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第2話 牛マニアが出会ってしまった

 俺の姪のハンナがタウルス高原にやってきた。彼女は大学で牛の勉強をしてきたらしく、ヴァインバード牛の生態をより詳しく調べるために牧場で働きたいそうだ。


 俺が心配していた跡取りについては、家はハンナの弟が継ぐから心配ないそうだ。結婚については、牛のことが好きすぎて人間の男にはあまり興味がないらしい。全く、なんてこった。


「まあ、お牛がたくさん……!」

「牧場だからね」


 俺はハンナを牧場に連れてきた。とりあえず、ルディと相談しなければ。牧場の仕事と言っても、いろいろある。牛の放牧や牧草の管理、戻ってきた牛の体調管理に種付けと出産。うーん、やっぱり子爵家の女の子のやる仕事じゃない!


 牧場の管理小屋に行くと、ルディが牛の計算をしていた。最近また牧場が手狭になってきたので、高原の牧草地を広げるかどうかの検討をしている。そこで今の牛の数と食糧、これから生まれてくる牛の数などからどのくらいの土地を広げるかをちょうど考えているところだった。


「ようエリク。そっちの子は、この前話していた姪御さんか?」

「はい、お久しぶりです!」


 ルディにハンナの話はしてあった。俺とマリィの結婚式のときのことははっきり覚えていたから、ルディはすぐに「あー、あのときの小さいお嬢さんか!」と思い出してくれた。そして俺と一緒に、それなりに新しい住民が増えるのを楽しみにしていたはずなんだ。


 まさかハンナが牧場で働きたいって言ってるなんて思わないよなあ……。


 ルディに一通りの話をすると、ルディもまさか子爵家のお嬢様が牧場で働きたいと言っているとは思っていなかったようだった。


「そうか……牧場で、ねえ」

「私、お牛のお仕事なら何でもします!」


 ハンナはルディに意気込みを伝える。そしてルディも俺と同様困り果てる。


「お牛の仕事ねえ……牧場での経験は?」

「大学の牛舎で、ずっと平地のお牛のお世話をしていました!」


 俺とルディは顔を見合わせた。


「平地のお牛もとても可愛らしいんです。でも平地のお牛は乳とお肉をとるためのお牛でしょう? 私はやっぱり毛がふわふわな生き物が好きなんです。でも羊や山羊はちょっと小さくて……大きな羊さんは素敵ですけど、大学では飼っていなくて……」


 ハンナの話しぶりに、俺とルディは「とんでもない娘が来たぞ」と目で会話をする。


「その点、ヴァインバードのお牛はもこもこで大きくて角も立派で、私大好きです! 私ヴァインバード家に生まれて本当によかったと思っています! あの、お牛、触ってきてもいいですか!?」


 ハンナの勢いにルディは「あ、ああ」と頷く。


「ありがとうございます! ああ、久しぶりのヴァインバード牛! いつも毛皮だけであなたのことを想っていたの! 大学の先生も実際のあなたを見たことがないって言うから、今からタウルス高原へ行ってらっしゃいって叱ったこともあるのよ!」


 牛への愛を叫んだ後、ハンナは管理小屋を出て行ってしまった。


 おお……なんというか……。

 ものすごく個性的な娘に育ったな……。


 いや、呆気にとられている場合ではない。


「それで……彼女には何をさせようか?」


 俺が尋ねると、ルディも頭を捻りながら何とかアイディアを出す。


「大学で牛について勉強してきたなら、牛の専門家の下についてもらうのはどうだろう? 何だか、気が合いそうだし」


 牛の専門家と言えば、動物学者のウォレスさんだ。開拓初期から新種の牛の噂を聞きつけて、それからヴァインバード牛一筋で二十年ここに住んでいる。今のところ、俺のバッファローの秘密を知っている数少ない人でもある。


「そうだなあ。ちょっとお願いしてみるか」


 ウォレスさんの主な仕事は、長毛種への品種改良だった。長毛種として生まれてくる子牛を調べ、どの牛を掛け合わせるかを考える大事な仕事だった。牛と戯れてから戻ってきたハンナを連れて、俺たちは長毛種の牛舎へ向かった。


「まあ、お牛がちょっと、もふもふに……!」


 ハンナの目が輝いた。奥にいたウォレスさんがこっちに気がついて近づいてくる。


「やあ、そちらのお嬢さんは……」

「私、ハンナ・ヴァインバードと言います! あの、お牛が大好きで!」

「牛が大好き? 素敵なお嬢さんだね」

「はい、あの、コウゲンジカも素敵ですよね! あの気高くて神秘的なところとか……!」

「コウゲンジカの魅力がわかるんですね! それでは……」


 二人は、挨拶代わりに好きな牛の話を始めてしまった。なんとなく、俺たちが間に入る必要はなかった。


「……行こうか」

「後は、ウォレスさんに任せよう」


 俺とルディはそっと長毛種の牛舎から出て行った。思った以上に、ハンナにはぴったりの居場所じゃないかな。きっとここで働くのが、彼女の幸せなんだろう。


 そしてこれは後にアレックス兄さんから聞いた話だけれど、兄さんもハンナの結婚相手をそれなりに探したのだそうだ。


 でも「好きな偶蹄目は何ですか? 私はヴァインバード牛が一番ですけどコウゲンジカも好きです」「角はロマンがありますよね、あなたはどんな角を持つ動物が好きですか?」とハンナのかなり偏った趣味に嵌まる男が現れなかったそうだ。そこで兄さんが「もういっそ牛と結婚してしまえ」と言ったところ「それは素敵な考えですねお父様!」となったらしい。


 どうやら、あの『よろしく頼む』には相当いろんな意味が籠もっているようだ。兄さんも苦労したんだなあ。ああ、俺の子供たちもこんな風な苦労をかけるんだろうか。ウォレスさんと牛の話ではしゃぐハンナを見て、俺はため息をついてしまった。

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