Chapter 49
それから、月日は過ぎて…。
俺達「B'Ra-ZE」は、精力的にライブをこなし、少しずつだが確実に、バンドの知名度と、ファンの人数を増やして行った。
B'Ra-ZE単独のライブをやっても、会場が満員になるくらいにまで、バンドが成長した頃の、ある日のライブの打ち上げでの事。
「今じゃ、関東でも俺達の名前は広まった。でも、俺達は今、やっとスタートラインに立てたんだ。俺達は、まだまだ行ける。まだまだ、気は抜けないぞ?そうだろ?お前達?」
俊哉が、俺達に檄を飛ばす。
「あぁ。そうだね。俺達は、まだこれからメジャーにならなきゃいけない。インディーズの状態で、知名度が上がっても、それだけじゃ、やってる意味がないし…。それにもっと、いろんな人達に、俺達の音楽を聴いてもらいたいしね」
俺は、じっと前を見つめて、静かに口を開いた。
「とにかく、これからもライブをこなしたり、音楽イベントなんかにも参加したりして、今度は、レコード会社の連中に、俺達の名前を売りつけてやろうぜ?」
竜也は目を輝かせ、左の手の平に右拳を軽く叩きつけた。
「俺も、もっと体力とパワーを付けないとね。もっと、ドラムの音に厚みが欲しいし。とにかく、俺達の音、もっと重く、それに、もっと綺麗に出したいよね?」
「そうだな…。それに、充の「うるさいドラム」が無いと、やっぱり、B'Ra-ZEじゃないよな?」
俺は笑いながら、充を見た。
「やっぱり、誰か一人でも欠けると、B'Ra-ZEじゃないよ。俺は、この五人で、この先の、俺達の未来の景色を見たいんだから。その為だったら、俺は、どんな努力だってするよ」
「そうだな。薫の言う通りだ。俺達は誰一人、欠けちゃいけない。五人が揃って初めて一つだからな」
俊哉は、薫の意見に微笑んで言った。
「…でも、一人一人は、全然バラバラで、まとまりはないけどね」
俺は、茶化すように笑いながら言った。
「静流と充が、わがまま過ぎるんだよ。大体、静流は遅刻魔な上に、気に入らねぇと、とことん拒絶しやがるし、充は自分の欲望のままに動くし…。お前達、ちょっとは自重しろよっ!!」
俊哉は呆れた表情を浮かべながら、俺と充にするどいツッコミを入れた。
「へ?」
何の事だか分かっていない充。
「あはは。やっぱり、このメンバーは楽しいわ。いつまで経っても飽きが来ねぇよ。なぁ?薫?」
「確かに、そうだね。こんなに楽しいメンバーで音楽がやれるなんて、俺、想像した事なかったよ」
竜也と薫は、笑いながら俺達を見ていた。
「とにかく、これからは俺達五人が、もっと上手く連携しないとな。じゃないと、先は無いと思えよ?」
俊哉の一言で、全員に気合いが入った。
「もっと上のレベルを目指して、いつかはみんなで、高みに上り詰めてやろうぜ?」
「おうっ!!」
それから、三ヶ月後。
都内の、夏の音楽イベントに、B'Ra-ZEの出演が決定した。
それと同時期に、スタジオのオーナーから、あるレコード会社からの、
「一度会って話がしたい」
との、要請があった事を聞いた。
俺が東京へ出て来て、ちょうど一年が経つ頃の事だった。
「俊哉?どうするんだ?話、聞くのか?」
俺は、俊哉の考えを聞こうと、俊哉に問いかけた。
「あぁ。一応、聞くつもりだ。こんなチャンス、滅多に来ないからな。お前達はどうしたいんだ?」
「当然。こんなデカいチャンス、棒に振れるかっての」
俺達は、声を揃えて言った。
「決まりだな」
俺達は、そのレコード会社の代表者と思われる男性に、後日、連絡を取った。
その男性から、「新宿駅傍の、ホテルのカフェで会おう」とのアポを取り付けた。
俺達は、レコード会社の男性と約束した日、指定された場所に、予定より10分早く到着した。
黒ずくめの俺達が、ホテルのカフェにゾロゾロと入って行く。
端から見れば、それは正に、異様な雰囲気と言うか、他の人間を圧倒するかのような、そんな威圧的なオーラを放っていた。
スーツに身を包んだ、一人の男性が、ためらいもなくこちらに近付いて来る。
「はじめまして。B'Ra-ZEの人達ですよね?」
その男性は、細身の長身で、ウェーブが掛かった少し長めの明るい茶髪で、見た目の若さからは、年齢はとても想像がつかなかった。
「そうです。あなたが、スタジオのオーナーが言っていた…?」
その時の俊哉は、
「本当に大丈夫か?」
と、言わんばかりの、半信半疑の表情を浮かべていた。
「はい。申し遅れました。私、「BLAST Records」の富永圭一と申します。つい、2年前に新規でレーベルを立ち上げまして…」
そう、その男性は微笑みながら、俺達一人一人に名刺を手渡して行った。
「桜井俊哉です」
「霞静流です」
「小野瀬竜也です」
「天城薫です」
「朝霧充です」
俺達は、それぞれに自己紹介をした。
「これは、ご丁寧にありがとうございます。ここじゃ、なんですから、とりあえず、奥の席にでも座りましょうか?」
俺達は、その男性に導かれ、カフェの一番奥の大きな席についた。
「ご注文は?」
上品なウェイターが、俺達が席につくや否や、注文を取りに来る。
「みなさん、コーヒーで?」
富永さんは、俺達を見た。
「はい」
俺達五人は、声を揃えた。
「じゃあ、ホットコーヒーを6つで」
富永さんが、ウェイターに告げる。
「かしこまりました。では、暫くお待ちください」
そう言うと、ウェイターは一礼をして、俺達の席から離れて行った。
「いやぁ、さっきのお話の続きなんですけどね?」
富永さんは、微笑みながら話を続ける。
「私、このレーベルを立ち上げる前は、大手のレーベルにいたんです。でも、いろんなしがらみや、私がやりたい事と、上の見解とじゃ、かなりの食い違いがありまして…。私、本当はね、レーベルに所属してもらってる、アーティストの人達の思いや意見、やりたい事を尊重してあげたいんです。ですけど、今のこのご時世ですから、売れる曲作りばかり推進して、個性の欠片もない、それこそ、ホントに似たり寄ったりの「それ、何かのパクりなんじゃないの?」みたいな、「売れれば、何でも良いや」的な、アーティストやオーディエンスを無視したような、音楽業界の風習や、レーベルの経営のやり方に嫌気が差してたんです。それで、自分で一からやろうと…。で、私自身、自分の信念に基づいて、所属してもらえるアーティストの人達には、その人達の思うように、やってもらおうって…」
富永さんは、笑顔で自分の信念や、俺達、ミュージシャンに対する思いを話してくれた。
「私、実を言うと、この今の業界の風習や、レーベルの利益優先の経営方針をブッ壊したいんです。私からでも、少しずつでも、変えて行きたいなって…」
富永さんは、少し淋しそうな表情を浮かべた。
「富永さん…?俺達も、富永さんと同じように、今の音楽には満足していないんです。どれ聴いても似たり寄ったりで、大して感動も出来やしない…。いくらCD出そうが、ライブやろうが、それじゃ、金を出してまで聴いてくれる人達が可哀想で…。そんな物に金を出す価値なんか、とてもじゃないけど、見出だせる訳がない。俺達が、昔、味わった「感動と興奮」、それから「元気付けてもらえる事」。そんな事を、もう一度、今の若い人達に味わってもらいたいんです。「鳥肌が立つ程の音楽は、まだまだあるんだ。全然、死んじゃいないんだぜ?」っていうのを見せたいんです。俺達一人一人、それぞれの気持ちや意見が違ったとしても、俺達は、自分達の信念のままに活動しています。だけど、その信念が、いつかは絶対、みんなの心に響いてもらえるって…。少なくとも俺達は、そう信じています」
俊哉は、俺達の気持ちを全て代弁してくれるかのように、俺達の思いも、富永さんに伝えてくれた。
「やっぱり、あなた達に話して良かった。私の想像通り…、いや、それ以上かもしれない。今の業界に、そんな熱い思いを持った人が、はたしてどれだけいる事か…。私自身、「そんな人達は、もういないかもしれない…。みんな、解散したりして、過去の物になってしまった…」と、思ってました…。でも、まだまだ探せばいたんですね。あなた達のように…。やっぱり、私のレーベルには、あなた達の力が是非、必要です。あなた達の話を聞いて実感しました。もし良かったら、あなた達の力、私に貸してもらえませんか?」
「こんな、わがままな俺達でも良いんですか?」
俊哉は、驚いた表情で富永さんを見た。
「わがままなんて、とんでもない。あなた達は、自分の信念に一切、妥協を許さない。「妥協を許さない事」と「わがまま」は別物ですよ?」
富永さんは、微笑いながら俺達を見た。
「そうだ。あなた達、今度のイベントでライブやるんですよね?だったら、私のレーベルから出演という事にしませんか?そうすれば、CDをその会場で大量に売りに出す事も可能ですよ。それに、他のインディーズのバンドさんよりも、レーベルの名前が付いてる分、オーディエンスに対するインパクトも、十分ありますしね」
富永さんは、笑顔で淡々と話したが、俺達は内心、
「おいおい…。この人、サラリと恐ろしい事、言ってるよ…」
と、苦笑いを浮かべるしかなかった。
だが、こんなに大きなチャンスは滅多にあるはずも無い。
俺達にとっては、これが最初で最後のチャンスかもしれない。
俺達は、五人の顔を見合わせた。
「うんっ!!」
そう頷いて、五人で富永さんに頭を下げた。
「俺達で良ければ、是非、お願いしますっ!!」
頭を上げた俺達の気分は、とても爽やかで、今までやって来た事が「無駄じゃなかった。間違いじゃなかった」と実感した。
富永さんは、笑顔で俺達の顔を見て言った。
「私自身も、実は、B'Ra-ZEのファンなんですよ。初めて、あなた達の曲に触れた時に、「これだっ!!」って鳥肌立っちゃって…。それからは、頻繁に、あなた達のライブに通ったり、情報収集したりなんかしてて…。あなた達の作る音楽は素晴らしいですよ。センスもあるし、技術もある。それに、カリスマ性までも…。だからでしょうかね?意地でも、あなた達に、私のレーベルに来て欲しかった。嫌がられても、拒否されても、蹴られても、殴られても、意地でも説得しようって覚悟してましたから。あはは」
富永さんは、笑いながら俺達の加入を喜んでくれていた。
「そんな、大げさですよ。殴る蹴るなんて、そんな大それた事、出来る訳ないし…」
俺達は、富永さんの話に苦笑いをしながら答えた。
「後、イベントで売るCDですけど、何か音源があれば、私にください。私が、責任を持って作らせますから」
富永さんは、笑顔で俺達に優しく言った。
「ありがとうございます。じゃあ、また選りすぐりの曲を幾つか持って来ますね」
俊哉は、笑顔で富永さんに音源の持ち込みを約束した。
「ちなみに、私の事務所、ここから近いんですよ。行ってみますか?」
富永さんの提案に俺達は、
「えぇ。是非」
と、事務所へ案内してもらう事にした。
「じゃあ、会計済ませて来ますね」
そう言って、富永さんが席を立とうとした。
「待ってください。俺達も出しますよ」
俺達は、自分の財布を出そうと、それぞれのポケットを探った。
それを、富永さんは笑顔で、俺達五人を制止した。
「良いですよ。ここは、私が出しますから。みなさんはゆっくりしていてください」
そう言い残して、富永さんは、会計をする為にカフェのレジへ向かって行った。
俺達は暫く、俺達のこれからの事について話し合っていた。
「お待たせしました。じゃあ、行きましょうか?」
富永さんの後に付いて、俺達もホテルを後にした。
外は春霞が掛かり、柔らかな日射しが俺達を包む。
ホテルから、10分程歩いた所で、全員が足を止めた。
そこは、摩天楼が立ち並ぶオフィス街のど真ん中だった。
「へぇ…。高けぇなぁ…」
俺達は、空を切り刻むように並んだ、ちぐはぐな高さのビルの屋上を見上げて、圧倒されていた。
「私の事務所、ここの10階なんです」
富永さんは、俺達の右手にそびえ立つ、ほぼ、全面ガラス張りのビルを指差して言った。
俺達は、富永さんに付いて、ビルの中へ入った。
広いロビーの床は、大理石のような鏡面状の石のタイルが敷き詰められ、3階部分までが、吹き抜けになっていた。
2階、3階の吹き抜けの部分に面したフロアの中央部分からは、空中に飛び出すように、緩い螺旋状の階段が取り付けられていた。
俺達は、吹き抜け部分を横切り、正面入口に向かい合った、建物の奥の壁に設置されたエレベーターに乗った。
エレベーターのタワーは、全面がガラス張りで、みるみる内に、地上から離れて行く。
「私のレーベルに所属してもらってるアーティストさんなんですが、実は、まだ少ないんですよ…。やっぱり、新規のレーベルじゃ、知名度なんかの問題もあるんでしょうね…」
富永さんのぼやきを聞きながら、俺達は10階にある事務所へと上がって行く。
10階に到着すると同時に、エレベーターの扉が開いた。
「事務所は、この右手の一番奥です」
富永さんに導かれ、俺達は、エレベーターホールから右手の一番奥の部屋へとゆっくりと向かった。
濃い水色の絨毯が敷かれた廊下は、大きな窓に面していて、窓は天井から床までがガラス張りになっていた。
俺達の足下の遥か下には、アリ程の大きさに見える、道行く車や人達が見える。
六人は、一番奥の部屋の前に立った。
扉を開けると、そこは、とてもレコード会社とは思えないくらいに、殺風景な静まり返った部屋だった。
ただ、見晴らしは最高に良い場所ではあった。
事務所の奥の、応接用の椅子に、一人の若い女性が腰掛けていた。
「やっと帰って来たのね。あら?その人達は誰?」
その女性は、俺達の気配を察知し、こちらを振り向いて言った。
「あぁ。前に言ってた、B'Ra-ZEの人達だよ。今日から、ウチに所属する事になったからね。仲良くしてやってね?美羽ちゃん?」
富永さんは、その女性に俺達を紹介した。
「もしかして、中山美羽ちゃんじゃない?」
充が、その女性を見るなり声を張り上げた。
「充?知ってんのか?」
俊哉が、驚いた表情を浮かべた。
「俊哉、知らないの?今、有名な新人女性ミュージシャンだよ?その歌唱力の高さから、いろんなメディアが注目してるって」
「悪い、充…。俺も、知らなかった…」
「静流も知らなかったの?ダメだなぁ」
充は、口を尖らせながら俺と俊哉を見た。
「俺達の中じゃ、ミーハーなお前しか知らねぇよ…」
俊哉は、苦笑いを浮かべながら、充に言った。
「悪い…。実は、俺も知ってる…」
「俺も。美羽ちゃん可愛いから、初めてテレビで見た時から、ずっと気になってたし」
竜也と薫が口々に言った。
「ほらっ。そういう事に疎いのは、俊哉と静流だけだって。いかに、他の事の興味がないか、よく分かるよ」
充は、ここぞとばかりに、俺達を畳み掛ける。
「うるせぇなぁ…」
「フフフッ。あなた達、面白いのね。それに、すごく仲良しみたいだし」
美羽は、俺達を見ながら笑っていた。
「あたし、中山美羽。今、彼が言ってた通りよ。みんなよろしくね」
美羽は、微笑みながら俺達に挨拶をしてくれた。
長いストレートの金髪と、大きな目が特徴的な、いかにも「可愛いお人形さん」と言う表現がピッタリの女性だった。
「俺達はB'Ra-ZEと言うバンドをやってるんだ。俺は、バンドのリーダーで、ベースの桜井俊哉。よろしく」
「俺は、ヴォーカルの霞静流だよ。よろしくね」
「俺、リードギターの小野瀬竜也。よろしく」
「同じく、ギターの天城薫だよ。サイドギターがメインなんだ。よろしくね」
「俺、ドラムの朝霧充。夢は、XのYOSHIKI君やLUNA SEAの真矢君みたいな、凄腕のドラマーになる事。よろしくね」
俺達は、美羽に、口々に自己紹介をした。
「みんなよろしくね」
美羽は、微笑みながら俺達と握手を交わした。
俺は、ふいに俊哉を見た。
俊哉の様子が、いつになくおかしい。
俊哉は、握手をされた直後から、心なしか、顔が少し赤くなり、ソワソワした雰囲気を醸し出していた。
(そうか…。こんな感じの子、確か、俊哉のツボだったよな…。ウチの姉ちゃんもこんな感じだし…。まぁ、姉ちゃんは黒髪だけど…)
俺は、俊哉の気持ちを察知して、俊哉の顔を覗き込んだ。
「…な、何だよ?静流?」
自分の気持ちを悟られないように焦る俊哉。
俺は、そんな俊哉を見て、
「ニヤリ」
と、笑った。
俊哉が、自分の気持ちを俺に悟られたのが悔しいのか、ムッとした表情で俺を見た。
「クククッ…」
俺は、口に手を当て、笑いを堪えるのが精一杯だった。
「…後で、覚えとけよ」
俊哉が、ボソッと呟く。
富永さんと美羽は、そんな俺達を、笑いながら見ていた。
「そう言えば、あなた達は見た感じ、音楽のジャンルがヴィジュアルロックって印象だけど、ライブだと、やっぱり化粧とかするの?」
美羽は、俺達に興味津々な様子だった。
「いや、俺達は化粧はしないんだ。確かに、昔はそういうバンドは多かったけどね。俺達は、見た目のインパクトで勝負はしないから。あくまで、音楽で勝負したいからさ」
「静流は、ああ言ってるけどさ…。実は、俺達、化粧が誰一人として、ロクに出来やしないんだ。子供の落書きかってくらいに下手クソでさ…」
「あっ、竜也っ!!何、暴露してんだよ。せっかく、俺が良い事言ったのに…。台無しじゃねぇか」
「しょうがねぇだろ?事実は事実なんだからよ」
「あぁ…、もう…、うるせぇなぁ…。どっちだって良いじゃねぇか。化粧が出来ようが出来まいが、音楽には関係ねぇよ。俺達は、「純粋に音楽で勝負する、ノーメイクのヴィジュアルロック」で良いだろ?細かい事、いちいち気にするな。そんなんじゃ、大成出来ねぇぞ?」
俊哉は、俺達の言い合いを強制終了させる為に、俺と竜也の間に割って入り、話を勝手にまとめてしまった。
「フフフッ。あなた達、ホントに面白いね。あなた達がそんなだから、あなた達のファンも、自然とあなた達の世界に惹き込まれちゃうのかもね。あたしも、あなた達みたいな楽しい仲間、大好きだから。なんとなく、ファンの人達の気持ち、分かる気がするわ」
美羽は、俺達を微笑みながら見て言った。
「良いでしょ?美羽ちゃん?彼らだから出来る、彼らの世界…。俺達は、いつの間にか、彼らに惹き込まれてしまう…。彼らには、人を惹き付ける、特別な何かがあるんだよ」
富永さんは、微笑みながら、「自分の目に狂いがなかった」と言わんばかりに、得意げに美羽に言った。
「そうね…。社長にしては、珍しく当たったんじゃないの?」
美羽は、笑って富永さんを見た。
「美羽ちゃん…、「珍しく」は酷いなぁ…。俺、こう見えても、目利きだけはしっかりしてるんだけどな…。後さ、何回も言ってるけど、俺は、社長って言われる程、偉くもなんともないし…。いい加減、名前で呼んでよ…」
富永さんは、苦笑いを浮かべながら、事務所のパソコンへ向かった。
「考えとくわ」
クスクスと笑い、美羽は、事務所の給湯室へと入って行った。
「富永さん?俺達は、どうすれば…?」
俊哉が、パソコンに向き合った富永さんに問いかけた。
「あぁ…。その辺に適当に座っててください。今から、ウチとあなた達の契約書みたいな物を出しますから」
「それは、一般企業で言う所の「雇用契約書」みたいな…?」
「いやいや、そんな大げさで、堅苦しい物じゃないですよ。簡単には、「あなた達のフォローを、私達が全力でやります。その代わり、あなた達には、あなた達と、そして、音楽を手にする人達が満足出来る物、ライブにおいては、空間ですね。それらを作って頂く」と…。そんな内容が書かれた書類にサインを頂くだけです。私達に雇用関係はありません。むしろ、一緒に仕事をする、同志とか仲間と言った関係に近いかもしれませんね。ですから、私達とあなた達は、対等な一人一人の人間として、これから接して行くような形になります」
富永さんは、微笑みながらプリンターに手を伸ばす。
「へぇ。今までの、「縦社会大好き日本」とは、全然違う考え方だ。なんか、新鮮だし、堅苦しくなくて良いですね」
「言ったでしょ?「この世界をブッ壊したい」って。それは、「今までの日本の古臭い悪い習慣も」って事ですよ。だから、私はそんな古い企業風土は捨てて、欧米的な企業風土を、更に進化させたような企業風土を目指してるんです。出る杭を片っ端から打ってたんじゃ、せっかくの財産を潰してしまうじゃないですか?今までの日本って、かなりの財産を無駄に潰して来た気がします。例えば、無駄な大金を、能無しな、ただ椅子に座ってふんぞり返ってるだけのオッサン達に使い過ぎてしまったとか…。これは、とんでもない無駄遣いですよ。そんな能無しに無駄銭払うより、新しい才能に投資した方が、将来の財産に成り得るかもしれない分、よっぽど価値がありますよ」
「と、言う事は、俺達は、富永さんに俺達のどうなるか分かりもしない、不安定な能力を買われた…と?」
「そんなに、自分達を過小評価しないでくださいよ。あなた達には、未来がある。あなた達は、まだ粗削りかもしれない。だけど、磨けばきっと、誰よりも輝く気がします。私は、あなた達のフォローをする事は、全然、無駄とは思いません。むしろ、ここで磨く事を止めて、足を止めてしまう方が、時間の無駄です。だから、心配しないで、あなた達は、今まで通りに上を目指してください。そうすれば、きっと、ダイヤなんかよりも輝けるはずです。あなた達なら、きっと出来るはずです。一緒に頑張りましょう。私達のレーベルの人間も、また、同じ考え方で動いていますしね」
富永さんは、五人分の書類をプリンターから取り、俺達の前に持って来た。
「じゃあ、これに一通り目を通してもらったら、一番下の欄にサインをお願いしますね。その後は、私に予定はありませんから、今度のイベントの打ち合わせでもしましょう」
俺達は、富永さんに言われるがままに、書類に目を通し、サインをした。
「全員、書きました」
俊哉が、全員の書類を集めて、富永さんに渡す。
ちょうどその時、美羽が給湯室から、人数分のカップに注がれたコーヒーと紅茶を持って出て来た。
「ねぇ?少し、休憩しない?」
「あぁ、美羽ちゃん。ありがとう。悪いね…、こんな事までしてもらって…」
富永さんは、苦笑いを浮かべながら、頭を掻いた。
「仕方ないわよ…。みんな、営業とかで出払っちゃったんだもの。あたしのマネージャーも、今、打ち合わせに行ったきりだしね」
美羽はそう言いながら、俺達が座っている、事務所の机の上に、コーヒーカップを置いて行った。
「そう言えば、圭ちゃん?」
「け…、圭ちゃん?」
富永さんは、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。
「あら?「社長」は嫌だったんじゃなかったっけ?「富永さん」とかだと堅苦しいでしょ?だから、圭ちゃん。それとも、何か、文句でも?」
美羽は笑いながら、富永さんを見た。
「もう、何でも良いです…。文句も無いです…。美羽ちゃんに、お任せします」
そう言いながら、富永さんは苦笑いを浮かべ、コーヒーカップを口元に運んだ。
「あたしの、今度のコンサートの予定はどうなったの?」
「ギクッ」
富永さんは、美羽の問いかけに、一瞬、固まった。
「…まさか、忘れてたって訳じゃないよね?それに、忘れてたなんて、言わせないわよ?」
「いやぁ…、それは、もう…。忘れるはずもないよ…。ただ、忙しくて、ちょっと…、日程のやり取りやなんかが…」
美羽の鬼気迫る尋問に、酷く怯えたように、富永さんの返答が徐々に、尻すぼみになって行く。
「やっぱり、忘れてたんじゃない…。早く、予定立ててよね?もうすぐ、新曲のレコーディングもあるんだから」
美羽は、酷くご立腹の様子だった。
そんな美羽に対して、富永さんは、
「…はい。やります。早急にやります。やらせて頂きます。日程にも余裕を持たせるし、会場もちゃんと押さえますから…。だから、どうか、雷を落とすのだけは、ご勘弁を…」
一生懸命に平謝りをしていた。
「次、忘れたら、覚えててね?」
美羽の微笑みからは、不気味なオーラが発せられていた。
「…はい。どうか、お許しを…」
それは、何の関係もない俺達ですら、背筋が凍り付くような感覚の恐怖を覚えた。
(こ…、怖えぇ…)
美羽のそれを、まともに浴びせられた富永さんは、当然、たまったものではないはずだ。
「ごめんね。こうでも脅さないと、圭ちゃん、すぐ忘れちゃうから」
美羽は、さっきとはまた違う、別人のような微笑みで、俺達を見た。
「あはは。富永さんも、きっと忙しいんだよ。しょうがないよ」
俺達は、苦笑いしながら、富永さんをフォローした。
そう言いつつも、五人で引きつった顔を見合わせた。
(女って…、怖えぇな…)
「じゃあ、あたし、ちょっと出掛けるから。じゃあね、みんな」
美羽は、笑顔で事務所を出て行った。
俺達は、「やれやれ」と胸を撫で下ろした。
「じゃあ、気を取り直して、打ち合わせでも始めましょうか?」
富永さんは、それまで座っていた自分の席から、笑顔で俺達の元へ向かって来た。
「富永さん?別に、俺達に敬語じゃなくても良いですよ。なんか、逆にこっちが気を使っちゃって…」
俺は、苦笑いしながら富永さんを見た。
「ですよね?だって、あなた達と美羽ちゃんは、同じくらいの歳だし…。じゃあ、お互いに敬語、取っ払っちゃいましょう。その方が、私もやり易い」
富永さんは、どうやら、本当に、俺達と対等に接してくれるようだ。
「じゃあ、富永さん?今度のイベントでバラ蒔く音源だけど…。あれ、俺達は、インディーズとしてのベスト盤みたいな形にしたいんだけど、どうだろう?」
俊哉が、さっそく、富永さんに提案する。
「おっ!!それ良いね。俊哉、良いアイデアじゃん?」
俺は、俊哉の意見に賛成した。
「だな。ベスト盤みたいにするなら、俺達のファンは、喜んで買ってくれるだろうな」
竜也も、賛成らしい。
「ただし、どういう編成にして、どうバラ蒔くか…、だ。「何曲収録するのか?」とか「会場限定販売」なのか、「一般販売」も視野に入れるのか…」
俊哉は、真剣な表情で俺達を見た。
「もし仮に、それでやるとして、レコーディングするのに、君達のイベントの為の音合わせに影響は?」
富永さんは、俺達への影響を気に掛けていた。
「それは、大丈夫。音合わせしながら、レコーディングすれば、一石二鳥で出来るから。ただ問題は、録音が、まともに出来るスタジオを長時間押さえなきゃいけない事なんだよな…」
「俊哉君。それなら、多分、大丈夫。君達のホームグラウンドの、渋谷の「music place」なら、オーナーが俺の友達だから、長時間の録音も、なんとかなると思う。B'Ra-ZEとしては、何曲くらいを想定してるんだい?」
富永さんは、微笑みながら言った。
「俺が考えてるのは、12〜13曲だけど…」
「なぁ?俊哉?アルバムの真ん中くらいと、ラストの曲の後に、隠しのボーナストラック入れたらどうかな?多分、発見した人は、サプライズ的なボーナストラックに喜ぶかもしれないし」
「へぇ。静流君、そのアイデア良いね。俺も、どさくさに紛れて、自分の分を確保しとこうかな…」
「あはは。富永さんも、物好きだなぁ。じゃあ、特別に、富永さんの分だけ、俺達五人のサインでもCDケースに入れとこうか?」
「えっ?マジで?良いの?竜也君?」
「別に、大丈夫だと思うよ。それくらいなら、簡単な事だからさ」
「そうだな。竜也の言う通り、その程度の事で喜んでもらえるなら、俺達は幾らでもやるよ」
「あぁ、俺達は大丈夫。俊哉と竜也が言うようにさ。なんなら、100枚限定でサイン入れちまおうか?それを、先着で売ってさ」
「だったらさ?一人、20枚ずつにサインしてさ、合わせて100枚にしない?で、その20枚のCDの中に、サインした人が作詞、作曲、演奏した曲が、ラストの後に一曲、隠しボーナストラックにして入れるようにしてさ。例えば、この案の言い出しっぺの、静流のサインしたCDなら、静流が作詞、作曲して、自分でギターを弾きながら歌ってさ。静流バージョンみたいな感じで、俺達、五人分を作る。手が込んでて面白いかもよ?」
「充?それ、面白いけど、めんどくさくないか?」
「いや、薫。手間は掛かるけど、それも面白いかもな。誰かが、五人分それぞれのCDを、5枚買いする事もあるかもしれんが、話題性があって良いかもな」
「そうそう。俊哉の言う通りかも。事前に、スタジオとかで宣伝しといてさ。後から、どう違うのか聞かれたら、「聴けば分かります。CDのケースを開ければ分かります」って答えれば良いしね」
「静流?だったら、「先着100枚限定」って言わずに、最初から1000枚限定にしないか?その方が、買う人も喜ぶだろ?」
「そうだな。竜也の言う通りかもね。ちょっと、俺達の手間は掛かるけど、買ってくれる人が喜ぶなら、それはそれでアリだな」
「じゃあ、今、静流君と充君が言った案の、それぞれのサインと曲入りのバージョン5種類、200枚ずつ、最後に竜也君が言ったように、合計1000枚限定販売って事にしようか?」
「富永さん?その方向で調整とCDの編集、出来る?」
「俊哉君、大丈夫。時間はまだあるし、これからやれば、夏には、十分間に合うと思うよ」
「良かった。じゃあ、俺達は、イベントに向けて、CDの為の選曲と、新曲を作ったりするから。後は、富永さんに任せて大丈夫かな?」
「あぁ。任せといて。君達は、何の心配もしなくて良いから、曲作りの方を任せたよ?」
「もちろん。お互いに協力して、イベントは絶対に成功させよう」
俺達は、イベントに向けての協力する事を約束し、当日に販売するCDの制作を、富永さんに依頼した。
「富永さん。また今度、音源を持って来るから、その時にまた、ライブの演出なんかを打ち合わせしよう」
「分かった。じゃあ、また選曲出来たら、教えてくれよ。こっちもそれまでに、色々と手配するからさ」
「あぁ、ありがとう。じゃあ、富永さん。またね」
そう言って俺達は、事務所を後にした。
その夜。
俺は、一人で部屋のベランダにいた。
今にも吸い込まれて行きそうな、星空を見上げた。
「星が綺麗だな…。いつか、今日みたいな星空、麻紀と見てたっけ…。麻紀?聞こえるかい?」
俺は、胸元の形見の指輪を握り締め、夜空に向かってゆっくりと話かけた。
「見てたかもしれないけどさ…。今日、俺達の夢が、今まで以上に近付いて来たんだよ?やっと、麻紀とした約束、果たせそうだよ…。俺は、もっともっと歌って、俺達の曲、麻紀に届けるから…。声が枯れても、俺は、歌い続けるから…。麻紀と、大事な人達の為に…。だから、もう少しだけ、俺に力を貸して…?」
俺は、夜空を見回した。
「頑張ってね、静流。頑張ってる静流、あたしは大好きだよ」
いつか麻紀に言われた言葉が、頭の中に甦る。
「麻紀…。ありがとう。俺達は、もっと有名になって、絶対に、聴いてくれる人達にとっての世界一のバンドになるから…。俺が好きなLUNA SEAや、麻紀が大好きだったGLAYみたいに…。絶対に、あんな風に大きくなるから…。だから、見ててね。いつか、また会う時には、いっぱい、俺のお土産話、聞かせてあげるから…」
俺の頬を、冷たい雫が伝う。
その時の俺の涙は、麻紀との約束を果たせる喜びと、自分達の夢が叶うと実感出来た喜びの涙だった。
夜空には、幾千、幾億の星が瞬く。
幾千の星空の下、喜びと優しさの雫が、星々の光で銀色に輝いていた。




