第3話 風よ全てを受け止めろ
俺は夜のタウルス高原に置き去りにされるという賭けに勝つために、たくさんのバッファローを召喚していた。茶色いバッファローたちに囲まれながら、俺はここで一晩を過ごさなければならない。
ところで、ドレイルたちは無事に村に辿り着いたのだろうか。
俺を置き去りにすることばかり考えて、道を間違えてはいないだろうか。
いや、あいつらのことを心配している暇はない。俺は今から自分の死と向き合わなきゃいけないんだから。
日が暮れて、辺りがすっかり真っ暗になった。それまで自由に動き回っていたバッファローたちは風の気配を聞きつけて、互いに集まりだした。
「よし、いいぞ」
バッファローたちは固まって、外側に向かって円形に並んだ。風に耐えるために一番優れた陣形なのだろう。
「ちょっと、俺も中に入れてくれないか?」
俺が声をかけると、バッファローたちは少し身体を動かす。どうやら俺を匿ってくれるようだ。
「ありがとう、助かるよ」
俺が手から出したバッファローは、俺の言うことをよく聞く。牧場で生まれたバッファローも言うことを聞くと言えば聞くが、俺が直接手から出したものとは少し違う。なんだろう、俺とバッファローの間の絆って奴なのかな、これは。
「さあ、風が来るぞ。みんな、耐えてくれ」
俺はバッファローの中心に入って、しっかりバッファローに掴まった。
バッファローたちは牛舎が出来る前は、屋外で過ごしていた。だから、このタウルス高原の風にも動じないと俺は考えた。それなら、バッファローを出せば屋外でも過ごせるのではないか。これは本当に賭けだったが、かなり勝算の高い賭けでもあった。
バッファローの集団の中は、とても暖かかった。バッファローのコートは暖かいと評判だ。俺は今、天然のバッファローのコートに包まれている。
ひゅごう ひゅごう
山の奥から唸るような音が響いてくる。俺たちはこれを「前触れ」と呼んでいた。前触れが長ければ長いほど、あとで激しく風が吹く。
びゅおうぅっ!
突然、突き刺すような突風が山の方からやってきた。
「来た!」
バッファローたちは身を寄せ合って、踏ん張って風に耐えた。風は何度もバッファローたちを揺さぶり、その中で俺は必死でバッファローにしがみつく。
「耐えてくれ! 頼む!」
風は荒れ狂い、バッファローたちは賢明に踏ん張って風に耐える。この風に飛ばされれば、俺はどこまで飛ばされるかわからない。そうしたら最後、バラバラになるばかりではなく誰にも見つけてもらえないだろう。そうやって命を落とした者も、俺は何人か知っている。
だから、風が吹きそうな夜は外へは出ない。
そうやって俺たちは風と共存してきた。
びゅおうぅっ びゅおうぅっ
それでも風は、バッファローたちを動かそうとする。
俺はバッファローに掴まりながら、今までのことを思い出していた。
初めて高原にやってきた日のこと。
ルディと一緒にバッファローを放ったこと。
モルーカが生まれた日のこと。
マリィと並んで歩いた日のこと。
ヴァインバード家のみんなの前で告白させられたこと。
そしてマリィと結婚した日のこと。
ケイトやカイトが生まれた日のこと。
ルディに俺のことをすっかり話した日のこと。
そして、俺が風間大地であったこと。
今俺が死んだら、全部が終わってしまう。風間大地はエリク・ヴァインバードとして第二の人生を歩くことが出来たけど、エリク・ヴァインバードはここでおしまいになってしまう。
俺はおしまいにはしたくなかった。
まだまだやりたいことがたくさんある。
マリィやケイトと離れたくない。牛とだってまだ遊んでいたい。長毛種のコートだって売りたいし、牧場も広げたい。防風林のおかげで村の建物だって立派になったし、まだまだタウルス高原には俺が必要なはずだ。
風なんかに負けるものか。
見てろよ、俺はタウルス高原のエリク・ヴァインバードなんだぞ。
負けてたまるか、負けてたまるか。
頑張れ、バッファローたち……!!
***
どれくらいの時間が過ぎただろう。バッファローにしがみついている手の感覚がなくなってきた。そう思うことができるくらい、俺には余裕が生まれていた。
「……今夜の風が終わった」
風が吹き終わった後の空は、雲ひとつない星空だった。時刻は、おそらく夜半過ぎだろうか。みんな寝ているだろうか。それとも、俺が心配で眠れないのだろうか。
「さあ、村に帰るとしよう」
俺が歩き始めると、バッファローたちも着いてきた。
「あの赤い星が村までの目印だ、覚えておくんだぞ」
ぶもぅ ぶもぅ ぶもぅ
バッファローたちが低く鳴き声をあげる。俺の言うことがわかるんだろう。
「ああ、わかってる。村についたら、腹いっぱい食わせてやるからな」
俺は星を目指して歩き始めた。
ぶもぅ ぶもぅ ぶもぅ
俺の後ろをバッファローの群れが歩いてくる。
「あの頃は想像もしていなかった。俺とルディ、二人で高原で牛を出したんだ。雄も雌も子供も大人もバラバラに。今日、俺はひとりでお前らを出した」
俺の後ろで、バッファローが頷いたような気がした。
「でも、別にひとりになったわけじゃない。ルディとマリィが村で待っていてくれるから、俺はこうやってタウルス高原にやってこれたわけだ」
もう俺はひとりじゃない。家族や仲間がたくさんいる。
それに、大量のバッファローたちも。
しばらく歩いていると空が白んできた。そして、牧場の柵が見えてきた。
そして牧場から人影が飛び出してくるのが見えた。人影は真っ直ぐ俺のところへ向かってきて、俺の腕の中に飛び込んできた。
「ただいま、マリィ」
「どれだけ心配したと思ってるんですか!? この……馬鹿旦那様!!」
マリィは泣いていた。俺がマリィを抱きしめると、バッファローたちも鳴き始めた。
ぶもぅ! ぶもぅ! ぶもぅ!
「全く、マリィは泣き虫だな」
「旦那様のが移ったんです!」
マリィの後ろからルディとケイト、マイルが来るのが見えた。その後ろには村民がたくさんいる。
「村長が帰ってきた!」
「牛と一緒に帰ってきた!」
ああ、そんなにみんな俺のことを心配しないでくれよ。
また泣けてくるじゃないか。




