第2話 幸せはスープみたいだね
道路工事にやってきてくれる人夫たちで、高原が少し賑わうようになった。やっぱり人が多いと活気づくし、
工事と平行して、新しい住居作りも進んでいる。開拓団の人数が増えたので、大会館が手狭になってきた。そこで今の大会館を人夫用の宿泊専用の施設にして、新たに大きな集会所としての大会館を建設することになった。
名目としては今建設している建物のほうが「宿泊施設」なんだけど、そこはタウルス高原のシンボルとしてやっぱりみんなが集まれる大会館が欲しいというのが僕の願いだった。
「この大会館で料理をするのも、あと少しなんだねえ」
開拓団員や人夫たちの夕餉の準備をしながら、機織り名人のイザベラさんがしみじみと言う。大会館で改装の計画を立てていた僕は、彼女の独り言を聞いてしまった。
「ここの竈は残しておくので、料理がしたいだけだったらいつでも料理しにきていいんですよ」
「あら、私は別にどこでも料理ができますけど」
僕は彼女の言い方に何か引っかかるものがあった。どこでもできるって言うのは、本当はどこか別のところで料理がしたかったっていうことじゃないのかな。
「別に追い出すわけじゃないんですから」
「でもねえ、エリクさん。慣れ親しんだものから離れるのはちょっぴり寂しいのよ」
僕はその言葉にドキリとする。イザベラさんは、初期からの開拓メンバーだ。当時から中年ではあったけれど、とてもきれいな人だし機織りも上手だし、料理だってお手の物だ。新しい開拓団員が増えるときには、彼女は必ず素敵な肩掛けを織ってくれる。それが開拓団員になった証として、最近はバッファローの毛皮の他に女性陣でイザベラさんに習って綺麗な肩掛けも作っている。
僕はそんなイザベラさんが、どうして開拓団なんて野蛮と思える事業に参加したのかいまいちわからなかった。何か事情があるんだろうなとは思っていたけど、それは誰も教えてくれないし、多分ずっと彼女も心の中にしまっておくのかなあと思っていた。
でも、その蓋が少し開きそうな予感がした。閉じたままでもいいと思ったけれど、僕は少しだけ彼女に寄り添いたいと思った。
「そんなにこの竈を気に入ってくれたんですね」
「みんなに食事を作るのは、楽しかったですからね。それまで、こんなに大勢のために食事を作ることはなかったですから」
イザベラさんは感傷的になって、少し言葉が緩んでいる。
「それまでは、大勢ではなかったんですか?」
「そうね。好きな人ひとりのために食事を作ることは、女の幸せなのよ。マリィを見てご覧なさい、あんなに美しくなって」
マリィは昔からずっと美しいぞ……ってそうじゃない。僕はイザベラさんの言いたいことはよくわかるつもりだった。
「でもねえ私。ここに来ていろんな人に出会って、いろんな人のために生きているんだって強く思ったのよ。私は好きな人ひとりのために生きているって思っていたのに、人間って結構簡単に変われるのよ。環境次第ね」
そうか、イザベラさんには好きな人がいたのか。その人と訳あって別れて、ここに来たってことなんだろうか。
「そのひとりの人って、どんな人だったんですか?」
「素敵な人だったわ。私のためなら何でもしてくれるって、家を用意してくれて。だから私は彼のために何だってしようって思ったの」
「素敵なお話ですね」
僕はイザベラさんが好きだった人の話を聞きながら、僕とマリィのことを思い浮かべる。きっと幸せだったんだろうな。幸せに違いない。だってイザベラさんはとっても美人だし気も利くしすごく素敵な肩掛けも作れるし。
「彼が先に別の人と結婚していなかったら、ね」
そう言ってイザベラさんはふふ、と笑った。
しまった、少し踏み込みすぎてしまったのかもしれない。それだけ聞けば、流石の僕でも彼女の事情くらいある程度察することが出来る。
おそらくイザベラさんは、とっても幸せだったんだ。好きな人に愛してると言ってもらって、家をもらうくらいだからきっと相手は資産のある男だ。それなりに不自由ない暮らしをしていたんだろう。好きな人のために機を織って、好きな人のために料理を作って、好きな人をイザベラさんはずっと待っていたんだ。その気持ちは、僕は男だけど少しわかるつもりだ。愛している人に振り返ってもらいたい、そういう奴だろう?
僕はこの前の結婚式で盛大に祝ってもらったけど、彼女はどんな気持ちで僕らの結婚式を見ていたんだろう。好きな人と結婚できなかったイザベラさんは、やっぱり結婚したかったんだろうか。結婚できなくても好きな人と一緒にいることを選んだんだから、それは覚悟の上の道だったんだろう。
「でもね」
僕が悶々としてしまったことを察したのか、イザベラさんは続ける。
「私はここで皆さんに夕飯を作っている時間がとっても好きなの。疲れて帰ってきた皆さんがおいしそうにご飯を食べてくれること。それが今は私の幸せ」
そう言ってイザベラさんは切った野菜を鍋に入れる。いろんな野菜や豆を入れて煮込んだスープは、開拓団独自の味付けでとてもおいしい。この前ヴァインバードの家族たちもおいしいおいしいって食べていたっけ。
「幸せっていうのは、いろんな形があるのね。まるでスープみたい」
そのとき、僕はスープのおいしさの秘訣がわかった気がした。じわっと口の中いっぱいに広がる甘みは、多分野菜や豆の味だけじゃないんだ。
「僕はあなたのスープ、大好きですよ」
僕がそう言うと、イザベラさんはにっこり笑った。スープから立ち上る湯気が、ゆっくりとイザベラさんを包み込む。今日の晩ご飯は久しぶりに大会館で、彼女と一緒にゆっくり食べよう。僕はスープの匂いに包まれながらそう思った。




