Chapter 37
医師の説明を受け、俺達は麻紀の病室へ向かった。
入口のドアには、面会謝絶の札が付けられていた。
俺と麻紀の両親は、病室に、そっと入って行く。
麻紀は、人工呼吸器を付けられ、額には包帯が巻かれ、頬には、ガーゼが貼られていた。
俺は、静かに麻紀の傍に近付いた。
頭をそっと撫でて、意識の無い麻紀に話しかけた。
「ごめんな…。麻紀…。痛かっただろ…?守ってやれなくて…、ホントにごめん…」
痛々しい麻紀を見ていると、また、涙が溢れ出してしまった。
麻紀の両親は、ずっとうつむいたまま黙っていた。
「お父さん、お母さん?」
俺は、絞り出すような声で、麻紀の両親に問いかけた。
「どうした?静流君?」
「今日、ここにいても良いですか…?麻紀の傍にいても良いですか…?」
「あぁ。そうしてやってくれないか?その方が、麻紀も喜ぶだろう…」
麻紀の父親は、俺の願いを聞き入れてくれた。
「じゃあ、今日は、私達は帰るから…。静流君は、麻紀の傍にいてやってくれ…。明日の朝、必要な物をまた、届けに来るから。だから、その時まで、一緒にいてやってくれ…」
麻紀の父親は、涙を堪えながら言った。
「じゃあ、静流君?麻紀の事頼むわね」
麻紀の両親は、俺を気遣って、俺に、麻紀の事を託してくれた。
「…はい。ありがとうございます」
そして、麻紀の両親は、静かに、病室から出て行った。
俺は、麻紀の手を取り、ずっと握り締めていた。
意識の無い麻紀から、麻紀の温もりを感じた。
「麻紀…。頑張ろうな。そうだ…。麻紀に報告があるんだ…。今日、ウチに、会社の内定通知来たんだ…。麻紀に一番に教えたかったんだぞ…?だから…、約束してた水族館行けるから…。だから、元気になったら、一緒に行こうな…」
俺は震える涙声で、意識の無い麻紀に、精一杯微笑んで、ただ語りかけるだけだった。
「ホントに?おめでとう。良かったね。静流なら、きっと大丈夫だと思ってたよ。あっ。約束の水族館、ちゃんと連れて行ってね?」
そんな声が、今にも聞こえて来そうな気がした。
俺は、涙で滲む麻紀を、ずっと見ていた。
翌日。
ふと、気が付くと、麻紀の母親が病室に来ていた。
どうやら、俺は、いつの間にか、寝てしまっていたらしい。
「おはよう。静流君。ご苦労様」
麻紀の母親が、微笑んだ。
「あ…。おはようございます。ごめんなさい。いつの間にか寝ちゃって…」
「良いのよ。あなたも疲れたでしょ?麻紀の為にごめんね…。朝ご飯、パンしか持って来てないけど、食べれたら食べてね」
麻紀の母親の気遣いが、俺には、とてもありがたかった。
「ありがとうございます」
「家には、連絡しなくて大丈夫?」
麻紀の母親の一言で、俺は、我に返った。
俺は慌てて、ケータイをジーンズの後ろのポケットから取り出して見た。
待ち受け画面に表示された、
「着信あり 20件」
のメッセージ。
着信履歴を表示させると、履歴は、姉からの着信でいっぱいになっていた。
「ちょっと、電話して来ます」
そう言って、俺は、病院の外に出て、姉に電話を掛けた。
「もしもし?静流?何かあったの…?電話しても全然出ないし…」
姉が、心配そうな声で言った。
「姉ちゃん…。俺、どうしよう…?麻紀が…、麻紀が…」
俺は、つい取り乱してしまった。
「麻紀ちゃんがどうしたの?落ち着いてゆっくり話しなさい?」
俺は、姉に昨日の出来事を伝えた。
「…えっ?静流?今、どこにいるの?」
姉は、俺の話から、ただならぬ事態だという事を察した。
「中央病院…」
「すぐに行くから、そこで待ってなさい」
そう言って、姉は電話を切った。
俺は、ケータイを握り締め、ただ呆然と、夏の朝の青空を見上げるばかりだった。
電話から、30分程で姉が病院に着いた。
病院入口の前で、姉と合流し、麻紀の病室へ向かった。
「コンコン…」
「失礼します…」
姉の目には、痛々しい姿の麻紀が飛び込んで来た。
姉は、言葉を失ったように、手を口に当てながら、
「麻紀ちゃん…」
と、だけ呟いた。
その時、病室のドアが開き、麻紀の両親が病室に入って来た。
姉は、麻紀の両親に気付き、挨拶をした。
「はじめまして。あたし、静流の姉の、霞遥と申します。いつも、弟がお世話になって…」
麻紀の両親が微笑んで、姉に言った。
「これは、ご丁寧に。ありがとうございます。いつも、麻紀が良くしてもらってるみたいで…」
「いえ、そんな…。とんでもないです…。それより、麻紀ちゃんがこんな目に合っちゃって…」
姉の目から、涙がこぼれ落ちた。
「ありがとう。お気遣いだけで嬉しいですよ。麻紀の為に、わざわざ来てもらって…。みんなに、こんなに心配してもらって…。麻紀は、幸せ者だな…」
麻紀の父親は、姉に優しく話かけた。
「あの…。これ少ないですけど、お見舞いです。意識が戻ったら、麻紀ちゃんに何か買ってあげてください…」
そう言って、姉はのし袋を、麻紀の父親に渡した。
「いえいえ、そんなに気を遣わないで。私達は、お気遣いだけで嬉しいんだから…」
麻紀の父親は、のし袋を受け取ろうとはしなかった。
「良いんです。ホントに気持ちだけですから…。麻紀ちゃん、すごく良い子で…。あたしの妹みたいで可愛くて…。だから…、麻紀ちゃんに何かあげてください」
姉の熱意に負けたのか、麻紀の父親は言った。
「そこまで言われるのなら…。ありがたく、頂きます。それにしても、あなたといい、静流君といい、ご両親がいないのに…。立派なご姉弟だ…」
麻紀の父親が微笑んで、俺達、姉弟を見る。
「いえ…。立派だなんて、とんでもないです」
姉は、謙遜して言った。
「いやいや。今時、いないですよ。なかなかね…」
麻紀の父親は続けた。
「じゃあ、私は、今日は、どうしても外せない仕事があるので、これで。静流君、遥さん、麻紀をお願いしますね」
そう言って、麻紀の父親は、母親にのし袋を渡して病室から出て行った。
「ホントに、麻紀の為にありがとう。あなた達を見てると、ホントに私達、親って何だろう?って思わされます…」
麻紀の母親が、遠い目で麻紀を見つめた。
「あの子ね…。家では、静流君の話ばかりしてくれるの。その時の麻紀は、ホントに嬉しそうだから…」
麻紀の母親の目から、涙がこぼれる。
「主人と二人、ホントにあなた達には感謝してるわ。ホントにありがとう…。麻紀を…、麻紀を、大事にしてくれてありがとう…」
そう言うと、麻紀の母親は泣き崩れてしまった。
俺達は、母親の様子を見ているのが辛くて、涙が止まらなかった。




