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Chapter 6


巧さんが、帰って来た翌日―。



「あれ?静流、今日は早いじゃない?」



キッチンで、朝食の準備をしていた姉が、目を丸くした。



「今日のバイトは、早番なんだ」



時計は朝の7時を指す。



「あっ、そうだったね」



姉は、その事をどうやら忘れていたらしい。



「8時には出るよ」



俺は、そう言いながら、水を飲み干し、自分の部屋へ戻った。



着替えを済ませ、家を出た。



日曜日だけあって、車の量が少ない。



「これは、早く着くな…。まぁ、良いか。遅刻するよりは…」



そう思いながら、車を走らせた。



バイト先には、20分程で到着した。



警備員室の前を、社員証を見せながら、通り過ぎる。



「おはようございます」



警備室にいた、中年の男性も笑顔で、



「おはようございます」



と、返してくれる。



俺のバイト先は、ショッピングモールの建物内にある為、早く来ても問題は無かった。



但し、開店までに、かなり暇を持て余すが…。



従業員用の通路から、普段は賑やかなはずの、誰もいない静まり返った売り場に出て、動きを止められた下りエスカレーターを逆に登る。



天窓からは、朝日が差し込む。



事務所のドアの前で立ち止まる。



「鍵、開いてるかな?」



そう思いながら、俺はドアノブに手を掛ける。



『ガチャッ』



既に、事務所には誰か来ているらしく、ドアの鍵は開いていた。



「もう、誰か来ているのか?一番乗りだと思ったのにな…」



そう独り言を言いながら、事務所へ入る。



薄暗い事務所の奥の方で、一瞬、人影が動いているのが見えた。



「おはようございます…」



(…誰だ?)



俺は恐る恐る、人影が動いた方を見つめながら挨拶をする。



「おぉ、静流。おはよう」



聞き慣れた声が返って来た。



事務所の中の人影の正体は、竜也だった。



「なんだ、竜也か…。早いな」



俺は、人影の正体が竜也だと言う事を確認出来て、心の緊張が解れたと同時に、安堵した。



そんな俺の気も知らず、竜也は、俺が口に出した些細な事に不満を漏らす。



「なんだとはなんだ。今日は、たまたま早く目が覚めたんだよ」



口を尖らせる竜也に、俺は苦笑いを浮かべながら言った。



「ははは。悪かったよ。「誰だ?」って思ったからさ…。今日の早番は…、俺と竜也、それと…、後は誰だ?」



「えぇっと…、今日は…」



竜也は、俺の言葉に反応するように、事務所の壁に貼られたシフト表に人差し指を当てながら、今日の日付の早番のシフトを辿る。



「…あぁ、松ちゃんだな」



竜也は、くわえたタバコに火をつけながら言った。



「そうか。じゃあ、開店準備は楽だな」



そう言いながら俺も、竜也に釣られるかのように、自分のタバコに手を伸ばした。



「そうだな」



時間がまだ余っている俺達は、タバコをふかしながら暫く、にこやかに話をしていた。



ちょうどその時…。



『プルルルル…』



俺達の会話に水を差すかのように、電話の音が薄暗い事務所中に鳴り響いた。



「はいはい…」



竜也が急いで、事務机の上の電話の元へ走り、受話器を取る。



「ありがとうございます。IVISです」



「バイトの松岡です」



「あぁ、松ちゃんか。どうした?」



どうやら、電話の相手は松岡らしい。



竜也の話の断片からは、電話の相手だけは分かったが、内容までは把握出来そうにない。



ただ、状況が状況なだけに、簡単に推測する事は出来た。



(多分、休むんだろうな…)



そう思いながら、俺は電話の応対をする竜也を、ただ静かに見ていた。



「店長、来てる?」



「店長は、今日は遅番だから、まだ来てないぞ」



「そうなんだ…。じゃあ、今日、熱があって頭痛いから休むって伝えといて…」



「分かった。言っとく」



「それから、俺、夏から就活するから、バイト辞めるよ」



「そうか。その事は、店長にちゃんと言っとけよ?じゃあ、お大事に」



そう言って竜也は、電話を切った。



「どうしたんだ?」



「松ちゃん、体調不良で休むって。後、夏から就活らしくてな。辞めるんだとさ」



「やっぱりそうか…。まぁ、それはしょうがないな…」



「あぁ。それと、話は変わるけどさ。松ちゃんの就活の話で思い出したが…」



竜也は突然、思い出した事を話し始めた。



「俺が、専門学校卒業する頃だったかな?就活してて、駅前をスーツ姿で歩いてたらさ…。いきなり、変な兄ちゃんに声掛けられたんだよ。何だと思う?」



竜也が、いきなり俺に問い掛ける。



「さぁ?何かのスカウトとか?」



俺は竜也の話の内容を思い出しつつ、自分が考えられる全ての可能性の中から答えを探し出した。



「当たり。しかもホストよ?ホスト。こんな初々しい、リクルートな俺を捕まえて、「君、ホストしないか?」って…。「ふざけんな!!」って言ってやったよ」



竜也は、苦笑いを浮かべながら当時の思い出を話した。



「はははっ。ホストならまだ良いじゃん。俺なんか、この前、自衛隊にスカウトされたぞ?しかも、幹部のオッチャン…。充と駅前に買い物行ってさ、行きで捕まり、帰りにも捕まったよ。かなりしつこかったぞ。「君達、自衛隊にならないか?公務員で安定してるしな。職だって世話出来るぞ」って。行きで断ったのに、帰りにも「よく考えてくれよな。もし、やる気があるなら、ここへ連絡くれたら良いから」って、ご丁寧に名刺までくれたよ」



俺は、つい最近の出来事を竜也に話した。



今、思い出すだけでも不思議な事だった。



「何故、俺達なんだ?」



と…。



そして、頭の中には必死に俺達を口説こうとしていた、自衛隊のお偉いさんの顔が浮かぶ。



「あっははは。オッチャン、新人集めのノルマかなんかで、相当焦ってたんじゃねぇの?」



竜也は大笑いをしながら、俺の話を聞いていた。



「笑い事じゃねぇよ…。俺、逃げるのに大変だったんだからな?他にも俺達の前の方にも男は歩いてたんだぞ?そいつらはシカトで、俺達目掛けて一直線だぞ?ホント参ったよ…」



俺は思い出しただけでもうんざりする、あの日の光景が頭に甦り、口を尖らせながら竜也にぼやいた。



「ははは…」



竜也は、そんな俺の気持ちを察したのか、苦笑いを浮かべていた。



「おっと。もうこんな時間か。開店準備するぞ」



俺は、事務所の時計を見上げた。



時計は9時前を指している。



俺の言葉を合図に、竜也も頭の中を切り替えたように言った。



「あぁ。やるか」



俺達は、いつものように慌ただしく開店準備を始めた。



開店まで、後、一時間。



開店準備をしながら、俺は思い出したように、竜也に言った。



「そうそう。音合わせの事なんだけどさ…」



「どうだった?スタジオ取れたか?」



竜也にとっては、俺達との初の音合わせなだけに、楽しみに思っていたのだろう。



開店準備をしている手を休め、そう言いながら真剣な眼差しで俺を見つめていた。



そんな竜也を見て、俺は竜也を安心させるように、



「今週の土曜の夜9時にスタジオ借りられたぞ」



と、微笑みながら答えた。



「それは良かった。じゃあ、予定通りだな。俊哉達には言ったのか?」



「いや、まだなんだ。実は昨日、姉ちゃんにこき使われてたからさ…。連絡する余裕が無くて…。昼休憩にでも連絡するよ」



俺は、楽しみにしてくれている竜也に申し訳ないと思ったが、竜也は、別に気にする素振りも見せず、ただ笑顔で、



「そうか。分かった。また、静流の家まで迎えに行けば良いか?」



と、俺の事を気に掛けてくれた。



「あぁ、頼むよ。悪いな、竜也」



俺は、竜也の優しい心遣いが嬉しかった。



「まぁ、行くついでだからな。平気さ」



竜也は、微笑んで俺を見ていた。



そして俺達はまた、開店時間に間に合わせるように、慌ただしく準備や掃除を再開する。



カウンターの壁に掛かった時計が、開店時間の10時を指した。



開店と同時に、エレベーターホールや、エスカレーターの方向から、子供達や家族連れが群れをなして、俺達の店に流れ込んで来た。



日曜日だけあって、客数が多いのが目立つ。



「今日は、忙しいぞ?」



俺は竜也を横目で見ながら、不敵な笑みを浮かべた。



「あぁ。そうみたいだな…」



一目散に、俺達がいるカウンターへ向かって来る子供達を見つめ、竜也は、溜め息混じりに言った。



常連の子供が、



「早くメダルを出して」



と、せがむ。



またいつもと変わらない、忙しない休日の一日が始まった。



俺達は、客の対応に追われながらも息を合わせ、いつもの慣れた仕事を淡々とこなして行った。




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