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第4話 とっても嬉しいことがあったんだ

 大風の予兆を感じた俺は涙を拭いて、マリィの待つ小屋へと戻った。


「お帰りなさい、モルーカはどうでした?」

「ああ、いつも通り元気だったよ」


 先ほど泣きに泣いた俺の顔を、マリィはじっと見つめる。


「……どうかしたのか?」

「旦那様、何か変ですよ」

「どこも、変じゃないよ」

「変です、泣いた跡がありますよ」


 うう、マリィはめざといな。あれだけ泣いた後なら、わかってしまうか。


「どうして泣いていたんですか! 教えてください!」

「ごめん、これはマリィにも言えない大事なことなんだ」

「どういうことですか!?」


 さて、どうしよう。馬鹿正直に話してもまるで意味のわからない話でしかないぞ。


「まさか、私の作ったお魚がそんなにまずかったんですか?」

「違う、それは絶対違う! マリィの料理は世界一だ、何でも食べるよ!」


 慌てて言い募る俺を見て、マリィは吹き出す。


「ふふ、やっぱりいつもの旦那様ですね。でも、どこか様子が変ですよ」

「そうかもね、今の僕は少し変なんだ」

「いつになったら戻りますか?」

「ええと……出来れば、すぐにでも戻りたいよ」


 はっきり言って、俺は何も知らずに済んだエリク・ヴァインバードに戻りたかった。それもこれもどれも、マリィの作った料理を食べたからなんだけど……。


「言うべき時がきたら教える、今は何も聞かないでくれ」

「……やっぱり、変な旦那様ですね。いいですよ」


 少しマリィはふてくされているようだが、男の涙の理由に踏み込まないだけのデリカシーはあるようだった。


「それに、私も旦那様に大事なことを言う予定だったんです。さっき、急に飛び出していってしまったので言い出しにくくて……」

「なんだい?」


 マリィはしばらくもじもじして、それからはにかんでようやく口にする。


「赤ちゃんができたようです」


 その知らせは、俺の憂鬱な気分を一気に吹き飛ばした。


「本当か!? マリィ!? でかした!!!!」


 俺は勢いよくマリィを抱き上げる。


「やだ、旦那様、赤ちゃんがびっくりしてしまいます」

「いいんだよ、やった、よくやった!!」


 俺はマリィをそのまま寝台に横たえ、キスをする。


「お母さんは、大事に扱わなければな」

「ふふ、私お母さんになってしまうんですね」

「その通り!」


 俺はマリィにもう一度キスをする。こんなに、こんなに嬉しいことってあるだろうか。俺の子供が、生まれるだって!? 信じられない!!


「生まれてくる子の名前は何にしようか!? 男の子と女の子どっちにしようか!?」

「待ってくださいよ旦那様、まだ無事に生まれると決まったわけではないんですよ」


 その時、俺の脳裏にレインさんの切羽詰まった顔が思い起こされた。身体の弱い赤ん坊は生まれてすぐに死ぬこともあるし、お腹の中で死んでしまうことも珍しくはないそうだ。


「そうならないように、おまじないをしよう」


 俺はマリィの腹に手を当てる。


「どうか健康で、立派な赤ん坊が生まれてきますように」


 マリィは俺の手に自分の手を重ねる。なあ、俺の子よ。聞いているか。お前の父さんと母さんの手がお前の上にあるんだ。俺たちはお前の顔を見れる日を待っているからな。


***


 その晩、俺は寝床に入ってから親父の気持ちというのを考えてみた。ランド・フロンティアはきっと生まれてくる子供たちを俺みたいに祝福したんだろう。オズワルド・ヴァインバードは……彼なりに祝福していたに違いない。では、風間大地の父親はどうだったんだろう?


 前世の俺は父親の顔を知らない。それどころか母親の親戚たちの顔もよく覚えていない。小さい頃に預けられて、俺が何かをしでかしてそのたびに追い出されていたから、覚えていたとしてもいい思い出はひとつもないはずだ。


 そんな人たちでも、生まれてくる赤ん坊を祝福したりしたんだろうか。哀れな俺を誰も助けてくれなかったのは何でだろう。俺の中の大地の部分が、生まれていない赤ん坊に複雑な思いを抱え始める。


 でも、俺は今はエリク・ヴァインバードだ。エリクは何故生まれたのか。それはマリィやルディと出会うため、そして大地の魂を慰めるために生まれたのだ。母親に溺愛されて、空気の澄んだ高原で大切な仲間たちと出会うために。


 今まで気にしたこともなかったけど、これが異世界転生って奴なんだろうな。ようやくこれで、俺の異世界転生が始まるんだ。前世の俺がたまに見ていたアニメの異世界転生って奴とはひと味違うみたいだ。チートも無双もないし、なんなら俺のスキルは「手からバッファローが出る」だからな。謎過ぎるにもほどがある。


 でも、見てろよ。俺はもう惨めな風間大地じゃないんだ。タウルス高原の開拓団監督、エリク・ヴァインバードだ。今までの分も含めて、俺は誰よりも幸せにならなきゃならないんだ。前世に残してきてしまった、俺のお母さんのためにも。


***


 翌朝、俺はマリィが用意してくれた豆茶を飲んだ。そして、今まで豆茶に抱いていた複雑で懐かしい感情の理由を一気に理解した。


「……コーヒーだ、これ」


 こうして、俺の異世界転生はようやくスタートしたようだった。

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