Chapter 46
翌日。
ふと気が付くと、俺は、リビングのソファの上にいた。
あれから暫くして、ソファの上で寝転んでいたら、いつの間にか、眠っていたようだ。
それに、誰かが、俺に風邪をひかないように毛布を掛けてくれていたようだ。
「うーん…」
ケータイの時計を見た。
「もう昼だ…」
時計は、昼の12時を過ぎたばかりだった。
部屋中を見渡してみたが、部屋の中には、俺以外に人がいる気配が無い。
「あれ?みんなどこ行った?」
俺は、ケータイを取り、俊哉に電話を掛けた。
「あれ?留守電だ…」
今度は、竜也に掛けてみる。
「竜也も留守電かよ…。おかしいな…」
二人共、留守電になっていた為、俺は少し不安になった。
その時、玄関の方で、何か物音がするのが聞こえた。
「…ん?」
玄関から、リビングに向かって、人が来る気配を感じた。
「誰か帰って来たな」
そう思うと、俺は、少し安心した。
「ガチャッ」
リビングのドアが開いた、瞬間。
「あっ。おはよう。起きてたんだね」
「瑞希?俺は、てっきり、薫と帰ったと思ってたよ」
俺は、驚いた表情で瑞希を見た。
「薫は、朝の9時頃だったかな?ここから直接、バイトに行ったよ」
そう言いながら、瑞希は、買い物袋を、キッチンのカウンターの上に置いた。
「そっか。で、なんで、買い物袋なんか持ってんの?」
俺は、いまいち状況が掴めなかった。
瑞希は、笑顔でこう言った。
「あのね、俊哉兄にね、「瑞希、今日は、バイト休みだろ?俺達は、バイト行くから。静流は、その内起きるだろうから、ここの鍵と金をいくらか瑞希に預けとく。アイツが起きたら、何か食わせてやってくれないか?もちろん、瑞希の分まで置いておくから」って。だから、近所のスーパーに買い物行ってたんだよ」
「そうだったんだ…。ごめんな…。俺の為に」
俺は、わざわざ俺の為に留守番をしてくれて、更に買い物までしてくれた瑞希に対して、申し訳なく思った。
「良いのよ。どうせ暇だったし。静流達といる方が、あたしは楽しいから」
そう言って、瑞希は微笑みながら、食事の準備を始めた。
俺は、そんな瑞希に、麻紀を重ね合わせて見ていた。
「へぇ…。やっぱり、カフェでバイトしてるだけあって、手際良いね」
俺は、瑞希の手際の良さに感心していた。
「そんな事ないよ。あたしだって、料理始めたの、カフェにバイトに行くようになってからだもん」
瑞希は照れ笑いを浮かべながら、食事の準備を続けた。
「カフェで、バイト始めたのはいつ?」
「うーんと…、高校卒業してすぐだから、もう3年くらい経つかな」
「それだけやってれば、十分だよ。どうりで上手い訳だ」
「そんな…。誉めても何も出ないよ?」
瑞希は、照れ笑いを浮かべて俺を見た。
「実はさ、俺も姉ちゃんに料理仕込まれてさ…。こう見えても、結構料理作ったりするんだ」
俺は、姉にしごかれながら、料理を覚えた日々の事を思い出した。
「へぇ。お姉さんと仲良しなんだね?」
瑞希が微笑む。
「俊哉達は、そう言うね。でもあの人、結構、口うるさいから…」
俺は、苦笑いを浮かべて、タバコに火をつけた。
「それだけ心配なんでしょ?たった二人だけの姉弟だから…」
「確かに、それはあるだろうね…。でも、そろそろ、ほっといて欲しい気もするし…」
俺は、そう言いながら、リビングの掃き出し窓を開けた。
春の暖かい風が、部屋中に優しく吹き込んで来る。
「静流は、お姉さんの事、心配じゃないの?」
瑞希は、姉を気遣うように言った。
「あぁ。心配じゃないと言えば嘘になるけど…。あの人は大丈夫。巧兄って言う、最強のボディーガードがいるから…。だから、俺は、安心して東京に来れた」
俺は、笑顔で瑞希を見た。
「そっか。じゃあ、静流は安心して、自分の心配だけしてれば良いんだね」
「そう言う事。あはは」
俺は、笑いながら、キッチンのコンロの所へ向かった。
コンロの上に置いてある、小さな片手鍋を手に取り、適当な量の水を入れる。
それを、またコンロに置き、火にかけた。
食器棚に置いてあるマグカップを取り、その中に、コーヒーの粉を適当に入れた。
「言ってくれたら淹れるのに…」
瑞希は、申し訳なさそうな表情を浮かべて、そう言ってくれた。
「飯作ってくれてるんだ。悪いよ。それに、これくらいの事は自分で出来るしね」
俺は、瑞希にそう言って、鼻歌混じりに、水が沸騰するのを待った。
「あっ。その歌…。もしかして、LUNA SEA?」
瑞希は、野菜を刻みながら、俺に問いかけた。
「瑞希、知ってたの?」
俺は、驚いて瑞希の顔を見た。
「知ってるよ。だって、あたし、LUNA SEA好きだもん」
瑞希は、満面の笑みを浮かべた。
「そうなんだ。俺も、LUNA SEA好きなんだ。っていうか、俺は、LUNA SEAを初めて聴いた時に、背筋が震えて鳥肌立っちゃってさ…。「カッコイイ」ってハマっちゃって…。あの衝撃は、今でも忘れられないよ。俺もいつかは、あんな風になりたいなって。それから、音楽にのめり込んじゃったって訳なんだ」
俺は、照れ笑いを浮かべて、音楽を始めたきっかけを瑞希に話した。
「それに、さっきの歌、俺が辛かった時に、いっぱい元気付けてもらった歌だから…。だからつい、無意識に出ちゃうんだよね」
「その気持ち、すごくよく分かるよ。静流が鼻歌で歌ってた曲の歌詞は、ホントに元気になるよね?頑張ろうって」
瑞希は笑顔で、俺の気持ちに同調してくれた。
「うん。特に最後の歌詞。あれは、すごく良いよね?俺は、あの部分が一番好きなんだ」
『夢を見続けて 走り続けた
夢を見続けて 終わりは無いから
雨に打たれても 夢が滲んでも
明日を信じて この手は離さない』
「俺は、一番苦しかったあの時、麻紀の笑顔と、この歌を思い出して…。「諦めるか!!」って…。それで、今ここにいるんだ…。みんなと会えたんだ…」
俺は、遠い目をしながら、辛かった日々の事を思い出していた。
「俺は、LUNA SEAに元気をもらった。だから、今度は俺が、LUNA SEAみたいに、たくさんの人を元気付けられたらって…」
「静流なら、きっと大丈夫。きっと出来るから。だから、諦めないで。頑張ってね」
瑞希は、微笑んで俺を見た。
「ありがとう。俺、自分の出来る事は大した事じゃないけど…。でも、俺にしか出来ない事があるはずだから…。だから、俺は諦めない」
俺は、静かにじっと前を見つめて、瑞希に自分の気持ちを語っていた。
瑞希は、そんな俺を微笑んで見てうなずいた。
「うん」
「ねぇ?それより、静流?」
「うん?」
「鍋、沸騰してるよ?」
「あっ。忘れてた。ヤバいヤバい…」
俺は、慌てて火を消して、カップに沸騰したての湯を注いだ。
「熱ッ」
「もう…。落ち着いて飲まないからよ…」
瑞希は、苦笑いを浮かべた。
「へへっ。でも、ありがとう。瑞希。俺の下らない話に付き合ってくれて…」
そう言うと俺は、淹れたてのコーヒーを口に運んだ。
「別に、ありがとうなんて良いよ。あたしには、これくらいしか出来ないから。でも、それで静流が元気になってくれるなら、いくらでも聞くからね」
「あぁ。ありがとう」
「はい。出来たよ」
瑞希は、そう言って、カウンターテーブルの上に、出来たての卵焼きと味噌汁、白いご飯と、焼き鮭、小鉢に盛った野菜サラダを静かに並べてくれた。
「ありがとう。美味そうだね」
俺は、並べられた料理に喉を鳴らした。
二人並んでカウンターテーブルに座った。
「いただきます」
二人で同時に箸をつけた。
「うん。美味い。鮭の焼き加減といい、卵焼きの砂糖と塩加減といい…。絶妙だね。ホントに美味いよ」
俺は、夢中で瑞希の料理を食べた。
「良かった。喜んでもらえて」
その時の瑞希の微笑みは、俺には、まるで麻紀のようにしか見えなかった。
「そう言えば、瑞希は、薫とはどうなのさ?」
俺は、薫と瑞希の微妙な空気が気になっていた。
瑞希は、暫く沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「薫か…。あの人ね、まだ、何も言ってくれないの…。あたしは、ずっと待ってるのに…。あたしには脈が無いのかな…」
瑞希は、箸を止めてうつむいた。
俺は、そんな瑞希を見て、
(何やってんだよ、アイツ…。良し。こうなったら…)
ある事を思い立った。
「あーぁ…。薫も静流みたいな性格だったらなぁ…」
瑞希が、ぼやいているのを見かねた俺は、
「瑞希?瑞希と薫が上手く行くように、俺がなんとかしてみるよ」
と言って、瑞希に微笑みかけた。
「えっ?どうやって…?」
「良いから。俺に、任せときな?」
業を煮やした俺は、瑞希と薫をくっ付ける為に、一つ策を練る事にした。
「薫の口から、言わせるから。瑞希は楽しみに待ってな」
俺は、瑞希に微笑んだ。
「うん。ごめんね、静流。あたしの為に…。静流は、今辛いのに…」
「良いんだよ。世話焼いてると気晴らしにもなるし、俺は、瑞希と薫には幸せになって欲しいから」
「ありがとう。静流って、ホントに優しいんだね。それに、カッコイイし…」
瑞希が、頬を赤くした。
「俺なんか、全然、かっこよくないよ。不器用だし、人見知りするし…。でもね?俺は、俺の大切な人達には幸せになって欲しいから…。笑ってて欲しいから…。ただ、それだけ。まぁ、任しといてよ」
俺は、そう言いながらも、照れながら頭を掻いた。
瑞希は、そんな俺を微笑んで見ていた。
「さぁ、早く食おうよ。せっかく瑞希が作ってくれたんだから」
俺は笑いながらも、薫に、瑞希の気持ちを伝える事を考えていた。
(俊哉達が帰って来たら、情報収集しないとな…)
「ねぇ?静流?」
「うん?」
「静流は、そうやって麻紀ちゃん落としたんだ?」
「ブッ…」
俺は、瑞希のいきなりの問いかけに、口の中の物を吹き出しそうになった。
「ケホケホッ…。何?いきなり…?」
俺は、慌てた。
「だって、静流のその優しさと、クールなオーラのギャップに当てられちゃうと、女の子は大抵、コロッと行っちゃうよ?」
「そんなに簡単に行く訳ないよ…。人の気持ちなんて…」
俺は、苦笑いするしかなかった。
「少なくとも、あたしなら行っちゃうかも…」
そう言うと、瑞希は顔を赤くして、俺の目を見た。
「そんなもんかな…?俺は、ただ、自分が正しいと思った事しか言わないし、しないからさ」
俺は、いまいち女心がよく分からない時があった。
そのせいか、昔から、姉に小言のように、
「もっと、女の子を理解しなきゃダメよ」
と言われていた。
(分かんねぇもんは、分かんねぇし…)
なんで、俺が当たり前だと思った事で、女の子が喜ぶのか…。
とても不思議だった。
「なんで、女の子ってさ、俺が当たり前だって思ってる事で喜んだりするんだ?」
俺は、そう瑞希に問いかけた。
「うーん…。難しいね。でも、ほとんどの男の人って、そういう小さな気遣いとかに疎かったりするじゃない?」
「まぁ、言われてみれば…。確かに」
「でしょ?要するに、細かい小さな事でも、気付いて欲しいんだよ。「髪切った?」とか「今日の服、可愛いね」とか。そういう事の積み重ねや、嫌な事あった時や、困った時に話を聞いてくれたり、アドバイスしてくれたりすると、「優しくて頼りになる人だな」って、好感が持てちゃうんだよ?」
瑞希は俺に、女心について分かりやすく話してくれた。
「なるほどね…。じゃあ、俺達に足りないのは、その小さな心配りって訳か…。確かに、いくら姉ちゃんが髪切ったところで、服装変えたところで、俺、一切興味なかったもんな…。そうか。だから、よく下らない事で怒られてたんだな…」
俺は、瑞希の話の中に、妙に納得出来る事がたくさんある事に気付いた。
「静流のお姉さんも女の子だから、やっぱり、静流や、お姉さんの彼氏さんに見てもらいたいんだよ。綺麗な自分を…」
「ふぅーん…」
俺は、巧兄と二人揃って、姉に正座をさせられ、延々と説教された事を思い出した。
(確か、姉ちゃんの誕生日だったよな…。姉ちゃん、気合い入れて美容院行って、服や化粧もいつもより気合い入ってたよな…。俺は、姉ちゃんに無関心で、巧兄は仕事に没頭して、遅刻はするわ、レストランの予約は忘れてたわで…。姉ちゃん、今までに無いくらい、ブチ切れたんだっけ…。それで、俺と巧兄は、二時間くらい正座させられて、延々と小言を言われて…。ひたすら「スイマセン」を繰り返したっけ…)
思い出しただけでも、うんざりする光景だった。
「どうしたの?」
瑞希は、俺の顔色を見て言った。
「いや、瑞希の話で、姉ちゃんの誕生日の事、思い出してさ…。俺と巧兄が、姉ちゃんブチ切れさせて大変だったんだよ…」
俺は、苦笑いを浮かべながら、瑞希にその時の事を話した。
「そりゃあ、お姉さんじゃなくても、誰でも怒るよ…」
瑞希は苦笑いをしながら、ウーロン茶を飲んだ。
「せっかく、頑張って綺麗になったんだから、誉めてあげなくちゃ。女の子は誉められて、もっと綺麗になるんだよ?」
「へぇ。そうだったんだ。今度から気を付けるよ」
俺は、瑞希の話から、色々なヒントをもらった。
(薫に、そのまま使えるな…)
こうして、俺の「薫が、瑞希に告白する」(正確には、薫を煽って、意地でも瑞希に告白させる)為の計画は、その日の夕方、俊哉達が帰って来てからも、俊哉達からの、薫身辺の情報収集等で着々と進んで行った。




