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第4話 お義兄さんって呼ぶのかな

 僕が結婚してから、寝ても覚めても頭の中がマリィ一色になってしまった。


 だって、ずっと好きだった子と結婚できたんだぞ! ちゃんと好きって思ったのはいつぐらいからかなあ。去年か一昨年にはもう可愛いなって思ってたし、可愛いって思うだけなら最初の頃からだから、やっぱり昔からずっと好きだったのかな。その辺、僕ははっきりしない。


 なんか、いいなーって思っていたらいつの間にかすごく好き、って奴になってたんだよ。わかるかなあ? 僕だって男だから女に興味はたくさんあるけど、でも他の女の子のことを考えるのはどうにも嫌だなって思ったし、でもマリィにそういう気持ちをぶつけるのもなんか嫌だったんだよ。


 でも何とか頑張って告白したから結婚できたし、だから好き好き言ってもいいしマリィも僕のこと大好きだって言ってくれる。うう、こんなに幸せなことってあるかなあ。


「なあモルーカ。結婚ていいぞ。お前の次のお婿さんもすぐに見つけてやるからな」


 僕は長毛種改良用牛舎で、モルーカに今の複雑な心境を語って聞かせていた。


「まず朝起きたらマリィがいるだろ、そしてマリィの料理が毎日食べられるだろ、頼まなくても作ってくれるんだ、有り難いことだよな。それに夜になってもマリィがいるんだ、すごいだろう?」


 モルーカは首を傾げながら、僕の話を聞いている。


「彼女が僕のことを好きって言うたびに、僕はマリィのために生まれてきたんだなぁって強く思うよ。結婚ってそういうことだよね、好きな相手と好き同士仲良くやって、そして子供とか生まれて……子供、子供か……」


 僕はモルーカを撫でる。結婚と子供に関しては、僕よりモルーカの方が先輩だ。彼女からすれば当たり前のことかもしれない。ちょっと失礼なことを言っているかもしれないな。


「子供ってやっぱり可愛いのか? 僕はお前の子供もすごく好きだけど、何故だかお前のことが最後には一番愛おしいよ。お前が生まれてきた日、開拓団は歓喜に溢れたものだった。お前は祝福されて生まれてきたんだ、なあ、モルーカ」


 モルーカは僕の話にぶふっ、と鼻息で返事をする。多分彼女は、本当に僕の話を理解しているのだと思う。本当に可愛い奴だ。彼女が人間だったら、きっとマリィと一緒にお嫁さん候補になっていたはずだ……って、僕は何を考えているんだろう。


「お、結婚したばかりの男がモルーカを口説いているのか?」


 いつの間にか僕の後ろにルディがいた。全く、人聞きが悪いな。


「うるさいな、人生経験の勉強を教えてるんだよ」

「お前に何が語れるんだよ」

「そりゃあ、伴侶を得るということのアレコレだよ」

「そういうアレコレな話は夜にマリィとしてくれ」


 そうルディは軽口を叩いた。そしていつものように、長毛種用の牛舎の掃除を始めた。


「ところで、その、えーと……」


 どうしよう。結婚式が終わってからずっとヴァインバード家に構っていたから、僕はルディとゆっくり話す時間がなかった。どうしても、僕はルディにはっきりさせておかないといけないことがあった。


「なんだ?」

「やっぱり、ルディ義兄にいさんって呼ばないとダメかな……?」


 それはマリィと結婚する前からの僕の懸念だった。マリィにプロポーズして結婚したら、ランドさんが義父になってルディが義兄になる。ランドさんはともかく、ルディとそういう関係になるのが少し怖かった。


 僕は三兄弟の末っ子だから、もう一人くらい兄が増えたところであまり変わらない気もする。でも、相手はルディなのだ。僕の大好きな、大親友のルディだ。友達ならともかく、彼と家族の関係なんて僕はくすぐったくてなんだかピンと来ない。


 ルディはしばらくポカンと立ち尽くして、それから腹を抱えて笑い始めた。


「な、何だよ! 何がおかしいんだ!?」

「いやあ、やっぱり、お前は真面目だなあって!」


 まだルディは笑ってる。そんなに笑うような悩みなんだろうか……?


「別に今までだってこれからだって、俺たちの関係が大きく変わるわけがないだろう? 肩書きとして義理の兄弟にはなったかもしれないけれど、エリクはエリクでしかないぞ。急に弟ですって名乗られても俺は困るかな」


 ルディにそう言われて、肩の力が抜けたような気がする。露骨に安心した顔をしたからなのか、ルディが釘を刺す。


「あ、でもマリィを泣かせる奴は、義弟だろうとエリクだろうと許さないからな」

「……そんなこと、あるわけないじゃないか!」


 慌てて僕は言い返す。そんな、マリィを泣かせる奴は僕も許さないぞ。たとえ相手が義兄でもルディでも……ああ、なんだか僕が負ける気しかしない。義兄には敵わないな、まったく。


***


 後で僕らは開拓団員から新婚祝いにと、竈付きの新しい小屋をもらった。新しい家でマリィと二人で生活が出来る。こんなに嬉しいことがあるだろうか。


 僕と住んでいたミネルバは、独身女子の小屋に移ることになった。それでもことあるごとに僕の小屋に来て、なんだかんだと世話をやきたがる。ついでにマリィと一緒になって何かをすることが多くなった。マリィもミネルバに懐いているし、僕がどうこう言う立場じゃないから別に構わない。


 だけど、なんだか面白くないのは何故だろう。ミネルバもマリィも僕からすれば大事な人だし、その二人がとても仲良くしているのはいいことなんだけれど……。


「なあ、モルーカ。お前はどう思う? 同じ女子として何かわかることはあるか?」


 モルーカに尋ねると、彼女は「考えすぎだよ」と鼻を鳴らしてくれた。そうか、やっぱりルディの言うとおり、僕の考えすぎなのかなあ……?

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