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Chapter 41


その日を境に、俺の病状は少しずつ良くなって行った。



でも、完全に病気が克服出来た訳ではなかった。



ふとした拍子に、発作的に精神が不安定になり、呼吸困難になったりする事があった。



医師の診断では、



「とりあえずは、日常生活には問題無い範囲までは、回復して来ている」



と言われたが、同時に、



「余り、心に負担を掛けるような無理は、絶対にしない事」



と言う注意も受けた。



その上で、薬はまだまだ、手放せそうにない。



自力で、病院に通える程になった頃、俺は、麻紀との約束を果たす為、久しぶりにギターを手に取った。



俺は、ギターを奏でながら、声を出そうとした瞬間、がく然とした。



精神的ショックで(ふさぎ)込んでからというもの、歌が全く歌えなくなってしまっていたのだ。



「俺は…、もう、歌えないのか?歌う事さえ許されないのか…?もう一つの麻紀との約束すら、果たせないのか…?」



その時、俺は初めて自分の運命を呪った。



今までに無いくらい、激しく自分自身を呪い、そして、精神的に追い込んだ。



その瞬間。



また、死ぬ程の苦しみを味わう、あの発作が起きた。



まるで、鼻と口を塞がれたように、上手く呼吸が出来ない。



俺の肺は、息を吸うばかりで、一向に、息を吐き出そうともしない。



(く…苦しい…。呼吸が…)



「ヒィ…。ハァ…、ハァ…。ウッ…」



(俺、このまま死ぬのか…?あぁ…、ごめんな…。麻紀…。また約束守れなくて…)



俺は、自分の胸を押さえながら、悶え苦しみ、狂いながら、心の中で死ぬ覚悟を決めた。



その時、突然、部屋のドアが開いた。



もがき苦しむ俺を見つけた姉が、慌てて駆け寄って来た。



「ちょ…、ちょっと、静流?聞こえる?大丈夫?ちゃんと呼吸して?」



優しく背中を撫でながら、姉は、俺の気分を落ち着かせてくれた。



「そうよ。ゆっくりで良いから…。そうそう…。もう、大丈夫よ。もぅ…。無理したらダメだって、先生言ってたのに…」



姉は、心配そうな顔で俺を見つめる。



「ハァハァ…。うん…。ごめん…。もう大丈夫…」



姉のおかげで、大事には至らず、俺の発作は、暫くして落ち着いた。



「なんで?なんで、急に、そんな事をしようとしたの?」



姉が、心配そうに問いかけた。



「麻紀や、巧さんと約束したから…」



俺は、姉に今までの出来事を全て話した。



「そうだったんだ…。でもね、静流?いきなり、歌おうと思わなくて良いの。最初は、普通の会話から、段々と慣らして行けば良いんだから…。ね?」



姉が微笑んで、優しく俺を抱き締める。



「…うん」



「ご飯出来たから、ちょっとだけでも良いから、食べよ?」



「…うん」



「で、ご飯食べたら、ちゃんと薬飲まなきゃね?」



「…うん」



完全に歌えるように回復するまでには、それから、かなりの時間を要した。



俺は、毎日少しずつ、話せるように、歌えるように努力をした。



もう一度、麻紀の笑顔が見たい。



もう一度、麻紀の声が聞きたい。



姉や、巧さんの気持ちに応えたい。



俊哉達と、もう一度、俺がいつか夢見たあの場所に、みんなと一緒に立ちたい。



その一心で、血の滲むような努力をした。



時には、悔しさの涙で、夢や希望が滲む事もあった。



だけど、俺は、明日を信じて、未来を信じて、必死に手を伸ばした。



先へ進む為に…。



俺を思ってくれる、俺を待っていてくれる、大切な人達の為に…。



あの日、ライブの後にみんなで撮った写真の中の麻紀は、変わる事のない笑顔で俺を見ていた。



そして月日は、明るい未来へ向かって、少しずつ前へ向いて進んで行く。



いつもと違う、俺の全てが凍り付く程に辛かった、冬の日々が過ぎて行った。



麻紀がいなくなってから、俺の心の中で、どうしようもない程に凍り付いていた、俺の止まった時を、優しく解かすかのように、夢や希望に充ち溢れた、穏やかで暖かな春が、少しずつだが、確実に訪れて来た。



少しずつ春を感じさせる、風の匂いと温もりを、俺は肌で感じ取っていた。



そして、俊哉達が東京へ旅立った、一年後。



季節は、既に桜が満開で、風で桜吹雪が舞い散る頃の事。



俺は、俊哉達の後を追う為、東京へ行く事を決めた。



すっかり伸びてしまった長い栗色の髪を、ポニーテールで結び、黒いサングラスを掛け、黒のロングコートを羽織り、あの時のような、ライブスタイルに身を包んだ。



肩には、ギターケースを掛け、いっぱいに詰め込んだスーツケースには、あの日、みんなで撮った写真も入っていた。



俺の胸元には、麻紀の形見の唐草模様の指輪が光っている。



俺は、姉と巧さんの見送りで、駅の新幹線のホームにいた。



「身体、気を付けてね。まだ治ってないんだから…。無理しないでね?」



姉が、不安と淋しさが入り交じった表情で微笑んだ。



「頑張って来い。お前なら出来る。何かあったら、絶対に連絡しろよ?」



巧さんは、笑顔でエールを送ってくれた。



「うん。二人共、ありがとう。俺、みんなの為に頑張るから…。いつになるか分からないけど、絶対にやってみせるから…。だから、ちゃんと見てて」



俺は、笑顔で二人に挨拶をした。



「なぁ?巧さん?」



「なんだ?静流?」



俺は、少し恥ずかしがりながらも、思い切って言った。



「…巧兄って呼んでも良いかな?」



巧兄は、少し照れながら嬉しそうに微笑んだ。



「あぁ。もちろん。お前は、俺の大切な、可愛い弟だ。弟の頼みや、言う事を聞くのは、兄貴として当然だからな」



嬉しそうに巧兄が微笑う。



「へへっ。ありがとう。じゃあ、姉ちゃん、巧兄。俺、行って来るよ」



そう言って、俺は、両手いっぱいの荷物を持って、新幹線に飛び乗った。



あの日、追い掛けた夢を、もう一度、追い掛けて…。



姉と巧兄を残して、新幹線は、ゆっくりとホームを離れた。



俺は、麻紀の形見を握り締め、窓の外を流れる景色を見つめた。



「もうすぐ、行くからな…。みんな…」



新幹線が行ってしまったホームで、二人は暫く、新幹線が走り去った方向を見つめていた。



「行っちゃったね…」



「あぁ。行ってしまったな…。淋しいか…?遥?」



「うん…。ちょっとね。でも、今は嬉しさの方が大きいけどね。フフッ」



「あぁ。俺達の知らない内に、アイツ、大人の男になったな」



「えぇ。頼りなかったあの子が、あんなに立派に見えちゃうなんてね…」



二人の間を、春の穏やかな風が吹き抜ける。



「そうだ。巧?ちょっと電話して良いかな?」



「あぁ。構わないぞ」



「ありがとう」



そう言って、遥は、バッグからケータイを取り出し、どこかへ電話を掛けた。



「もしもし?俊哉?」



相手は、あの俊哉だった。



「あぁ。遥か…。久しぶりだな。どうしたんだ?急に?」



俊哉が、珍しそうな声で聞いた。



「あのね、ウチの静流が、今、そっちへ行ったから、よろしくね。後、静流、色々あって、病気まだ治ってないから…。あまり無理しないように注意してやってね」



遥は、どうも静流の事が心配らしい。



「あぁ。分かった。色々あった事については、深くは聞かないから安心してくれ。静流の口から聞いた方が、俺達にとっても良いからな」



「うん…。ありがとう。静流の事、よろしくね」



「あぁ。任せろ」



そう言って、俊哉は電話を切った。



「…ふぅ」



遥は、溜め息をついた。



「ははは…。ホントに遥は、心配性の過保護だな…」



巧は、苦笑いを浮かべた。



「だって…」



遥が口を尖らせる。



「ははは。俺だって、遥と同じ気持ちさ。アイツの事が心配じゃない訳じゃない。ただ、アイツも男だ。アイツなりの考えがある。俺は、アイツの自主性を尊重してやりたいんだ」



巧は、新幹線が走り去った方向を見ながら、目を細めた。



駅裏の城の庭から、風に吹かれた桜の花びらが、ホームにヒラヒラと舞い込んだ。



二人の頭上には、春の穏やかな晴天が広がっていた。



桜吹雪が舞い散る中、山の木々や、街路樹が、これから青々とする準備を始めていた。




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