Chapter 45
「さぁ。ここが俺達の寝ぐらだ。まぁ、入れよ」
俊哉達は、俺と瑞希を温かく部屋の中へ招き入れてくれた。
俊哉達の部屋は、マンションの4階の一番奥の角部屋で、周囲には低い建物が多く、眺めは良かった。
「静流。お前は、この部屋を使えよ」
そう言って、俊哉は余った一番奥の一部屋を、俺にあてがってくれた。
「あぁ。ありがとう」
「じゃあ、俺達はリビングにいるからな」
そう言って、俊哉はドアに手を掛けた。
「俊哉…?」
「なんだ?静流」
「悪いな…。俺なんかの為に…」
「何を急に言い出すかと思ったら…。なぁ、静流。よく聞け。俺達は、お前の事を「静流なんか」と思った事は一度も無いぞ?そう、自分を卑下するな。あんな事があった後だから、そんな気持ちにもなるんだろうが、二度と「俺なんか」とか、自分を蔑んだり、自分には価値が無いみたいに、自分を軽く見るような事は言うな。お前は、立派な一人の人間であり、立派な男であり、俺達の大切な仲間なんだ。お前の事を、誰が何と言おうが、お前の価値は俺達が一番よく知っている。お前は、俺達にとってはいなくてはいけない存在だ。それに、お前は最期まで、ずっと麻紀ちゃんの傍にいて、見守って看取ってやったんだろ?よくやったじゃないか。だからもう、これ以上自分を責めたり、傷付けたりするな。自分を許してやれ。これは、天国の麻紀ちゃんの為でもあるんだからな?麻紀ちゃんも、そう望んでいるはずだ。それを忘れるな。良いな?」
俊哉は、俺に優しく叱るように諭した。
まるで、自分の弟のように。
「先にリビング行ってるから、荷物置いたら来いよ?」
俊哉は、いつになく優しい目で、俺に微笑んだ。
「あぁ…。ありがとう。俊哉…」
俺は、俊哉にそう言う事だけで精一杯だった。
俊哉は、無言のまま部屋を後にした。
俺は、荷物を適当に置いて、俊哉の後を追った。
俺が、リビングのドアを開けると、既に宴会らしく、グラスと酒がテーブルに置かれ、充の持って来た、あの大量のつまみも封を開けられ、テーブルの真ん中を占拠していた。
「さて、全員揃ったな?じゃあ、始めるとするか?」
俊哉の嬉しそうな掛け声と共に、グラスにビールが注がれる。
瑞希も、自分の酎ハイの缶を開け、乾杯の準備が整った。
「じゃあ、みんな。静流が東京に来て、俺達のバンドに復帰した祝いと、薫、瑞希が、俺達の新しい仲間になった祝いを記念して…」
竜也の掛け声で、俺達全員が、それぞれの酒を手に高く挙げる。
「乾杯っ!!」
「やっぱり、みんなで飲むと美味いな」
竜也の頬が緩む。
「そうだな」
俊哉は、嬉しそうに微笑んだ。
充の頬は、大量のつまみを頬張って膨らんでいる。
充の頬を楽しそうに、薫が人差し指でつつく。
「おりゃっ!!」
「やべろっ!!」
食べ物を頬張ったまま、充が怒る。
その様子を、俺達は笑って見ていた。
竜也の手が、こっそりと焼き鳥に伸びて行く。
「焼き鳥もらいっ!!」
そう言うと、竜也は急いで焼き鳥を口に運んだ。
「あ゛っ!!」
それを見た充が慌てる。
「おでのやぎどびっ!!」
充が、口に頬張ったまま喋るので、俺達には何を言っているのか、さっぱり分からない。
「口の物、飲み込んで話せよ…」
俊哉は、疲れた表情で充を見る。
充は、急いで口の中の物を飲み込む。
「美味い、美味い」
竜也は、これ見よがしに充を見ながら言った。
「竜也め…。また俺の食ったな…?」
充は、恨めしそうに竜也を睨む。
そこへ、今度は薫の手が伸びて来て…。
「最後の焼き鳥もらいっ!!」
そう言うと、薫も急いで焼き鳥を口に運ぶ。
「あっ!!薫まで…。お前達、覚えてろよ…?」
充は恨めしそうに、両隣の竜也と薫を交互に睨んだ。
「グズグズしてるのが、悪いんだよ」
「そうそう。物は何でも早い者勝ちってな」
竜也と薫が、口々に言った。
「充。お前の負けだ」
俊哉が、笑って充を見た。
俺は、ただ、その様子を黙って見ていた。
「なぁ?静流?」
そんな俺に、俊哉は、静かに話しかけて来た。
「さっき言った事じゃないが、俺達だって迷いがない訳じゃないし、失う事だって怖い」
「俊哉…?」
「それに、今のお前の気持ちは、きっと俺達の想像よりも、もっと深いはずだ。だけどな?お前が、今ここに残された理由を考えてみろ?きっと、お前には大切な何かがあるんだ。存在意義とでも言えば良いのか…。これまでのお前の存在意義は、確かに、麻紀ちゃんの為であったはずだ。そして、もし、未来が変わっていたなら、お前の存在意義はずっと麻紀ちゃんの為であったと思う。それは、いっぱいあるゴールの内の一つに過ぎない。お前は、そのゴールに幸せを見出だしていたんだろ?だけど、現実は違った…」
俊哉は、静かに淡々と続ける。
「辛いだろうが…、今は、現実を受け止めるしかない。現実を受け止め、今の現実から、お前はもう一度、存在意義を見つけないといけない。今のお前は、麻紀ちゃんと言う、大きな心の支えとゴールを見失って、深い霧の中で迷ってるだけなんだ。だから今は、何も分からなくて良い。迷って良い。だけど、一人で迷うな。どうせ迷うなら、俺達も道連れにしろ。みんなで迷う方が楽だろ?お前の存在意義が見つかる為のフォローをするのが、今の俺の…、いや、今の俺達の存在意義だ。もし、お前の存在意義が見つかったら、今度は、お前が、霧の中で迷ってる人達の支えになってやれ。その時は、静流と俺達四人で、その人の道しるべになってやろう。俺達に出来る事は、ただ一つ。俺達の音楽で、迷ってる人達に元気や勇気を分けてやって、そして、その人達の道しるべになる事。俺達の、個々の存在意義は、それぞれ違ったとしても、俺達五人が、一緒になった時の存在意義は、俺達の音楽を聴いてくれた人達の道しるべになる事…。これで良いんじゃないか?そうやってるうちに、お前にも、いつか新しい存在意義が見えて来るんじゃないか?」
そう言い終わると、俊哉は、静かに俺に微笑んだ。
「さっきも言ったが、俺だって、失うのは怖い。それは、この五人が、それぞれいなくなり、そしてバンドの存在自体が無くなってしまう事。バンドの存在自体が、時間の流れに飲み込まれ、ただの一発屋として、世の中から消え去ってしまう事。俺は、それが怖いから、そうならないように、その時、出来る事を精一杯やりたい。必ず、何かしらの、「その時、俺達がそこにいた」っていう証拠を残しておきたいんだ」
俊哉が珍しく、淋しそうな表情を浮かべた。
それまで騒いでいた竜也達も、いつの間にか俊哉の話に静かに耳を傾けていた。
「俺達の存在意義は、長い人生の中で、絶えず変化していく物だ。その人生の長い時間の変化の中でも、絶対に普遍的な物がある。それは、自分の心の中にある、信念とかプライドとか…。自分の内面的な部分は、誰にも変える事は出来ない。だから、変化する、その時々の存在意義の中にも、自分の信念を持って、プライドを持って取り組めば、きっと、大きな何かが残せるはずだ。それが、歴史上の偉人のような形であったり、多くの人を救う、医者のような形であったり、芸術家の残すような作品であったり…。人それぞれ、色々ある。俺は、形はどうであれ、いずれ、そんな風になりたいと思っている。これが、俺の中での「絶対に普遍的な存在意義」だと思っている」
俊哉は、自分の中の「存在意義」についての考えや信念を全て、俺達にさらけ出した。
「そんな考えの中でも、やっぱり、迷いはある。果たして、このままで良いのか?このまま走り続けて、その先に何があるのか?色々ある。俺も、静流と同じように、濃い霧の迷路の中にいるのかもしれない…。だけど、迷ってる暇があるなら、その分、今出来る精一杯の事をやって前に出た方が、いつかは光が見えて来そうで…。迷って立ち止まるより、そっちの方がずっと良いと思ってるから…。だから、俺は止まらないし、止まれないんだ」
そう言った俊哉からは、その時の俺達には無い、何かしらの大きな覚悟が垣間見えた。
「…そうだよな。俺が迷ってると、麻紀も不安になるよな?だったら、俺も、俊哉のように止まらない。過去は振り返らないって、俺は、麻紀に誓ったから。行ける所まで行ってやるさ。今の俺の存在意義…か。俺の存在意義は決まってる。一つでも多くの俺の歌声を、俺の大切な人達に届ける。これだけだ。例え、声が出なくなっても、俺は、喉を切り裂いてでも届けなきゃいけない。大切な人達の笑顔の為に…」
(そうだろ?麻紀?)
そう言って、俺は静かに胸元の形見の指輪を握り締めた。
「確かに、俊哉と静流の言う通りかもな…。俺達は、そんな事考えもしなかった…。俺達の音楽を多くの人達に届ける。立派な存在意義だ。俊哉と静流がそこまで思ってるなら、俺達は、それにとことん付き合うまでだ。なぁ、そうだろ?」
竜也は、充と薫を見た。
「あぁ。そうだな。俺達は、まだ何も見つけてないんだ。だったら、見つかるまで、みんなのバックアップをしよう」
「俊哉兄、静流?俺なんかで良いなら、とことん手伝うよ。その先に何が見えるのか、俺は、見てみたいから。その時には、自分のやりたい事、見つかるかもしれないし…」
充と薫が、口々に言った。
「俺は、ありがとうとは言わないぞ?これは、お前達が、それぞれに決めた事だ。お前達の決めた事の手伝いはしてやるが、「ありがとう」はいらない。俺達、みんなで目指す、存在意義だからな」
俊哉が、微笑む。
「あぁ。分かった。俺達の思い、精一杯届けてやろうぜ」
竜也が発破を掛けた。
「なぁ?だったら、みんなに提案があるんだけど…」
俺は、東京に来る前から、心の中に秘めていた事を提案した。
「なんだ?それは?」
四人が、声を揃えた。
「バンド名を、少し変えないか?もちろん、基本的な俺達の信念は変えずに…だ」
「例えば、どんな風に?」
バンド名の名付け親である俊哉は、興味津々だった。
「単刀直入に言う。新しいバンド名は…」
俺はそう言うと、手元にあった紙とペンを持ち、他の五人に見えるように書いた。
「B'Ra-ZE」
全員は、新しいバンド名が書かれた紙を覗き込んだ。
「B'Ra-ZEか…。意味は?」
俊哉が、俺の顔を覗き込む。
「俺達のバンドの根本的な部分は、「音楽の世界において、常にぶつかって挑戦する事」と「俺達の音楽を聴いてくれる人が、夢中になって、元気になる事」。この2つだろ?」
「あぁ。そうだな」
俺は、全員の顔を見ながら続けた。
「今度は、それに新しい意味をくっ付けたのさ。今、ちょうど俊哉が言った、俺達の存在意義を。俺が、くっ付けた言葉は、「blaze」って言う単語だ。妙な偶然だけど、この単語には、いろんな意味があったんだ。例えば、単純に名詞で言うなら、「炎」だ。だけど、文法上の使い方じゃ、「太陽が輝く」とか「道を切り開く」とか「~を知らせる」とか「目印」とか、いっぱい使い分けが出来るんだ。言いくるめちまうと、「俺達は音楽の世界で挑戦し続け、新しい道を付けて、たくさんの人達を夢中にし、俺達が、その人達が迷わないように輝いて、迷ってる人の目印になる。足下を照らす、松明のような炎になる」そんな意味を込めたんだ。そして、そんな俺の今を、天国の麻紀に知らせる為に…。そう思って考えてみたんだけどな…。どうだろう?」
俺は、俺のありのままの気持ちを、全員にさらけ出した。
「確かに、俺が言った、「バンドとしての存在意義」と一致してるな。妙な偶然ってあるもんだな」
俊哉は微笑んで、さらに続けた。
「まぁ、こういう言葉もある。「偶然は必然」ってな。要するに、俺達のバンド名変更は、偶然なんかじゃなく、最初から必然的にそう決まっていたような物だったんだ。だったら、俺達の存在意義に基づいて、この静流が考えた新しいバンド名を受け入れざるを得ないだろう。これを拒否した場合、俺達の存在意義その物が、嘘になってしまうだろうからな」
俊哉は、微笑って快くバンド名変更を受け入れた。
「じゃあ…?」
「あぁ。静流。良いバンド名をありがとう。俺達は新しく五人になったし、ちょうど良いだろう。今日から、俺達は「B'Ra-ZE」だ。これに異論があるヤツは?」
「異論無しっ!!」
他の三人も笑顔で新しいバンド名を受け入れた。
「全会一致だな。まぁ、俺達のバンドは全会一致が原則だからな」
俊哉が、俺を見て微笑う。
「みんな、ありがとう」
俺は、全員の顔を見渡した。
「良いお話だね…。あたし、ちょっと感動しちゃった…」
瑞希が、目を潤ませていた。
「あたしにも、みんなの思いが伝わったよ。みんななら、きっと出来るから…。だから、思いっきり頑張ってね」
瑞希が微笑んで、俺達にエールを送ってくれた。
「あぁ。ありがとう」
俺達は、声を揃えた。
「存在意義か…。あたしの存在意義って何だろうね?うーん…、考えると結構、難しいね…」
瑞希は、難しい表情を浮かべて悶々としている。
「瑞希?そんなに深く考えなくて良いんだよ。俺達だって、根本にあるのは、単純な理由だから。それぞれの理由や信念は違っても、それは立派な事だから」
「そうそう。深く考えたって、何も見つからないぜ?瑞希は、瑞希の出来る事をすれば良いんだ。その内、瑞希にも見えて来るから」
俺と俊哉は、瑞希に優しく微笑んだ。
「うん。ありがとう。あたしも、みんなみたいに頑張らなきゃね」
そう言って、瑞希は笑顔を浮かべて俺達を見た。
「さて、飲み直しだ。まだまだ夜は長いぞ?」
俊哉が笑顔で、仕切り直した。
俺達の宴会は、その後、夜遅くまで続き、最終的には、みんな酔い潰れて、その場で寝入ってしまっていた。
ふと、俺は、目を覚ました。
物音を立てて、誰かを起こさないように、静かにベランダへ出た。
頬に当たる夜風が、心地良かった。
「東京か…。人がいっぱいいて、高いビルがいっぱいある以外は、俺の生まれた街と何も変わらないな…。この夜も…、夜を照らす月も…、この夜風も…。時間の流れでさえも…」
俺は、夜空を見上げた。
雲の端から、蒼白い月が顔を出す。
「俺も、俺の存在意義を果たせたら…。いつかは、きっと…、あの夜空に行けるんだろうな…。その時は、麻紀は微笑って俺を迎えてくれるかな…?なぁ?どうかな、麻紀?」
俺は、首から外したネックレスを月の光にかざした。
蒼白い月の光で、シルバーのチェーンと形見の指輪は、妖しく光った。
夜空の月に、麻紀の顔が浮かぶ。
「なぁ?麻紀?聞こえるか?俺、頑張るから…。病気も治して頑張るから…。だから、見ててくれよ?麻紀には、一番良い場所で俺達の思い聴かせるから。だから、ずっと、俺の傍にいてくれよ?」
そう一人、静かに呟きながら、俺は形見の指輪にキスをした。
そして、ネックレスを静かに首に戻した。
するとその時、俺の後ろでゆっくりと、掃き出し窓が開く音がした。
「カラカラ…」
「静流?」
俺が振り向くと、そこには瑞希がいた。
「ごめん…。起こしちゃったな…」
俺はそう言いながら、頭を掻いた。
「ううん。あたしも、目が覚めちゃったから」
「そっか」
「何してたの?カゼひくよ?」
瑞希は、俺に微笑んで話しかけた。
「うん、ちょっとね…。夜風に当たりたかったんだ。天気も良いしね」
「そっかぁ。夜風、気持ち良いもんね?」
「あぁ」
俺と瑞希は、二人で暫く夜空を眺めていた。
月夜の静寂が二人を包む。
「ねぇ、静流?」
瑞希が、突然、静寂を破るように言った。
「うん?」
「静流は麻紀ちゃんの事、ホントに好きなんだね…」
瑞希は、切なそうな声でそう言った。
「うん…。結果が結果なだけに、余計かな…?フラれたとかなら、諦めもつくけどさ…。現実って、残酷だよね…。「何で俺だけ?」って思った事が、今までに何度あった事か…」
そう言いながら、俺は、月を見つめた。
「辛かったね…。苦しかったね…。でもね、静流?あたし達は、あなたの味方だから、何かあったら遠慮しないで何でも言って欲しいの…。静流の病気だって、すぐに良くなるような物じゃないじゃない?あたし達を頼って良いんだからね?だから、一人で抱えて苦しまないで…。今の静流は、一人で苦しんでるように見えるから…」
「だから、静流?麻紀ちゃんの為にも、早く病気治して、もっと笑顔にならなきゃね」
瑞希は、微笑んで俺を見た。
「その為に、あたしは静流達のお手伝いをする…。それが、あたしの存在意義。…どうかな?」
瑞希は、照れ笑いを浮かべた。
「十分だと思うよ。ありがとう、瑞希」
俺は、笑顔で瑞希を見た。
「じゃあ、あたし、中に戻るから。あんまり、夜風に当たりすぎると、カゼひくから、程々にね」
そう言うと、瑞希は、また静かに部屋へ戻った。
「俺の…、存在意義か…。歌い続けた後の事なんて、分かんねぇや…。もしかしたら、俺は、歌う以外には何も無いかもしれないし…。先の事なんか、今は考えられねぇよ…。俺は、麻紀の為、姉ちゃんや巧兄の為…、そして、俊哉達との夢の為に歌うだけだ…。結果は後から付いて来るだろ…?今の俺には、それだけで良い…」
俺は、夜空の月を見上げながら、一人でずっと考えていた。
きっと麻紀は、命を賭けて俺に存在意義を教えてくれたのかもしれない…。
それに気付かない俺に、俊哉は、そっと気付きを与えてくれたのかもしれない…。
一人、心の中で、そう考えていた。
蒼白い月は、夜の静寂の世界に、一人佇む俺を、ただ静かに、ひっそりと蒼く、明るく照らしていた。
東京での、初めての夜の事だった。




