Chapter 43
俺達は、駅の改札を抜けて、電車に乗る為に切符を買う。
「なぁ?俊哉?何で、俺が来る事分かったんだ?」
俺は、誰にも言ってないはずなのに、俊哉達が、俺の到着時間に合わせて、駅に来ていた事が不思議だった。
「あぁ…。遥が電話して来たんだよ。お前を頼むってな」
俊哉が笑った。
「また、姉ちゃんか…。俺が、そんなに信用出来ないのか…?」
俺は、愚痴をこぼした。
「きっと、心配なんだろう。お前、まだ身体が本調子じゃないんだろ?そりゃ、誰だって心配もするさ」
俊哉が、俺の肩を優しく叩いた。
「そっか…。俊哉達は、今、どこに住んでるんだ?」
「渋谷」
「へぇ…。人多そうだな…。ここも人混みだけど…」
俺は、人混みが苦手だった。
「まぁ、そう言うな。活動拠点になるライブハウスも見つけてあるし、俺達、この一年で、少しずつ活動の幅、広げたんだぜ?」
俊哉が、得意げな表情で俺を見る。
「やっぱり、みんな、すげぇな…。それに比べ…、俺は…」
俺は、俊哉達のひた向きさに感心した。
それと同時に、俺は、過去ばかりに捕らわれてしまい、足を止めて、歩く事をやめてしまっていた。
立ち直る為だけに費やした俺の半年と、俊哉達のひた向きな一年とを比べて、俺は、自分が情けなくて、恥ずかしくて、申し訳ないと思った。
「そう思いつめるな。この一年、どんな事があったのか知らないが、俺達が過ごした時間も、お前が過ごした時間も同じくらい大切なんだ。無駄な時間だったとか思うのはやめろ…」
まるで、俺の心を読んだかのように、俊哉は優しく語りかけ、軽く俺の背中を叩いた。
「あぁ。ありがとう」
俺は俊哉に、心の底から感謝した。
俺の事情を察したように、俺の事について、あえて何も言わない、聞かないでいてくれた事に。
「それより、腹減ったな…。もう昼過ぎだ。静流も来た事だし、渋谷へ着いたら、みんなで飯でも食いに行くか?」
俊哉が、全員に向かって言った。
「賛成っ!!」
俺達五人は、電車に乗り、渋谷を目指す事に。
電車は、駅のホームへ、ゆっくりと滑り込む。
俺達は颯爽と、その電車に乗り込んだ。
夢や希望に満ち溢れた、俺達五人を乗せ、電車はゆっくりと渋谷へ向けて出発する。
そして、電車は渋谷へ到着―。
改札を抜け、駅を出る。
「どこに食いに行くんだ?」
俺は、俊哉達に問いかけた。
「良い所があるんだ。そこへ連れて行ってやるよ」
俊哉が微笑む。
俺達は、通りを道なりに、暫く歩いた。
「さぁ。着いたぞ」
俺の目に飛び込んで来たのは、お洒落で小さなカフェだった。
「Cafe de Lumier」
俺の目に、お洒落なカフェの名前が飛び込んで来た。
「瑞希ー?」
薫が、ウッドデッキに上がり、女性の名前を呼んだ。
店の中から、若い女性が出て来た。
「あっ、薫。それに、みんなも。いらっしゃい」
元気良く明るい笑顔で、俺達を迎えてくれた。
瑞希が、俺に気付いた。
「薫?あの人、誰?ちょっと、カッコイイんだけど…」
瑞希のトーンが上がる。
薫は、少しムッとした表情を浮かべた。
俊哉が、瑞希に俺を紹介した。
「瑞希?コイツが、前に俺達が言ってた静流だ。仲良くしてやってくれ」
「はじめまして。霞静流です。よろしくね」
俺は、瑞希に微笑んだ。
瑞希は、頬を赤くして言った。
「橘瑞希です。あたしの事、瑞希って呼んでね」
「分かった。瑞希。俺の事は、静流で良いから」
「うん。分かった。みんな、今日は、何にする?」
俊哉が、俺に言った。
「静流。ここのランチは、かなり美味いぞ?」
「じゃあ、俺は、ランチにするよ」
俺が、そう決めると他の四人も合わせて言った。
「じゃあ、俺達も」
瑞希が微笑む。
「ランチ5つね。みんなは食後はコーヒーとして、静流は、コーヒーと紅茶どっちにする?」
「俺もコーヒーで」
俺も、瑞希に微笑み返す。
「うん。分かった。じゃあ、みんな。ちょっと待っててね」
「あぁ」
オーダーを取り、店の中へ瑞希は入って行った。
薫は、瑞希が店の中へ消えたのを確認して言った。
「静流、モテモテじゃん…。クソーっ。瑞希の浮気者め…」
薫の悔しそうな愚痴に、俺達は苦笑いを浮かべた。
「ははは…。言うのは、タダだからな」
俺が、薫に言った。
「確かに、静流はカッコイイさ。認めるよ。優しいし…。でも、俺がいるのにそんな事言わなくても良いじゃんか…」
薫の愚痴は止まらない。
「静流、ほっとけ。コイツは、いつもこんなだから…」
俊哉が苦笑いをしながら、俺に聞き流すように言った。
「ははは。面白いじゃん。でも、薫がヤキモチ焼く気持ち、俺にはよく分かるよ」
俺達は、そんな下らない話で盛り上がっていた。
そこへ瑞希と、もう一人の若い女性が、俺達がオーダーしたランチを持って来た。
「お待たせ。最後の一つ、すぐ持って来るから、ちょっと待っててね」
そう言うと、瑞希は早足で店内のカウンターへ行き、最後のランチを持って、また俺達の所へ。
「はい。どうぞ。ごゆっくり」
「ありがとう」
俺達は、声を揃えて、
「いただきます」
と、一斉に箸を付けた。
「おっ?美味いじゃん」
俺の箸が進む。
「な?美味いだろ?」
四人が、笑う。
俺達は、安くて美味いランチを堪能した。
食事が済み、それぞれがタバコに火をつけた。
「やっぱり、食後の一服は最高だな」
竜也の顔が緩んだ。
「ホントにそうだな」
俺も、食後の一服を満喫していた。
そこへ、瑞希がやって来た。
「みんな、いつもありがとう。もう、下げても大丈夫?」
瑞希は、微笑んで俺達を見て言った。
「あぁ。頼むよ」
「じゃあ、お皿下げて、コーヒー持って来るね?」
そう言って、瑞希はニコニコしながら、空の食器に手を伸ばした。
俺は、そんな瑞希の笑顔を見ていると、麻紀の笑顔を思い出して、切なくなった。
瑞希は手際良く、食器を重ねて厨房の中へと入って行く。
暫くして、瑞希が五人分のコーヒーカップと、砂糖とミルクをトレーに乗せて、俺達の所へ持って来た。
瑞希は、そのコーヒーカップを、俺達の前に、丁寧に置いた。
「ありがとう」
俺は、瑞希に微笑ってお礼を言った。
すると、何も事情を知らない瑞希が、突然、俺に問いかけた。
「静流?静流って、笑ってても、どこか淋しそうだよね?何かあったの?それに、彼女さんは…?」
瑞希の問いかけに、俺は、うつむいた。
そんな俺を見て、俊哉が慌てて、瑞希の口を塞ごうとした。
「瑞希…、ちょっと…」
俊哉の気遣いはありがたかった。
だが、俺は、それをあえて制止した。
「良いんだ…。俊哉。遅かれ早かれ、言わなきゃいけないんだから…。俺が東京に一人で来た理由…」
「静流…」
そんな俺の事を、俊哉は悲しそうな目で見ていた。
俺は、俺の事を知らない、薫や瑞希の為に、俺の両親は、本当の親ではない事、その両親が亡くなった事…。
そして、麻紀との出会いから、麻紀の事故死の事。
麻紀の死が病気の引き金になった事。
病気が原因で歌えなくなっていた事。
病気を克服しようと努力して、やっと歌えるまでになった事。
包み隠さず全て話した。
五人はうつむいて、言葉を失ったように黙っていた。
暫く続いた沈黙を破るように、瑞希は、涙を流して俺に謝った。
「ごめんね…。そんな事知らなくて…。悲しい事、いっぱい聞いちゃったね…。ホントにごめんなさい…」
「いや、気にしなくて良いよ…。大丈夫。後から根掘り葉掘り聞かれるより、ずっと良いから…。だから、もう泣かないで?俺は、もう、女の子の涙は見たくないから…」
俺は、瑞希に優しく語りかけた。
「やっぱり…。静流は優しいんだね…。こんな、あたしにも、優しくしてくれて…。あたしがもし、麻紀ちゃんの立場だったらって…。そう考えただけでも、すごく切なくて、苦しくて、悲しいよ…」
瑞希は、指で涙を拭った。
「静流…。そんな辛い事があったのか…。お前…、よく立ち直れたな…。普通の人間なら、こんなに早く吹っ切れる訳ないのに…。ホントに、よく頑張ったな…」
俊哉は、静かに俺の努力を労った。
「俺さ…。約束したんだよ。夢に出て来た麻紀と、病気の俺を励ましてくれた、姉ちゃんと巧兄に。俺の精一杯の歌声を、たくさん聴かせるって…。だから、もう立ち止まる訳にはいかないんだ…」
俺は、じっと前を見据えて、ゆっくりと話した。
自分自身に言い聞かせるように。
「それに、今は調子良いけど…。また病気が悪くなって、発作が出て…、また歌えなくなるかもしれない…。その時がいつなのかは分からないし、俺に残された時間も少ないのかもしれない…。だから、俺は、今、精一杯出来る事をやろうって…」
俺は、もう逃げない。
立ち止まらない。
過去も振り返らない。
また、いつか、麻紀に会う日まで…。
俺は、今は、ただ前を見て、出来る事を精一杯やって、麻紀の分まで、見て、聞いて、歌って、生きて…。
いつか、麻紀に胸を張って会えるように…。
麻紀の笑顔を曇らせないように…。
俺は、覚悟を決めていた。
「そうか…。お前は昔からそうだったな…。根性があるって言うか…。良し。そういう事なら、俺達も、お前に負ける訳にはいかないぞ?しっかり気合い入れて、天国の麻紀ちゃんを、一緒に喜ばせてやろうぜ?」
俊哉が、微笑んで俺の背中を叩く。
「あぁ。やろう。俺達なら、絶対出来るさっ!!」
竜也と充も、声を合わせた。
「静流?俺は…、麻紀ちゃんに会ってないから、よく知らないけどさ…。だけど、俺も、とことん付き合うよ?麻紀ちゃんの為に、俺達と一緒に、空の向こうまで、俺達の音楽を届けてやろうぜっ!!」
薫も微笑んで、俺に賛同してくれた。
「みんな…。ありがとう。ホントに恩に着るよ」
瑞希は、そんな俺達を見て、涙の微笑みを浮かべていた。
「これで、また、新しくなったB-Raveの活動目的が増えた訳だな。今度は、天国か…。良いじゃねぇか。俺達が、どこまで通用するか…。俺達の思いが、どこまで伝わるか…。俺達五人でやってやろうぜっ!!」
俊哉が、暗い空気を吹き飛ばすように発破を掛けた。
「おぉっ!!」
俺以外の三人は、俊哉の発破に呼応した。
「あぁ。望む所だ…」
俺は、静かに右手の握り拳を左手の平に打ち付けた。
自分自身に気合いを入れる為に。
(麻紀…。見てなよ?俺達は音楽で、麻紀に会いに行くから…)
俺は、形見の指輪を握り締め、唇を噛み締めた。
「瑞希、ごめん…。俺の長話で、せっかく淹れてもらったコーヒー、冷めちゃったな…」
話に夢中だった俺は、我に返り、瑞希に苦笑いしながら謝った。
「良いのよ。コーヒーなんて、また淹れ直せば良いんだから。淹れ直そうか?」
瑞希は、微笑んで俺達に言った。
「別に良いよ。そんな、もったいない事…。俺は、ブラックしか飲まないから、冷めてても平気だしね」
俺は、瑞希に微笑んだ。
「あぁ。静流の言う通りだな。俺だって、ブラックしか飲まないから、アイスかホットの違いなだけで、飲めない訳じゃない。だから、気にしなくて良いぞ?」
俊哉も微笑う。
「そうそう」
竜也と薫も微笑んで、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に含んだ。
「…苦っ!!」
突然、充が大声を上げる。
どうやら充は、 ブラックが随分と苦手ならしく、飲んだ瞬間、えも言えぬ渋い表情を浮かべた。
「ははは。お子様だな、充は。ブラックも飲めないのかよ?」
俊哉が、充をからかう。
「違うっ。久しぶりに飲んだからで、別に飲めない訳じゃないんだからなっ」
充は、強がりを言ったが、味覚は正直だった。
「…苦っ!!」
「はははは。やっぱりガキだな」
俊哉が楽しそうに、充をからかった。
「フンッ。俊哉なんか無視無視」
充が、拗ねた顔をしてそっぽを向いた。
「プッ…、くっ…、あはっ。あはははは」
そんな充がおかしくて、みんな思わず吹き出してしまった。
「あははは…。みんな、ありがとね」
突然、瑞希が言った。
「良いって良いって」
俺達は、笑顔で声を揃えた。
「ランチだけのつもりが、長居しちまったな…。もう16時だぞ?静流、俺達の寝ぐらに来い。どうせ、来たばっかりで住むトコも無いだろ?」
俊哉が、ケータイを見ながら言った。
「えっ?良いのか?俺も、行っても…?」
俺は、申し訳なさそうに俊哉を見た。
「あぁ。構わん。それにコイツらも、お前がいた方が嬉しいだろうからな」
腕組みをしていた俊哉は、親指で、横にいる竜也達を指差しながら微笑んだ。
「そうだぞ?一緒に来いよ?俺達、三人で金出し合って住んでんだ。それに、部屋だって一つ余ってるしな。気にすんな」
竜也が、笑って俺に言った。
「静流、一緒に住もうぜ?今日は、宴会だぁ!!」
充がはしゃぐ。
「みんな…。ありがとう」
俺は、三人に深々と頭を下げた。
「良いから。早く来いよっ!!」
俊哉が微笑みながら、俺を引っ張って行く。
「あ、コラッ!!痛てててて…。ちょっ…、俊哉、引っ張んなっ!!服伸びるだろ…」
「じゃあ、瑞希。ご馳走様」
薫と充が、瑞希に挨拶をした。
「うん。こっちこそ、ありがとね。また来てね」
瑞希が、俺達を微笑んで見送ってくれる。
「おいおいおい…。押すなよ、竜也っ!!痛てててて…」
「ほら。グズグズすんなよ、静流っ!!」
俺と竜也の声が、通りに響く。
「フフフ…。ホントにみんな仲良しね」
瑞希が笑う。
「そりゃあ、もう。俺達の自慢の仲間達だからね」
充と薫が得意げになった。
「じゃあ、またね」
そう言いながら、瑞希に手を振って、充と薫も俺達の後を追った。
夕日に照らされた、五人の姿は、仲良く人混みの中へ消えて行った。




