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第4話 まあ無事でよかったよ

 俺が無事夜のタウルス高原から帰還してから、驚くべきことが伝えられた。


 あの後、ドレイルたちは村に帰ってこなかったそうだ。


 俺たちはすぐに出来る範囲で高原を捜索したが、馬車の残骸が見つかっただけで結局人も馬も高原に飲み込まれてしまったようだ。道を間違えたのか、それともタウルス高原の風を舐めて遠回りをしてしまったのか。それは今となってはわからない。はっきりしていることは、ドレイルたちは二度と帰ってこないということだけだ。


 ただ、馬車の残骸を見て俺もこうなる運命だったのかもしれないと思うと背筋がゾクゾクした。このタウルス高原はやはり危険な土地だ。俺はその思いを新たにした。


「この馬車の残骸は取っておこう。将来の戒めになるだろうから」


 これで、もう夜のタウルス高原になんか行く者はいなくなるだろう。全く、誰だろうな、夜のタウルス高原で生き延びたら勝ちだなんて言った奴は。あ、俺か。


「とにかく、旦那様には失望しました! こんな馬鹿なことをするなんて!!」


 村に帰ってきて一段落すると、俺はマリィにめちゃくちゃ叱られた。


「いくら旦那様は、その、少し特殊な体質だと言っても、周りの迷惑を考えてください!」


 マリィにはバッファローの秘密は話してあった。それでも、こんなに彼女を不安にさせてしまったことは俺の落ち度だ。


「ごめん、反省しているよマリィ」

「謝っても許しませんからね!! しばらく旦那様は馬鹿旦那様です! 口もききたくありません! この馬鹿!」


 おお、ものすごい勢いで怒っている……。


 こんなに怒っているマリィは初めて見たかもしれない。

 怒ったマリィも可愛いなあ、ではなく、これはちょっと危ないのかもしれない。


「ケイト、母さんに口をきいてくれないか」

「父さんが無茶するからでしょ。自分で何とかしなさいよ」


 ああ、娘ってものは冷たいんだなあ……。


「それよりエリク。あの牛たちはどうするんだ? こんなに急に増えても困るぞ」


 ルディに言われて、俺は暴風に耐えるために出したバッファローたちのことを思い出した。


「あ、どうしようか、うーん……」


 暴風に耐えることしか考えていなかったから、大きな雄ばかり三十頭ほど出してしまった。数頭ならともかく、こんなにいきなりバッファローが増えても困る。


「全部すぐに食肉にするのも忍びないしなあ……そうだ!」


 俺はいいことを思いついた。


「いっそ、カイトにくれてやろう」


 俺の提案に、ルディは目を丸くする。


「それは、本国に牛を生きたまま出荷するってことか?」

「そうさ。適当に雌も出して、セレスティア本国までヴァインバード牛の名をとどろかせるのさ」

「でも、それはタウルス高原の独自性を失わせることにならないか?」


 ルディの懸念も最もだ。でも、俺には別の考えがあった。


「逆さ。実際にヴァインバード牛を見てもらって、宣伝にするのさ。タウルス高原のバッファローはこの牛から出来ていますよってね」


 俺は暴風の中でバッファローに挟まれて、それで改めてバッファローの毛皮の素晴らしさを知った。毛皮っていうのは、やっぱり生きているそいつのためのものだ。それを俺たちは頂戴しているわけだから、そいつらの生きた姿を見るのが人間にとって自然なことなんじゃないかな。よくわかんないけど。


***


 こうして生きたままのバッファローが新しく出した雌も合わせて五十頭ほど、本当にセレスティア本国に輸出された。バッファローは重いので運ぶ船賃は馬鹿にならなかったが、セレスティア本国では珍獣として歓迎されたようだ。


 カイトからの手紙では、急遽作った牧場にはバッファローを見にたくさんの人がやってくるらしい。そこで、俺は「他にも珍しい動物の噂を聞いたら、取り寄せて見せろ。もっとたくさんの人が来るぞ」と返事を書いた。カイトは動物の世話に長けているから、きっとうまくやるだろう。


 これが当たった。カイトはヴァインバード動物園の園長として有名になった。


 ヴァインバードの名前はセレスティア本国においては動物園の代名詞となり、バッファローと言えばコートのことを指すようになった。「まあ、奥様のバッファローの素晴らしいことと言ったら!」「こらこら、寒いのですからバッファローを着なさい」みたいな会話が聞こえるわけだ。前世では考えられない話だ。


 それから俺たち、タウルス高原の話。ドレイルたちの件もあって、村には自警団を設置することになった。盗みや喧嘩なんて、最初にタウルス高原にやってきた時には考えられないことだった。でも生活が豊かになって、たくさん人が住むようになったからこれはどうしようもないことだ。


 もう昔の大会館だけでは外から来る人の宿が足りないので、村には新たに宿が数軒建設された。俺は孫たちにに「昔はなあ、大会館に集まって開拓民全員で晩ご飯を囲んだんだよ」などと話して聞かせる。そうすると「おじいちゃま、もっと昔の話をして」なんて言われる。


 そうか、俺もおじいちゃまか。

 そろそろ、俺の二度目の人生も終盤に向かっていくんだ。


 そうぼんやり思っていた頃、モルーカが静かに息を引き取った。牛としてはモルーカは長生きした。何頭も子を産んで育てた、素敵なお母さんだった。


 俺の中には、前世で死んだときの記憶が少し残っている。

 マリィにケイト、そしてルディ。俺はまだみんなと離れたくない。

 もう少し、みんなと一緒に牛を眺めていたいよ。


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