Chapter 33
三人が渋谷駅へ着く頃、薫は、一人、改札口の柱にもたれ掛かるように立ち、右手をジャケットのポケットに突っ込み、左手でケータイを触っていた。
「おっ?来た来た」
薫が、ふと顔を見上げると、ロングの金髪にサングラスを掛けた、黒いロングコートを着た俊哉が、改札の向こう側に見えた。
「待たせたな」
俊哉は、そう言いながら、薫に近付く。
薫は、目はパッチリして色白で、髪は黒く少し長めで、身体の線は細く、背はやや低めだった。
薫本人に話かけたり、人から聞かない限りは、どう見ても女性にしか見えなかった。
ただ、服装はモノクロで、「いかにも」と言った雰囲気を纏っている。
「いや。大丈夫。俺だって、10分前に着いたから」
薫が、微笑む。
「そうだ。仲間を紹介するよ。こっちが竜也で、こっちが充だ」
俊哉が、二人を薫に紹介する。
「はじめまして。小野瀬竜也です。よろしくな」
「同じく、朝霧充です。よろしくね、薫」
二人は、薫に微笑みながら握手を求める。
「こちらこそ。俺は、天城薫です。よろしくね」
そう言うと薫は、竜也、充とそれぞれに微笑みかけて、握手を交わした。
「さぁ、自己紹介は終わりだ。薫は、飯食ったのか?」
俊哉が、そう切り出し、薫に問いかける。
「いや、まだだけど」
「だったら、少し腹ごしらえしないか?とりあえず、飯でも食いながら、行き先をみんなで決めよう」
俊哉が意見を出すと、三人は、
「賛成」
と、返事をした。
「俺、良いとこ知ってるから案内するよ」
薫が、連れて行ってくれるようだ。
「あぁ。じゃあ、道案内を頼む」
薫に導かれ、三人は、足並みを揃えて歩き出した。
暫く歩いていると、急に薫が立ち止まった。
そこは、外見はどこにでもありそうな、通りに面した小さなカフェだった。
「ここのランチが安くて美味いんだよ。後、食後のコーヒーも美味くてさ…」
薫が、無邪気な顔をして微笑む。
「へぇ…」
三人は、カフェと通りの境目に掲げられた、その日の「お勧めメニュー」が書かれた黒板に目をやった。
「お勧めメニュー」は、カラフルなチョークで手書きをされていて、黒板の上には、店名が書かれたプレートが貼り付けられていた。
「cafe de Lumier」
「へぇ。小洒落た名前じゃねぇか…」
三人は、地元には無い、小さいけれど、お洒落な名前のカフェに心を奪われた。
四人は、カフェのウッドデッキに上がった。
デッキから、店全体を見回した。
そのカフェは、通りに面した所にウッドデッキがあり、デッキの上には、少し小さなテーブルが5席程、無造作に置かれていた。
通り側の、デッキの両端には、二本の柱が立っていて、その柱の上には、建物へ向かって、梁のような物が渡されていた。
おそらく、雨が降った時は、その梁の上に、テントのような物が被せられるのだろう。
今日は、晴れているので、雨避けは外され、頭上には青空が広がっていた。
デッキ奥側には店が立ち、掃き出し窓は開け放たれていて、自由に店の中とデッキが行き来出来るようになっていた。
店の中は、暖色系の照明で照らされていて、フロア自体はそんなに広くなく、誰もいないカウンター席と、カウンター上にレジが置いてあるだけだった。
そのカウンター越しに、アンティーク風な食器棚が置かれているのと、厨房が見える。
昼のピークを過ぎたせいか、デッキには、客は俊哉達四人と、他に一組のカップルがいるだけだった。
通りが見渡せる席へ、男四人組が座る。
「色気の無いテーブルだな」
竜也が苦笑いを浮かべる。
「まぁまぁ。ここに座ってれば、目の前の通りを、女の子がいっぱい通るからさ」
薫が笑う。
「そうだ。薫、俺達から土産だ」
俊哉は、思い出したように、スーツケースから、さっき買ったクッキーを取り出し、薫に手渡した。
「気を遣わなくて良いのに…。でも、ありがとう。みんな」
薫は喜んで、土産を受け取った。
そこへ、注文を取りに、若い女性がやって来た。
彼女は、ハニーブラウンの長い髪をポニーテールで結び、白いブラウスに黒いスラックス姿で、足首まである、長くて黒いエプロンを腰に巻いていた。
「ご注文をお伺いします…」
四人が、彼女の方を向いた瞬間。
「あれ?薫じゃない」
彼女は、薫を見た。
「あっ。瑞希。今日は、バイトだったんだ?」
「うん」
三人は、二人を見た。
「なんだ?知り合いか?」
薫が、彼女を三人に紹介する。
「えっと、ここの看板娘とでも言えば良いのかな?瑞希って言うんだ」
「へぇ。可愛い子じゃないか」
俊哉達三人は、口を揃えた。
「ここのカフェは、俺達のバンド仲間が、よく集まる所なんだ。で、入り浸ってたら、いつの間にか仲良くなってさ…」
「へぇ。そうだったんだ」
薫が、続けた。
「瑞希。この三人は、俺が昔住んでた所の人達で、バンド活動をこっちでやるって、地元から出て来たんだ。俺の正面にいるのが、俺の従兄弟の俊哉兄。で、その右隣が竜也。俺の隣が充だよ。これから、ちょくちょく来ると思うから、仲良くしてやってね」
そう言いながら、薫は、瑞希に微笑んだ。
「そうなんだ。あたしは、橘瑞希って言います。みんな、瑞希って呼んでね。よろしくね」
瑞希は、微笑んで三人を見た。
「俺、小野瀬竜也。竜也で良いからね。よろしく」
「俺、朝霧充だよ。俺の事も、充って呼んでね」
二人は、瑞希を微笑んで見た。
そして、最後。
「今、薫が言った通り。俺は、薫の従兄弟で、桜井俊哉って言うんだ。薫の母親と、俺の親父が兄妹でね。もちろん、他の三人と同じく、俺の事も俊哉で良いから。薫は、「俊哉兄」って言ってるけどな」
俊哉は笑いながら、自己紹介をした。
「俊哉さんは、お兄ちゃんみたいだから、あたしも薫と同じように「俊哉兄」って呼ぶね」
「あぁ。分かった」
「みんな、よろしくね」
「よろしく」
一通り挨拶が終わった所で、瑞希が思い出したように言った。
「あっ。脱線しちゃって、オーダー聞くの忘れてたね。みんな、何にする?」
「みんなランチで良い?」
薫が、三人に問いかける。
「薫のオススメなんだろ?なら、それで良いよ」
竜也が、薫を見る。
「俺もそれで」
「俺もっ!!」
俊哉と充が口々に言った。
「じゃあ、オーダー繰り返すね?ランチ4つでOK?」
「OK!!」
四人の声が揃う。
「食後のドリンクは、コーヒーと紅茶どっちが良い?」
瑞希が、続けてオーダーを取る。
「ホットコーヒーで」
四人の息がピッタリ合った。
「あはは。今、ハモっちゃったね。分かった。ランチ4つとホット4つ…と。すぐに持って来るからね。ゆっくりして行ってね」
「ありがとう」
そう言って瑞希は、左脇にトレーを挟み、店の中へ入って行った。
「さて…と。食ったらとりあえず、どうする?ここら辺のライブハウスにでも行ってみるか?」
俊哉が、タバコに火をつけながら三人に問いかける。
「そうだな。行ってみよう」
竜也が賛成する。
「みんな行くなら、俺も行く」
充も、それに従う。
「薫?悪いけど、この辺りのライブハウスに案内してくれないか?」
俊哉が、薫に頼む。
「良し。任してくれ」
薫が、胸を張る。
ランチが出来上がるまで、暫く四人は雑談をして時間を潰した。
店の中から、瑞希がトレーに乗せられた、ランチを両手に持って出て来た。
「お待たせ。ごめんね。遅くなっちゃって…。とりあえず、ランチ2つ持って来たよ」
そう言いながら、テーブルの上にランチを静かに置いた。
「後2つすぐに持って来るからね。もうちょっと待っててね」
そう微笑んで、瑞希はまた忙しそうに店の中へ戻って行った。
テーブルに置かれた、出来たてのランチを、四人が覗き込む。
ランチのメニューは、ハンバーグとアスパラの炒め物、ポテトサラダ、コンソメのスープにライスの組み合わせだった。
「美味そう…」
その時…。
「グーッ…」
四人の腹が一斉に鳴った。
四人は、顔を見合わせて笑った。
「あっははは。なんで、俺達、腹の虫までハモってんだ?」
そこへ、残りの2つを持って、瑞希が出て来た。
「お待たせ。残りの2つだよ。ごゆっくり」
「ありがとう。瑞希」
薫が、瑞希に微笑んでお礼を言った。
「うん」
瑞希は微笑んで、そのまま店の中へ入って行った。
「いただきます」
四人は、一斉に箸をつけた。
「おっ。美味いな」
竜也が、目を丸くした。
「でしょ?安くて美味い。このカフェは、俺達貧乏人の味方だよ」
薫は、笑いながら言った。
「あぁ。何より、このカフェの雰囲気が良い。こんなカフェ、地元には絶対無いぞ?」
どうやら俊哉は、このカフェを気に入ったようだ。
「ハンバーグ美味めぇ」
「充は、そればっかりだな」
俊哉は、苦笑いしながら充を見た。
「あははは」
竜也と薫が笑う。
四人は、カフェのランチに舌鼓を打ちながら、楽しい昼食の一時を満喫していた。




