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カントク

 少年は十六歳にして『天才映画監督』と呼ばれた。彼は自室にこもりっきりで、それまでに五十を超える商業作品を作り上げ、その全てが絶賛された。


 彼は容姿に自信がなかった。鏡を見るのを忌み嫌い、彼の部屋には『姿のありあり映るもの』は一枚も存在しなかった。彼は生まれつき遺伝子に欠陥があり、それが容姿にも影響したのだ。


 彼は常に車いすで移動した。足がきかず、自力の歩行は不可能だった。おもての世界へのかつぼうを、彼は読書や映画にぶつけた。むさぼるように読み、かぶりつくように映画を鑑賞し、その全てを自分なりに消化して、己の作品に昇華した。


 十七歳で、人生に転機が訪れた。『人生のパトロン』が現れたのだ。


「自室にこもってばかりで作品を作ることが、あなたの枷になっている。あなたが外の世界に出れば、もっとずっと素晴らしい作品を作れるだろう。あなたはもっと自由になって、自由に作品を作るべきだ!」


 そう言ってパトロンは、世界でも指折りの医者を紹介した。少年監督は手術を受けた。彼は美しい見た目と、歩けるどころか走り回れる両足を手に入れた。パトロンは自分のしたことに満足し、やんわりと彼を急かしにかかった。


「さあ、今こそその足で少しおもてを散歩して、外の空気を存分吸って、またデスクの前に行ってください。今ならあなたは前よりずっと、素晴らしい作品をたくさん作れる――」

「……いや、まあ、デスクに向かうのはもう少し後でも良いでしょう。なんせ僕は生まれて今までの十七年間、まったくこの足で歩けていなかったんですから! まずはこの両足に歩く喜びを教え込むことから始めなきゃ!」


 少年監督の栄光の道は、ここで途切れた。監督は映画を作るより、自分の足で歩いて、走って、旅行して、女の尻を追いかけまわすのが好きになったのだ。彼はやがて『本の一冊も読まないような女』と結婚し、結婚しては離婚するを繰り返し、十六年間稼いだ金を食い潰すことで一生を終えた。


 どうすることが正しかったのか、少年は本当に幸福になれたのか――誰も知らない。少年が『監督』だった時に作った、名画の中の利発な少年探偵ですら。


* * *


「つまらんね」

「……そう、ですか」

「君も一応セミプロだろう? もっと設定を作り込め。『十六歳の天才映画監督』なんて、出来の悪いマンガじゃあるまいし……」

「……そう、ですね……」

「だいたいね君、展開に必然性がない。『創作をしなければいられんような人種』がね、少し状況が好転したからって創作の喜びを捨てるかね? それとも君、君はそういう人なのかい?」

「…………はあ」

「はあじゃないだろう? だいたいネットで繋がれるようになったからって、僕みたいな創作人種のはしくれにだね、君みたいな『どしろうとに毛の生えたようなやつ』が作品を観てくれだとか、あまつさえ評価してほしいとか、そもそもそういう心根がだね……」


 パソコンの画面越しに、『創作人種のはしくれ』のお説教は終わらない。画面に向かって、男性はうなずきながら詫びている。鏡を見るのが嫌いそうな、車いすの男性が……むしろ拒絶するように、何度もなんどもうなずいている。


 ひどく薄暗い部屋の中で、パソコンの画面ばかりがただ無機質に明るかった。


(完)

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