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Chapter 5


昼過ぎに、俺は姉に叩き起こされた。



「起きて、静流。ねぇ。静流ってばっ!!」



激しく身体を揺さぶられ、強制的に心地良い夢の世界から、現実の世界へと引き戻されてしまった。



「…んあぁ?何だよ、姉ちゃん…?」



俺はベッドに寝転んだまま、



「これでもか」



と、言う程に不機嫌極まりない表情で、姉をじっと睨み付ける。



そんな事はお構い無しに、姉はベッドから俺を引き摺り下ろそうと布団を引っ張る。



「今日は、買い物手伝ってくれる約束でしょ?夕方には、巧が帰って来るし。ほらっ!!早く起きて。行くよ」



「うーん…。そんな事、言った覚えはねぇよ…」



そう言いながら俺は、ベッドから引き摺り下ろされまいと布団を思い切り掴み、必死に抵抗を試みる。



「嘘ばっかりっ!!昨日、約束したじゃないっ!!」



姉は、抵抗する俺に反論しつつ、力いっぱいに布団を引っ張る。



「約束した」、「してない」の押し問答と布団の奪い合いは、暫く続いた。



そして…。



結局は姉の強引さに根負けし、布団を全部剥ぎ取られ、ベッドから引き摺り下ろされてしまった。



「くそーっ…」



そう言いながら、寝ぼけ眼を擦り、ゆっくりと立ち上がって脱衣室の洗面台へと向かう。



「早くしなさいよ?」



ドアを開けっ放した、俺の部屋から姉が大声で急かす。



「はいはい…。あっ、そうだ…。ライブハウスにも連絡しとかないとな…」



そう独り言を言いながら、洗面台の前に立ち蛇口の栓を捻ってぬるま湯を出す。



顔を洗いながら、



「我ながら、面白い頭になってんなぁ…」



と、思いつつ鏡に映った寝癖だらけの自分を見つめる。



そして、蛇口の真下へ頭を突っ込む。



ぬるま湯を寝癖だらけの頭に被り、濡らした髪の水気をタオルで荒っぽく拭き取る。



洗面台の引き出しからドライヤーを取り出し、コンセントに繋いで、いそいそと髪を乾かし寝癖を直す。



髪が乾ききったら、最後に歯を磨き、部屋へと戻る。



部屋には、腕組みをして仁王立ちした姉が待ち構えていた。



俺はそんな姉を無視するように、床に散らばった服を手に取り、ゆっくりと着替え始めた。



「静流は、ホントにだらしないわね。そんなんじゃ、いつまで経っても彼女、出来ないよ?」



姉が呆れた目で、俺を見た。



「うるさいなぁ…」



「あたしがいないと何も出来ないんだから、彼女になる子は大変だね」



俺は、皮肉を言う姉をふてくされた目で一瞥した。



「早くしてよね?」



姉は、そう捨て台詞を吐き、俺を後目に部屋を出て行った。



「…ったく。めんどくせぇなぁ…」



ブツブツと一人で不満を漏らしながらも準備を済ませ、姉の後を追うように自分の部屋を出た。



「終わったぞ?」



リビングで待っていた姉に一言声を掛ける。



「じゃあ、行こっか?」



姉は、嬉しそうに玄関へと向かって行く。



俺は、姉の後をゆっくりと追い掛け、マンションの駐車場に止めた姉の車へと向かう。



そして、姉の車の助手席に乗ってすぐ、



(ライブハウスに連絡しないと…)



と思い出し、ケータイをズボンの後ろのポケットから取り出して、ライブハウスへ電話を掛ける。



「…はい。Sound Factoryです」



「あ。こんにちは。霞です。オーナーいますか?」



「あぁ。静流君。オーナー、今出てるんだよ。何?ライブするの?」



「いえ、今週の土曜の夜9時くらいに、スタジオ貸してもらえませんか?」



「あぁ。その日は空いてるから、大丈夫だよ」



「じゃあ、お願いします」



「あぁ。分かった。開けとくよ」



「ありがとう。じゃあ、失礼します」



そう言って、俺は電話を切り、姉の車に取り付けてあるドリンクホルダーの中へ、ケータイを放り込んだ。



電話が終わるのを見計らったように、姉が突然、俺に問い掛ける。



「静流?静流は、彼女とか好きな子とかいないの?」



(いきなり何だよ?)



と、思いながら姉を横目で一瞥して聞き返す。



「別に。大体、なんでそんな事聞くんだよ?」



「別に。大した理由は無いわよ。ただ、可愛い弟の事は、お姉ちゃんとして知っておきたいだけよ」



姉はそう言って、微笑みながら車を運転していた。



(ほっといてくれ)



俺は、視線を車の窓の外へ向けた。



車窓に流れる景色には、青々とした木々と、初夏の清々しい青空が広がっていた。



夕食の買い物を終えて、マンションに着いた頃には、夕方の5時になっていた。



姉は、慌ただしく夕食の準備を始める。



「ねぇ、静流。ちょっと手伝って?」



「えぇ~。ヤダよ」



「静流君、お願い。手伝って?」



姉が微笑みながら、俺に頼んだ。



姉が、俺に微笑みながら頼む時は、俺に大抵、無言のプレッシャーを与えてくる。



そんな姉の笑顔が、俺には異様に恐ろしく映った。



「はい…。やります」



(こ、怖ぇ…)



「じゃあ、晩ご飯の下準備してくれる?」



「はいはい…」



俺は、渋々動くしかなかった。



と、ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴り響いた。



『ピンポーン』



チャイムの音に、姉はすかさず反応する。



「きっと巧よ。あっ、いけない。もうこんな時間…。静流、ちょっと出てくれる?」



時計を見ながら、姉は慌てた。



時計は、夕方の6時を指していた。



「ったく、人使いが荒いんだから…」



俺は、ブツブツ文句を言いながら、ゆっくりと玄関に向かう。



『ガチャッ』



玄関のドアを開けると、ドアの隙間から眩しいくらいのオレンジ色の光が溢れ出した。



ドアを開けた先には、夕日に照らされた、背の高いスーツ姿の、短い髪を立てた、まるで爽やかなスポーツマンのような雰囲気の優しそうな男の人が立っていた。



「ようっ!!静流。久しぶりだな。元気か?」



巧さんは、元気良くにこやかに手を挙げ、俺に声を掛けた。



「お帰りなさい。巧さん。元気じゃないよぉ…。もう、姉ちゃんにこき使われちゃってさ…」



俺は、姉の愚痴をここぞとばかりにこぼす。



「はははは。相変わらず仲が良いな」



「笑い事じゃないよ…」



俺と巧さんが、玄関で立ち話をしていると、キッチンから姉が出て来た。



「お帰りなさい、巧。出張、ご苦労様」



「ただいま。遥。相変わらず、お前達は仲良し姉弟だな」



巧さんは、優しく微笑んだ。



「それはそうよ。だって静流は、可愛いあたしの弟だからね」



(ウゼーっ…)



俺は後ろを向き、顔をしかめた。



巧さんが笑いながら、大きな紙袋を姉に手渡した。



「お土産だ。仲良く分けてくれよ」



「ありがとう」



俺と姉が声を揃える。



「やっぱり仲良しじゃないか。はははっ」



「フフッ。立ち話も悪いから…。中に入って」



姉に促され、巧さんが部屋に上がった。



「ほら、静流も早く入りなさい」



「はいはい…」



そう言いながら、俺も中へ入った。



「晩ご飯作ってるから少し待っててね」



と姉が巧さんに一言言い残し、キッチンへ戻って行った。



巧さんは、外資系の商社で働く姉の婚約者で、俺にとっては、兄貴みたいな存在の人だ。



今回、半年間の海外出張から帰って来て、久しぶりに我が家で、一緒に過ごす事になった。



夕食の準備が整い、三人でテーブルを囲む。



さすがに、巧さんが帰って来ただけあって、姉も腕を振るったらしい。



豪華な食事と酒が並ぶ。



「カンパーイ」



三人で乾杯した後、姉が嬉しそうに巧さんに言った。



「巧、ちゃんと食べてた?久しぶりの愛情の籠もった料理だから、いっぱい食べてね?」



「嬉しいなぁ。高級レストランなんかより、ずっと美味そうだ」



巧さんの表情も緩んでいる。



「もぅ、お世辞は良いから。食べて食べて」



「頂きます。…うん。美味い。やっぱりレストランなんかより、遥の手料理が一番美味いよ」



「もぅ。巧はいつも言う事が上手なんだから」



俺は、呆然として二人を見ていた。



(また始まったよ…)



そんな二人を無視するように、俺は、一人黙々と食べていた。



「静流?味はどう?」



「このスープ、もうちょっと塩が多い方が良いかもね。味が薄い。後、この唐揚げはもうちょっと、こう衣が…」



「もうっ。可愛くないんだから」



姉がムッとした表情で俺を睨み付ける。



「まぁまぁ。晩飯くらい楽しく食おうよ」



そんな俺達姉弟を見て、巧さんがなだめる。



「ところで、静流。最近、バンドはやってるのか?」



巧さんが、話題を逸らすように、俺の近況について問い掛けた。



「やってるよ。あ、そうそう。新しいギターが入ってさ。今週の土曜に音合わせするんだ」



「へぇっ。良かったなぁ。俺も、学生の頃にやってたからなぁ。懐かしいな…」



巧さんは、俺の話を聞きながら、昔の事を懐かしんでいた。



「そう言えば巧さん、ギター上手いんでしょ?姉ちゃんが言ってた。今度聴かせてよ」



「おいおい。遥、変な事吹き込むなよ…」



巧さんは苦笑いを浮かべながら姉を見つめた。



「えーっ。だって前にあたしに弾いてくれたじゃない。巧、すごく上手だったわよ?」



「参ったなぁ…」



巧さんは、照れ笑いを浮かべながら、後ろ頭を掻いた。



「俺も、巧さんのギター聴きたい」



俺も、ミュージシャンの端くれとして興味を持った。



「じゃあ、静流。ちょっとギター貸してくれ?」



「あぁ、良いよ。ちょっと待ってて」



そう言うと俺は、急いで部屋からギターを持って来た。



「ちゃんと手入れしてあるな。チューニングも完璧じゃないか」



巧さんは、俺のギターを手に取り一通りのチェックをしていた。



「そりゃ、もう。新曲のメロディー作ったりするのに使うからね」



得意気に俺は答えた。



「そうか。曲は何が良い?みんな知ってる「BELOVED」が良いかな?」



そう言いながら、巧さんはGLAYのBELOVEDを弾き始めた。



聞き慣れた、優しいメロディに、気が付けばいつの間にか、三人が声を揃えて、歌を口ずさんでいた。



「巧さん、上手いね」



「でしょう?」



何故か、姉が、得意気に俺に胸を張った。



「昔の事だから、ほとんど忘れてしまったけどな」



巧さんは、苦笑いを浮かべながら謙遜していた。



「そんな事ないよ。すごく上手い」



「おいおい。静流まで変な事言うなよ」



巧さんは照れを隠すように、俺の事も誉めてくれた。



「静流だって、なかなかの歌唱力だぞ。さすが、ヴォーカルだな」



「俺なんか、まだまだだよ。ボイトレとか、いっぱいしなきゃ」



そう言いながらも、俺は巧さんに誉められて、正直、心の中では嬉しかった。



「こりゃあ、静流が将来メジャーデビューするか?」



巧さんは微笑いながら俺を見て言った。



「そうなりたいね。そうなれるように、ライブとか、数こなしたりしないとね」



「頑張れ。お前の納得するまでやれば良い。俺は、応援してるからな」



「ありがとう、巧さん。俺、やれるとこまでやってみるよ」



酒を飲みながら、楽しそうに話をする二人を、遥は、嬉しそうに目を細めて、いつまでも見つめていた。




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