくなった」
うん、ルディの言うとおりだ。
開拓団の中で過ごした日々は、本当に楽しかった。
一日の終わりにみんなで大会館に集まって囲む夕飯は格別だった。
どこに建物を建てるか、いつバッファローをかけ合わせるか。
家族が増えて、また建物が増えて、人が増えて。
そんな日々が、俺とルディの間を風のように駆け抜けていった。
「お前の手から牛が出るのはお前が死ぬ前にとても不幸だったからって話を聞いたとき、悪いけど俺は少し嬉しくなった。だって、お前の手から牛が出たから俺たちはこんなにも豊かになった。もしその女神様がいなかったら、俺は今頃何やってたんだろうって怖くなるよ」
そうか、二度目の人生で幸せな思いをしたのは俺だけじゃないんだ。
「それに……お前の言う女神様って、もしかしたら牛なんじゃないか?」
「そんな、女神様に失礼だぞ」
俺はバッファローが金髪の女神様の格好をしているところを想像して、吹き出してしまった。
「だってお前、牛大好きだろう? モルーカにしても、なんであんなに溺愛していたのか俺にはよくわからないんだ」
「言われてみれば……」
確かに、モルーカは他の牛に比べて品があって知性を感じて大変愛らしいと俺は思っていた。でも、何故そう思うのかについては考えたこともなかった。
「おっぱいが大きいと言えば牛だろう? だから、お前もそういうのが好きだからモルーカをあんなに愛していたのかと……」
「違う違う! 俺はモルーカは大好きだけど、そんな目で見ていたわけじゃない!」
「本当か?」
うう、少し説得力がないな。
でもマリィの胸は普通だったぞって……これじゃあ反論にはならない、か。
「そんな真面目になるなよ、冗談だって」
「変な冗談はやめてくれよ……」
全く、どう弁解するか考え込んでしまったじゃないか!
「でも、俺はその女神様は牛が大好きなんだろうなって思うよ。牛っていいよな。あったかいし、優しいし、俺たちに寄り添ってくれるし。なんていうか、俺は牛を育てていたんだけど、俺が牛に育てられたようにも感じるよ。もうずっと牛と一緒にいたから、俺の一部は牛みたいなもんだ」
俺の一部は牛、か。それは俺も思っている。
右手からバッファローが出たから、余計そんなことを思う。
でも、だからその能力を与えた女神様も牛だなんて思っていなかったな。
……もしかしたら、本当に牛だったのかもしれない。
「そんな風に考えていたら、俺に牛とお前をわざわざ寄越してくれた女神様にお礼を言わなくちゃいけないだろう?」
そうかもな。
俺の風間大地としての人生が不幸だったから、エリク・ヴァインバードとルドルフ・フロンティアは幸せになったんだ。こうやって一緒に星空を見上げる友達のまま、俺たちは人生を駆け抜けてきた。それだけでも、本当に幸せなことだ。
「あと、お前がそれだけ言うその大きいおっぱいを実際に見てみたい」
「結局それかよ」
俺たちは笑った。
村はあの頃に比べて格段に発展した。
俺たちは結婚して、子供も孫もできた。
バッファローも増えた。それはもう、数え切れないほど。
数え切れないほどの思い出が、俺たちの間で笑い声になった。
これからの時期、風がどんどん強くなってくる。
多分、もうルディとここには来れないだろう。
俺はまたランプを手に、村までルディを抱えて帰った。
大事な大事な、俺の人生そのもの。
ありがとう、ルドルフ・フロンティア。
***
そうして数ヶ月後、俺はルディを見送った。
親の死ともマリィとの死とも違う、何か俺の半身を失ったような喪失感だった。
不思議と、全く悲しくなかった。
その代わり、もうすぐ俺もそっちに行くんだろうという覚悟が出来た気がする。
俺はルディがいたから、ここまで来れた。
俺は、俺の人生を最後まで生きなければ、な。




