第3話 バッファローって何なんだ?
それからハンナはウォレスさんと一緒に、長毛種の品種改良の手伝いをすることになった。平地の牛舎で牛の世話をしてきた彼女は、大抵の仕事が出来た。そして連日ウォレスさんと何やら牛に関する話をしては楽しんでいる。
「ヴァインバード牛をヴァインバード牛、と呼ぶなら平地の牛にも新しい名前をつけた方がいいと思う」
「私もそれに賛成です。セレスティア牛、とかどうでしょう?」
「しかしアルドリアン領の牛とセレスティアから連れてきた牛とで交配が進んでいるから、純セレスティア牛と純アルドリアン牛、それと……」
「ややこしいですね!」
そこで二人は声を出して笑う。
うむ、何が面白いのかさっぱりわからん。
でも本人たちは楽しんでいるんだから、きっとこれでいいのだろう。
「どうだい、ハンナ? 牧場の仕事をするのが夢だったんだろう?」
俺はモルーカに会いに来たついでに、長毛種用のバッファローの世話をするハンナの様子を見に来た。
「はい、毎日夢のようです! 実はこれ、夢じゃないですよね!?」
「うん、多分現実かな」
そう言われると、俺も自信がない。何しろ、この世界は俺の死後の世界で俺の手からバッファローが飛び出してくる世界だ。いろいろあったけど基本的に何事も上手くいっているこの世界自体が俺の死ぬ間際の幻想だって言われても、何もおかしなところはない。
気がついたら、俺は病院のベッドの上で目を覚まして風間大地としての生活をスタートさせなきゃいけないかもしれない。そして俺はルディやマリィ、そしてケイトとカイトを置いてあのクソみたいな世界に戻ってしまうかもしれない。確かそういうアニメもあったな。お母さんに会いたいという心残りはあるけれど、俺はもうエリク・ヴァインバードとして生きているし今更戻れるわけがない。
ふと、俺は今自分が風間大地だったら目の前のハンナをどう見ていただろうと思った。ハンナはいいところのお嬢さんで、好きな勉強をして好きな仕事をしている。いや、それはエリク・ヴァインバードも似たようなものだろうと思うけれども、俺が今の仕事が楽しいのはあくまでも父親にタウルス高原に放り込まれたからだ。別に元から開拓事業もバッファローも好きなわけではなかった。
だから何だってことはないんだけど、やっぱり俺はどこかでこのお嬢さんに嫉妬している。キラキラと笑顔がまぶしくて、牧場の仕事を喜んでやって、ウォレスさんと牛について熱く語り合い、最近では同じ年頃のアビーと仲良くしている。あのカーペンター家の小さかった女の子も、今では結婚してお母さんになっている。
ああ、そう考えるとアビーが立派に家庭を築いて一人前になったように、ハンナもノヴァ・アウレアからこのタウルス高原にひとりで立派に飛び込んで来たんだ。俺はもう少し若者の自主性というものを重んじるべきなんだろうな。俺に自主性みたいなのがないから、どうも僻んでしまうのかもしれない。
「ねえ叔父様、ここの長毛種の子たちはいつから長毛種と呼ぶことにするのですか?」
俺がモルーカを撫でながら物思いに耽っていると、ハンナに尋ねられた。
「そうだな、安定した毛がとれるくらいまでかな」
「でも、今でも結構元の子よりも毛量は多いですよね?」
実は長毛種プロジェクトは大分進んでいる。モルーカと比べると後に生まれてきた牛は明らかに毛の量が多い。
「毛量もそうなんだけど、もうひとつ重大な事項があるんだ」
「何ですか?」
「換毛しないことも目指しているんだ」
実はバッファローというかアメリカバイソンという動物、下半身だけ換毛するというかなり謎な特性を持っている。換毛期には頭と胸はふさふさ毛が残っているのに、下半身だけ毛を剃られた犬みたいになってしまう。
「換毛しなければ、更に長い毛がとれるって考えですね!」
「うん。換毛期の前になるべく毛を短くしてやるんだ。今は勝手に生え替わるけど、そのうち人間の手で生え替わらせるようにしていくんだ」
この毛刈り作業はガレーさんの伝手でやってきた毛刈り職人が、ウォレスさんと一緒に行っている。羊と違って、大きなバッファローの毛刈りは大変だ。自分たちの毛が人間に刈られることが幸せであることを平地の羊のようにバッファローが覚えるまでがひと苦労だとウォレスさんは言う。
俺は難航するバッファローの毛刈りを見て「うまく行くのか?」と思ったけれど、どうせここはおそらく俺の夢の世界だ。きっと何だって俺の思い通りになるはずだ。毛がヤクくらいまでふさふさになったアメリカバイソンを俺は作って、そして金に換える。それが今のところの俺の最終目標だ。
「それなら、お牛とますます仲良くならないといけませんね。ねえ叔父様、叔父様はどうやってお牛と仲良くなったの?」
うーん……また答えづらい質問だな。
「どうすれば仲良くって……ここの牛たちはみんな俺の子供みたいなものだから、かな?」
「私もそう思っています。でも、叔父様のように懐いてはくれません」
ハンナは俺とモルーカを見て言う。全体的にバッファローは何故か俺に懐いている。そして特にモルーカは人間に慣れていて、特に俺のことが大好きだ。でもそうなっている理由を、俺はひとつしか思いつかない。
「右手から牛でも出せれば、懐いてくれるかもな」
「何ですか、それは」
ハンナは冗談だと受け取ったようだ。全然冗談ではないのだが、今のこのタウルス高原の繁栄は間違いなく俺とバッファローのおかげだ。俺とハンナの会話を聞いていたウォレスさんが、俺に意味ありげな目配せをする。
気がつけばハンナはウォレスさんと一緒にいることが多くなって、そしていつの間にか一緒に暮らすようになっていた。自分より年上の男と娘みたいな年頃の娘が一緒になるのもどうなんだろう、と思わないでもない。しかし、この二人を取り持ったのは間違いなくバッファローであり俺なんだよなあ……責任は俺にある。
でも、当人が幸せならいいじゃないか。牛が好きな人は、牛が好きな人と一緒にいるべきだ。俺は強くそう思った。




