第4話 父親って大変だ
俺がカイトと膠着状態になって、我が家はとても緊張している。
マリィは俺とカイトの間でおろおろしているし、ケイトは結婚の準備もあって気ぜわしい。そしてカイトは何を考えているのかわからない。何だよ、俺たち家族じゃなかったのかよ。言いたいことがあるなら各自はっきり言いやがれ!
「そうは言っても、一番自分のことをお話にならないのが旦那様ですよ」
マリィにそう言われて、俺はへこんだ。これでも自分のことを一生懸命話しているつもりなんだけどな……。
「旦那様はですね、自分のことはお話にならないんです。でも、他の人のことはよく心配されるでしょう? 私はそこが旦那様の良いところだと思いますよ」
流石マリィだ。俺への慰めがとても上手い。
「褒めても牛しか出せないよ」
「牛はもう出さなくていいですよ」
マリィも疲れた顔をしている。カイトを心配しているのは俺だけではない。マリィもカイトが何を考えているのか聞き出そうとしているが、なかなかうまくいかないようだ。
「そう言えば、あの子の様子が変わったのはハンナさんが来てからなんですよね……」
「ハンナが?」
「ええ。だからやっぱり、自分一人の力で何かをしたいのかもしれないですね」
そうか。それなら、ハンナが何か知ってるかもしれないな。俺はてっきり従姉弟同士仲が良いのかとばかり思っていたのに。まさかハンナと……いや、それはないか。ないってことにしよう。
***
俺はハンナにカイトのことをそれとなく尋ねてみた。
「カイト君、家だと喋ってくれないんですか?」
「ああ、普段どんな話をしているのか聞きたくて……」
ハンナは深く考えず、俺の相談に乗ってくれた。
「いいですよ。カイト君、ノヴァ・アウレアの話をよく聞きたがってました。私が大学へ行くときの話とか、それはもう」
「大学だって?」
「ええ。ヴァインバード家の娘に動物の学問はいらないってお父様と散々喧嘩をしたのよ。でも私はお牛のそばにいたくて、こうして今ここにいるって話なんかを」
大学、か。考えたこともなかった。
カイトは何か勉強がしたいのかもしれない。確かにタウルス高原では牛相手のことしか学べない。この前作った小さい学校も、読み書き計算くらいしか教えない。あとは主に自然のこと。その辺の知識が豊富なラクシさんが今のところ教師をやってくれている。
「わかった。ありがとう」
俺はハンナに礼を言い、今後のことを考える。あいつが一体何を考えているのかはわからないけど、俺が出来るのはひとつだけだ。
***
大体の手筈が整ってから、俺はカイトを呼び出した。
「……何の用だよ」
俺を前にふてくされるカイトに、俺は手紙を差し出した。
「アレックス伯父さんから、是非お前にって手紙だ」
カイトは手紙を開いて、それから目を丸くする。
「是非ヴァインバードの本家に来てくれ……ってどういうことだ?」
「優秀な娘をタウルス高原にとられてしまったから、俺も優秀な息子をノヴァ・アウレアに渡すってことだ」
カイトが何らかの学問を修めたい、そのためにタウルス高原から出たいのではないかということは予想ができた。でも、何故かそれを自分から言い出さない。俺に反対されると思っているのか、それともただ恥ずかしいだけなのか。
「今なら断ることもできるが……どうする?」
「父さんがいいって言うなら、行くよ。でも……」
カイトはやっぱりもじもじしている。言いたいことがあるならはっきり言え!
「大学に行きたいのか?」
カイトは図星、という顔をする。浅はかな奴め。
「別に遠慮しなくても、学費くらいは出してやるぞ」
「でも、学費を出してもらったら、いつか帰ってこなくちゃいけないから……」
「やっぱり、タウルス高原にいたくないのか?」
「違う! 俺はタウルス高原が大好きなんだ! だから……」
「だから?」
もう俺は逃げないしカイトを逃がさない。今日は最後まで話を聞くぞ。
「もっと、いろんな人に牛を知ってもらいたくて、それならどうすればいいかって、ずっと考えていて、それで……」
俺の覚悟が通じたのか、ようやくカイトは話し始めた。
「もちろんアルドリアン領にバッファローの名前を広めたい、っていうのはあるよ。でも、俺はアルドリアン領で満足していいのか、もっとヴァインバード牛の名前を広められないかって、思ってさ……」
それからしばらくカイトは黙って、そして意を決したように話した。
「最終的には、本国に行きたい。そこでヴァインバード牛を広めたいんだ」
本国。俺も話でしか聞いたことのない場所だ。セレスティア人の故郷であり、このアルドリアン領を所有する王様のいる、海の向こうの国にカイトは行きたがっているらしい。
俺は笑った。するとカイトが顔を真っ赤にする。
「ほら、そうやって笑うだろうから言いたくなかったんだ!」
「違う、そんなことをずっと黙っていたことがおかしくて、な」
俺は安心した。俺の息子は、息子なりに自分の人生や牛のことを考えている。いつまでも俺の言いなりじゃあ困るものな。
「でも、本国へ行くなら馬鹿にされないくらい勉強してから行け。アレックス兄さんも本国と繋がれるなら喜んで協力してくれるだろう」
「……わかったよ」
カイトは素っ気なく言うと、手紙を持って俺の前からいなくなった。多分泣いているんだと思う。全く泣き虫な奴だ。一体誰に似たんだろう。
しかし、父親というのは難しいな。前世の俺は中卒で働いていたから、学問を修めて良い仕事を子供にさせたいという気持ちがある。でも、そのために子供を遠くに送り出すのはやはり心が少しざわつく。あの引っ込み思案のカイトが、随分立派になったものだ……泣いていない、俺は今回は泣かないぞ!
結局その日の夜、俺はマリィと一緒に泣いた。とにかく立派になった息子が誇らしかったし、寂しかった。マリィに「いつも旦那様は泣いていますね」と言われてしまった。うるさいなあ、もう。
***
その後、ケイトの結婚式が行われた。話をよく聞けば、伯爵家の御曹司も牛マニアであった。「タウルス高原のお嬢さんと縁が持てるなら是非!」ということだったらしく、俺の家にはカイトと入れ替わりに新しい息子がやってくることになった。
ケイトと義理の息子はバッファローを愛でてのほほんとしているけれど、俺は親戚になる向こうの両親から「息子に何かあったら許さないからな」という圧をひしひしと感じている。どうにも息子がこっちに来ることで、向こうで大分揉めたらしい。俺は聞かなかったことにした。
ああ、片付くことは片付いたんだけど、なんだか気苦労が絶えないな。父親って言うのは、こうも面倒くさいのか。そりゃあ、やりたがらない野郎もいるわけだ。
でも、俺は父親になれてよかったと思っている。マリィに赤ちゃんが出来たと聞いた日。ケイトやカイトが生まれてきた日。初めて立って歩いて、言葉を話した日。一緒にノヴァ・アウレアへ旅行をしたこと。モルーカを撫でたこと。全部が俺の宝物だ。
やっぱり、やってみないと良さってわからない。開拓事業もそんなところがあるなあ、と俺はその日風の音を聞きながら思った。




