第2話 親子で話し合おう
その年から毛織物「バッファロー」は少しずつ流通させていくことになった。
俺はカイトと一緒にエルムウッドに行って、ルーク兄さんに「バッファロー」を見せた。すっかり紡績工場の事業主になっているルーク兄さんは待っていましたとばかり、「バッファロー」を見て喜んだ。
「やっぱり俺の見立てたとおりだ。あの牛は毛皮にするよりこうやって売る方が絶対儲かる」
「毛皮の頃からそう思ってたんですか?」
「もちろんだ。お前が長毛種の研究をしているというのを聞いたときから、俺はこの日を待っていたんだぞ」
随分気の長い話だな?
でも、うちの男連中の場合は「黙って行動」がメインだから、仕方ないか……。
「特にエルムウッドは高原の手前で雨が降りやすい。繊維工業にはうってつけの場所だ。たとえこのバッファローが来なくても、十分に元を取れる算段はあった。それだけの話だよエリク」
そう言ってルーク兄さんは笑った。それから俺たちはもし大量生産をするに当たっての打ち合わせをした。
「なあエリク。この毛織物、そのまま売るのは勿体ないぞ」
話の最後にそう言ってくれたのは、ルーク兄さんだった。
「じゃあ、どうやって売るんですか?」
「何事も加工して売るから価値が上がるんだ。場合によっては、縫製工場なんかも作ってもいいぞ」
「それはまあ、おいおいで……」
なんだか乗り気になっているルーク兄さんと別れて、俺はカイトとエルムウッドの街へ出た。そして普段世話になっているところに顔を出すことにした。いつぞやの毛皮を扱っていたエルムウッドの店の主人はルーク兄さんと懇意になっていて、今回の「バッファロー」も高く評価してくれた。
「いやあ、実にいい毛織物じゃないか。あったかそうで、ふわふわで」
「通常のヴァインバード牛からも今まで通りの毛皮は取ります。これからはヴァインバード牛の毛をとる専用の牛から毛織物を売っていこうと思います」
「いいね、これで毛皮の方も一緒に売れるってもんだ……やっぱりこれは防寒具にいい。コートとか、毛布にするのにうってつけだ」
毛皮屋の主人はにっこり笑った。どうも彼はヴァインバード牛をいたく気に入ってくれているようで、もうこの人タウルス高原に来てもいいと思うんだよな。俺が礼を言って出ようとすると、主人はカイトに声をかける。
「しかし、お坊ちゃんも随分大きくなりましたね。初めてエリクさんにお会いしたときと同じくらいになったんじゃないですか?」
「そんな、昔のことを……」
「いやあ、はっきり覚えているよ。こんなごっつい毛皮がとれる牛を飼い慣らしている連中なんてどんな恐ろしい奴らが来るのか、と思ったらひょろっとした男の子が二人で来たんだもの。若いのにしっかりしてるんだなー、って感心したもんだ」
うう、結婚する前にルディと二人で飲んだくれた時の話か……思い出しただけで恥ずかしくなるな。
カイトが主人に尋ね返す。
「二人って、父とルドルフさんのことですか?」
「ああそうだ、彼も元気かい? よろしく言っておいてくれよ」
そんなこんなで、俺とカイトは店を出た。後は何軒かヴァインバード牛関連の得意先を回って、俺たちは宿に帰った。
「父さん。父さんは牛、好きだよね?」
「何を今更。俺の人生にもう牛は欠かせないものだぞ。お前だって好きだろう?」
「うん、好き、だけど……」
それからカイトは黙り込んでしまった。やっぱりどうにも、カイトとうまく会話が続かない。きっとこいつは何かを企んでいる。でも、ヴァインバードの男の例に漏れず、うまく言えないんじゃないだろうか。
「何かあるなら、父さんにはっきり言いなさい」
「言ったって、わかってくれないよ」
なんだこいつは。反抗期か!?
「それでも、言わないとわからないぞ。父さんはお前の爺さんに訳もわからずここに放り込まれて、それで今までやってきたんだ」
「そうなの? 好きで牛の世話してたんじゃないの?」
俺は驚いた。もしかしてカイトは、俺がタウルス高原に来た経緯を知らないんじゃないのか?
「そんなわけないだろう。ここに来たときには、まさか牛がいるなんて思ってなかったんだから」
「へえ……そんな話聞いたこともなかった」
あれ、俺もカイトに俺の話をしていなかったのか?
……自分でも「肝心なことは話さない」というヴァインバード家の血筋に抗えなかったんだなあ。
「そうだなあ。俺がどうしてタウルス高原に来たのか、話したことはなかったかもなあ……」
それから俺はカイトに昔の話を語って聞かせた。俺がひ弱でノヴァ・アウレアでもあまり外へは行けなかったこと。タウルス高原に行かされたときは父親に見捨てられたのかと思ったこと。ルディやマリィと出会って人生が上向いたと思ったこと。そして開拓団でたくさんの人に出会ったこと。そんなことをつらつらと話した。
「へえ、父さん最初からこういう暮らしが好きだったわけじゃないんだ」
「好きなものか。あのノヴァ・アウレアのお屋敷からあんまり出られなくて、お前のお婆さんに随分心配かけたんだぞ」
「ふーん……」
いろんな話はしたけれど、俺が異世界転生をしたことやバッファローを出せることなどはしなかった。その代わり、俺はケイトやカイトが生まれて本当によかったという話をした。改めてそんな話をするのは照れくさかったけど、ヴァインバード家の呪いというべき部分は俺で最後にしたい。カイトには、自分の話は自分でしてもらいたい。
結局、タウルス高原に帰ってもカイトから何を悩んでいるのかは話してもらえなかった。でも、俺は待とうと思う。きっと、カイトもそのうち話してくれると思うから。




