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Chapter 40


麻紀がいなくなって、早、一ヶ月が経った。



秋はもう、すぐそこまで来ていた。



あれから俺は、心に大きな喪失感が生まれ、何をしても、生きた心地がしなかった。



俺は次第に、部屋に閉じ籠もる事が多くなってしまい、外の世界と関わる事を、恐れるようになってしまった。



食事をすれば、身体が受け入れず、吐き出す事が多々あり、眠ろうとすれば、あの日の悪夢が頭の中を駆け巡り、うなされて飛び起きるといった事が、ほぼ毎日続いた。



俺は、ある日、無理矢理姉に連れられ、とある病院に行った。



医師の診断によれば、



「麻紀の事故死のショックによる、精神疾患である可能性が高い」



という事だった。



カウンセリングと、薬による治療が並行して行われる事になった。



一週間に一度、病院に行く以外は、一日中、部屋に閉じ籠もった。



「静流?病院行くよ?」



姉が、部屋のドアを開けた。



俺は虚ろな眼差しで、ただ窓の外を見つめていた。



「静流…」



そんな俺を、見ている姉も辛かっただろう。



それでも、姉は、俺の回復を信じて、祈るような思いで、病院まで連れて行く。



こんな生活が、長く続いていた。



そんなある日。



「静流…?入るぞ?」



優しそうな男の人の声が、部屋のドアの向こう側から聞こえた。



俺は、ただベッドの上で、壁に寄り掛かって座り、虚ろな表情で、窓の外の空を見ていた。



「静流…」



声の主は、巧さんだった。



巧さんは、俺の横に座り、静かに語りかけた。



「静流?俺だって、お前の気持ちは、痛い程分かるぞ…?辛かったよな…?悔しいよな…?相手を許さねぇって気になるよな…?俺だって、遥に何かあったらって思うと怖い…。きっと、お前みたいになってしまうかも知れない…」



俺は無言のまま、窓の外の流れる雲を見つめた。



「だけどな?それだけじゃ、何も生まれない…。前にも進めない…。それに…、今のお前を、麻紀ちゃんが見たら…、悲しんで泣いてしまうぞ…?だからな…、静流。焦らなくて良い。頑張らなくて良い。お前のペースで良いから、少しずつ、また日の光…浴びてみないか?別に今日じゃなくても、明日でも、明後日でも、来年だって良い。だから、麻紀ちゃんが、お前を見渡せるように…、お前の顔を見れるように…。お前が少しでも、外に顔を出さないとな…。ほら。そこのベランダでも良いから。麻紀ちゃんは、きっと、お前を見つけてくれるから…」



巧さんの言葉に、俺の目から、無意識の内に涙がこぼれた。



「…うん」



「良し」



そう言って、巧さんは、俺の頭を微笑んで優しく撫でた。



「静流?気晴らしにギターでも弾いてやろうか?」



巧さんはそう言うと、部屋の隅に立て掛けてある、俺のギターを取った。



そして、その場にあぐらをかいて座り、ギターを弾き始めた。



部屋の中には、ギターの切ないメロディーが流れる。



俺は黙って、そのギターの音色に耳を傾けた。



元気だった頃の麻紀が、頭の中に甦る。



「静流。元気出して?」



麻紀の声が、耳に響く。



俺は、涙が止まらなかった。



どんな形でも良かった。



麻紀が、生きていてくれさえすれば…。



俺が、麻紀の手足になるつもりでいた。



だけど、現実はとても残酷だった。



俺は、



「涙は枯れる事を知らない」



という事を、初めて知った。



俺は、一人の女性に出会って変わった。



それまでは、何があっても、一滴の涙すら流さなかった俺が、たった一人の愛する人の為に、嫌と言う程泣いた。



俺自身が、それを信じられなかった。



ギターを弾き終えた巧さんは、部屋を出る直前に言った。



「静流?今度は、麻紀ちゃんの為だけに歌ってみないか?麻紀ちゃんに、一つでも多く、お前の歌声を届けてやるんだ。きっと、麻紀ちゃんも喜ぶし、お前の生きる意味にもなるはずだ。だから、ゆっくりで良いから、また、お前の歌、天国の麻紀ちゃんや、ここにいる俺達に聴かせてくれ…」



巧さんは、優しく微笑んだ。



そして、ドアを開けながら言った。



「音楽は良いぞ。絶対に裏切らないからな。お前が大切に思えば思う程、お前の大切な人達に、その気持ちは、絶対に伝わるからな…」



そう言い残して、巧さんは部屋を出た。



俺は、一人で考えていた。



開け放たれた窓の外からは、近所の公園ではしゃぐ、子供達の声が聞こえた。



窓の外を、薄紫の雲が流れて行った。



その夜。



俺は、薬の影響も多少あるが、久しぶりに睡魔に襲われた。



夢うつつに見た光景。



それは、とても信じられなかった。



「静流…?どうしたの?」



懐かしいような、心が安らぐような、そんな優しい声が、どこからともなく聞こえて来る。



ふと気が付いて、ゆっくりと頭を上げると、俺の目の前には、元気だった頃の麻紀がいた。



「麻紀…。良かった。生きてたんだ…」



俺は、嬉しくて微笑んで麻紀を見つめた。



「やっと、微笑ってくれたね。あたし、静流の笑顔、大好きだよ?だから、悲しまないで…。静流は、ずっと笑っててね?」



麻紀は、微笑んで俺を見た。



「あぁ。もちろん。麻紀の為なら何でもするよ。それよりも、どうしたの?こんな夜中に?」



俺の心の中は、思わぬ麻紀との再会で、驚きと安堵、喜びが交錯していた。



「だって…。静流が悲しそうなんだもん…。こんな静流見るの、あたしは初めてだから…。心配したんだよ?」



麻紀は、心配そうな顔で俺を覗き込んだ。



「そっか…。悪かったよ、心配掛けて…。ごめんな…」



俺は、麻紀に申し訳なく思い、苦笑いを浮かべた。



「もう。静流は、あたしに謝ってばっかり…。何も悪い事してないでしょ?」



麻紀は、優しい表情で俺を叱った。



「そっか…。俺は、俺なりに、麻紀を守ってやれなかった事が辛くて…。だから、悪い事したなって…」



「だったら、謝るのは、あたしだよ?静流をいっぱい泣かせちゃった…。あたしの大好きな静流の笑顔、曇らせちゃったね…。ごめんね…」



麻紀は、涙を流して俺に謝った。



「ううん。そんな事ないよ。麻紀がいるのが分かったから、俺は、安心したよ」



「良かった。いつもの静流に戻ってくれた…」



麻紀は、涙を指で払い、優しく微笑んだ後、少し淋しそうな表情を浮かべ、俺に、こう問いかけた。



「ねぇ?静流は、いつ、あたしの為に歌ってくれるの?それとも、歌う事、もう辞めちゃったの…?」



「まさか。ちょっと疲れて休んでただけだよ」



俺は、淋しそうな麻紀に、優しく微笑みかけた。



「良かった。じゃあ、また静流の歌、聴けるんだ?楽しみ」



麻紀は、あの頃のままの、無邪気な満面の笑みを浮かべた。



俺は、麻紀のこの笑顔に、どれだけ救われ、元気付けられただろう。



「あぁ。任せてくれ。いっぱい、麻紀に聴かせてあげるから」



「ありがとう。約束だからね?楽しみにしてるからね?じゃあ、あたし…、もう、行かなきゃ…。今は、もう会えないけど…。淋しいけど…。でも、静流が思ってくれたら、いつでも会えるから…。あたしは、静流の心の中にいるから…」



「あぁ…。分かったよ。約束だ。俺、頑張るよ。麻紀の分まで、精一杯生きて、歌うから…。だから、麻紀?またね…?」



「うん。またね…。あたし、静流の心の中で、静流の歌、ずっと楽しみにしてるから…」



「あぁ…」



二人の会話が終わった途端、急に、辺りが眩しい光に包まれた。



俺と麻紀は、その光の中に飲み込まれて行った。



ふと気がつくと、俺は、真っ暗な自分の部屋のベッドの上で、壁に寄り掛かって座っていた。



外は、ゆっくりと夜明けが近付いていた。



窓のカーテン越しに、ゆっくりと明るくなって行くのが分かった。



「今日は、きっと良い天気だな…」



今までの俺が嘘のように、気分は晴れ渡り、外の世界にも、また、少しずつ興味が湧いて来た。



俺は、また麻紀に助けられたようだ…。




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