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第2話 毛皮を売りに行こう

 その年の春先、牛の毛皮をタウルス高原から一番近い都会のエルムウッドまで直接開拓団の手で売りにいくことが決まった。幌馬車に詰めるだけの毛皮と旅支度を詰め込んで、僕とルディが代表で向かうことになった。


「二人でエルムウッドに行くなんて、遊びに行くみたいだな」

「実際ほとんど遊びだよ」


 僕らは呑気に馬車を操って、エルムウッドまでの道程を楽しんだ。


「やっぱり平地の道は走りやすいな」

「ブルームホロウを出て登山馬じゃなくなったら、かなり楽だろう?」


 僕はほとんど登山馬しか操ってこなかったので、平地を走るのがこんなに楽だなんて思わなかった。御者席で僕はガタガタのタウルス高原までの道を思い浮かべる。せめて道の舗装だけでもしたほうがいい。


「そうすると、道の整備はなるべく早くしたほうがいいかもな」

「意見書は送ってるんだろう?」


 ルディの言葉に、僕はいい返事ができなかった。もちろん意見書には今後の課題として登山道の整備も毎回盛り込んでいるけど、父から登山道について尋ねてくることはなかった。


「一応ね。あのガタガタは経験しないと深刻さがわからないみたい」

「それはいい、一度経験させてみないか?」


 ルディの言葉に、僕はドキリとする。父さんが、タウルス高原に来るって?


「ヴァインバード家の人たちを招待しようよ。きっと楽しいはずさ」

「嫌だよ。うちの母さんは牛を見たらきっと倒れてしまう」

「ふふ、君の母さんの話は面白いね」


 そこまで話をして、僕は少し失敗をしたなと思った。


 ルディとマリベルのお母さんは既に亡くなっている。奥さんを亡くしたランドさんが、落ち込む子供たちと一緒に気持ちを切り替えるために開拓団を志願したという話は聞いていた。離れて住んでいるとはいえ、両親が揃っている僕がルディにかける言葉はないと思っていた。何を言っても僕の言葉なんて軽くて、彼には届かないだろう。


「別に面白くないよ。モルーカを見ていたほうがずっと面白い」

「そうだね、彼女も大きくなったからなあ」


 咄嗟に話題を切り替えることができて、僕はほっと内心で胸を撫で下ろす。


「そろそろモルーカにもお婿さんを探さないと」

「うう、娘を嫁にやる父親の気持ちだなあ」


 僕は一瞬、花嫁姿のマリベルを思い浮かべる。


「モルーカは子牛を産むのが仕事だろう?」


 馬車の上で、ルディは笑っている。よかった、とりあえず彼も元気なようだ。僕はみんなが元気なら、それでいいや。


 それから僕らは、のんびりエルムウッドまで向かった。タウルス高原から1週間もかかるのだから、焦っても仕方がない。たまに牧場は大丈夫だろうかと心配になったりマリベルが恋しくなったりしたけど、ルディと一緒なら僕はどこまでも一緒にいける気がした。


***


 エルムウッドはタウルス高原から一番近くの「都会」だった。僕の生まれ育った首都のノヴァ・アウレアには及ばないけれど、このあたりの山岳地の交易都市として人口も多く商店や宿屋も多い。僕たちはブルームホロウで贔屓にしてもらっている人の紹介で、ヴァインバード牛の毛皮を特別に販売してもらえることになっていた。


 久しぶりに訪れる都会は人が多くて目眩がしそうだった。僕らは何とか目的の店まで辿り着くと、積み荷を預けた。


「やあ、あんたたちがヴァインバード牛の生産者か」


 毛皮店の店主は僕らを歓迎した。


「いつもうちの毛皮を贔屓にしてもらって、有り難いことです」

「こっちこそ、もう少し生産量が上がればうちの目玉にしてもいいと思ってるよ」


 店主は僕らが運んできた大量の毛皮に少し興奮しているようだった。


「他の毛皮よりどっしりしているから敷物にちょうどいいんだ。厚手のコートなんかにもいい。イタチやウサギよりもこいつは寒さに強いんだろう?」

「そうですね、タウルスの強風に耐える強い動物なので」

「いやあ、実物を見てみたいものだよ。これだけの大きさの生き物を飼い慣らすなんて、やっぱりアンタたちすごいよ」


 そう言われて、僕とルディは顔を見合わせた。実物を見たいのであれば「じゃあ今ここで見ますか?」と僕がバッファローを出せば解決なのだけど、そういうわけにもいかない。


「機会がありましたら、是非タウルス高原まで足を運んでください。牧場のほうもまだ人手が足りないので、よかったらこちらに移住希望者への案内を置いていっていいでしょうか?」


 今回僕たちがこの店に直接出向いたのは、開拓団員募集の方法を広げるためだった。一応ヴァインバード家でも人手を探しているが、ノヴァ・アウレアまでバッファローの評判はまだ届いていない。そこで僕の方でも、バッファローのファンが見つかったら僕らが直接出向くという手法をとることになった。直接バッファローの良さを売り込んで、タウルス高原の名前を少しでも広げるのが目的だ。


「いいともいいとも、店のほうが一段落したら私がそっちに行ってやるさ」


 毛皮店の店主は、僕が持ってきたタウルス高原の紹介のビラを店に飾ってくれた。新種の牛を飼育しだなんて偉いねえ。その代わり、またうちに安く卸してくれよ」とのことだった。仕方なく、僕らは余剰分をもらうことになった。


 これも客商売って奴なのかてみないかという宣伝は、ノヴァ・アウレアよりエルムウッドのほうが効果的だと僕は考えた。人が集まれば、自ずと今抱えている問題は解決していくだろうという魂胆だ。


「是非とも、お願いします」


 それから僕とルディは、一日だけ毛皮店の仕事を手伝った。帰りには毛皮の代金より少し多めのお金をもらってしまった。僕が返そうとすると、店主は「いいんだよ、兄ちゃんたち若いのに開拓だなんて偉いねえ。その代わり、またうちに安く卸してくれよ」とのことだった。仕方なく、僕らは余剰分をもらうことになった。


 これも客商売って奴なのかな……でもいいのかなあ……?

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