Chapter 2
翌日―。
初めて見る若い男が、バイト先の事務所へやって来た。
彼は眼鏡を掛けていて、一見、真面目そうな学生に見える。
「おはようございます」
俺と竜也は、その男を見て挨拶をした。
「あ、おはようございます。松岡です。よろしく」
その男は、微笑みながら俺達に言った。
「松岡君は、普段は何してる人?」
竜也は、松岡の素性を聞き始めた。
「大学生です」
松岡は、竜也の問い掛けに礼儀正しく淡々と答える。
竜也の質問は、更に続く。
「と言うと、20歳か21歳くらいかな?」
「はい、20です」
「そっかぁ。静流と一緒か…。ちなみに、俺が小野瀬で、こっちが霞。後、俺達は、歳が離れてないから、敬語は使わなくて良いからさ」
竜也が微笑みながら、松岡に自己紹介を始める。
「それと、俺達を呼ぶ時は竜也と静流で良いから」
俺は竜也に続いて、松岡に微笑みながら言った。
そして更に、竜也がもう一言。
「松岡君って言いにくいし堅苦しいよな?松ちゃんでどうだ?」
「それで良いよ」
松岡は、笑顔で竜也に答えた。
「よろしくな。松ちゃん」
竜也は、嬉しそうに松岡に握手を求める。
それに答えるように、松岡も、
「あぁ。よろしくね」
と、差し出された竜也の右手を握り返した。
「よしっ。仕事仕事~。」
そう言いながら竜也は、急に張り切り、いつもはやりたがらない開店前の準備に真っ先に取り掛かった。
そんな竜也を見た俺は、
「そんなにやる気も無いくせに、何言ってんだ?竜也?」
と、呆れた表情を浮かべ、それまで座っていた椅子から重い腰を上げて、ゆっくりと立ち上がった。
「失礼なヤツだな…。俺はいつでもやる気に満ち溢れてるよ」
竜也はそう言って、俺を横目で見ながら金庫から、布製の袋に詰められた両替金を引っ張り出した。
「はっ、どうだかね」
そう言いながら、俺は竜也が金庫から引っ張り出した袋詰めの両替金を、片っ端から台車に乗せて行った。
「お前、信用してねぇな?」
「当たり前だろ?大体、竜也は、口を開けば「ダルい」とか「めんどくせぇ」しか言わねぇんだから…」
俺は、竜也に一瞥をくれながら皮肉を言った。
「うるせぇなぁ…。良いじゃねぇか…」
竜也の文句を聞き流すように、両替金を乗せた台車を松岡の所まで運ぶ。
そんな俺達二人を、呆気に取られたように、苦笑いを浮かべながら松岡は見ていた。
「じゃあ、アイツはとりあえず無視して…。松ちゃん?この金を両替機に突っ込んで来て?」
「分かった」
俺は、松岡に仕事を頼み、すぐに掃除の準備を始めた。
そして一日の業務を終えて…。
仕事が終わる頃には、すっかり意気投合した俺達は、服を着替えようと仲良く更衣室へ向かった。
「松ちゃんは、どこに住んでんの?」
竜也が、松岡に問い掛ける。
「駅裏の近くだよ」
「へぇ。俺と一緒じゃん。ご近所だな。なぁ、静流?」
それまで松岡と話をしていた竜也は、急に俺に話題を振って来た。
「えっ?何?」
「これから、松ちゃんの家に行かないか?」
竜也は、微笑みながら俺を誘った。
「別に、予定無いから行っても良いよ。松ちゃんが大丈夫ならね」
「俺は全然良いよ。一人暮らしだしさ」
松岡は、嫌な顔もせず、微笑みながら答えた。
「じゃあ、決まりだな」
嬉しそうな竜也を先頭に、着替え終わった俺達は揃って事務所を後にする。
「お疲れ様でした」
事務所から出て、社員用の出入口に向かう途中で、俺は急にある事を思い出した。
「あっ。俺、ATMで金下ろして来る。悪いけど二人共、先に行っててくれないか?」
「分かった。待ち合わせは、駅裏の国道の近くにあるコンビニにしよう。分かるか?静流?」
「それくらい知ってるって。じゃあ、そこへ行くよ」
俺と竜也達は、2階のエスカレーター前で一旦、別れた。
俺はそのまま1階までエスカレーターに乗り、ATMのコーナーへ向かった。
金を下ろして、待ち合わせ場所へ急ぐ為、俺は、人の波を掻き分けるように、社員用の出入口を目指して走った。
建物の外へ出て、広い駐車場の一番端の方へ止めた、自分の車の元へ向かった。
車に飛び乗り、タバコをふかしながらアクセルを踏み込む。
『ブゥゥーーン』
国道の交差点に差し掛かった所で、信号待ちの渋滞に嵌まってしまった。
「くそーっ…。こうなったら…。良しっ」
俺は急遽、狭い住宅街の細い裏道へルートを変えて、渋滞を避けながら目的地を目指した。
待ち合わせ場所に着いた時には、既に二人が駐車場で待っていて、楽しそうに話をしていた。
「お待たせ」
「静流、遅せぇよ」
竜也は、ゆっくりと立ち上がり、口を尖らせながら俺を見た。
「しょうがねぇじゃん。渋滞してたんだから」
俺は、文句を言う竜也にしかめっ面で反論した。
「まぁまぁ、早く行こう」
松岡が俺達をなだめるように、苦笑いを浮かべながら間に割って入った。
松岡に促され、俺と竜也は気を取り直し、松岡に付いて行く。
「松ちゃんの家、ここから近いのか?」
歩きながら竜也は、松岡にアパートまでの距離を尋ねた。
「うん。歩いて、5分くらいかな」
「へぇ。コンビニ近くて良いなぁ」
俺達は、そんな事を話しながら松岡の住んでいるアパートを目指して歩いた。
そして、暫くして松岡が口を開いた。
「あの水色の壁のアパートだよ」
松岡が指差した先には、どこにでもある2階建てのアパートが見えた。
「ホントにコンビニ近いんだな…」
俺達は、羨ましそうな表情で松岡を見た。
三人揃って2階の真ん中の松岡の部屋へ入る。
「へぇ。結構片付いてるなぁ」
中を覗いた俺と竜也は声を揃えた。
「まぁ、入りなよ」
「あぁ。ありがとう」
俺達は、松岡に部屋の中へ通された。
俺は、1Kのアパートの奥の部屋の隅に置かれたテレビの上に、茶色い紙切れが1枚飾られているのを見つけた。
「おっ。二千円札じゃん!!」
その当時、二千円札は、まだ出始めたばかりで珍しい時だった。
「なんだ?静流、二千円札見た事ないのか?」
「あぁ。初めて見た。しかも、新札じゃん」
俺は、珍しさからつい興奮してしまった。
「ガキだな、静流」
竜也が俺を横目で見ながら皮肉を言う。
「ほっとけ」
俺は、しかめっ面をして竜也を見た。
ちょうどその時、松岡のケータイの着信音が部屋中に鳴り響いた。
「もしもし?うんうん。えっ?マジ?どうしよう。参ったね…。うんうん…」
俺と竜也は、松岡の様子を見ながら、
「トラブルか?」
と顔を見合わせた。
「じゃあ、また後で連絡するよ」
松岡はそう言って、一旦、電話を切った。
「どうしたんだ?」
俺と竜也は、深刻そうな電話の内容が少し気になって、松岡に問い掛けた。
「…実はさ、大学のサークルの交流会みたいなのがあってさ。メンバーが、ちょっと足りなくて…」
松岡は、少し追い詰められたような表情で静かに答えた。
「何人?」
「えぇっと…。確か、二人って言ってたと思う」
松岡の答えに、竜也の目が急に光った。
「その飲み会には、女は来るのか?」
「10人くらいは来るはずだけど…」
竜也が、徐々に食らい付いて行く。
「マジか?それは、いつだ?」
「来週の土曜だけど…」
「来週の土曜か…」
竜也の魂胆は見え見えだ。
「俺達で良ければ、人数の穴埋めするぞ?」
竜也は嬉しそうに、松岡に人数の埋め合わせの提案をした。
(…はい?)
竜也の言葉を聞き、俺は自分の耳を疑った。
「それは助かる。じゃあ、そう連絡しとくよ」
「な、なんで俺まで?」
俺は、慌てて竜也に問い詰める。
「どうせ暇だろ?たまには、飲み会も良いぞ」
「どうせ暇って失礼な…。でも、まぁ、たまには、そんなのも良いか…」
竜也の決め付けに、まともに返す理由も無く、俺も、暇潰しがてらに行く事に決めた。
「じゃあ、来週の土曜だな。場所は?」
竜也の声が、心無しか弾んでいる。
「駅前の居酒屋」
問題がすぐに解決した松岡の表情も、どこか晴れやかだった。
「分かった。来週の土曜に、駅前の居酒屋な」
竜也が、しつこい程に松岡に確認を取る。
「あぁ。頼んだぞ」
「分かった。任せろ」
竜也は、人助けをしたように得意気に胸を張っていたが、俺には竜也の下心が見え見えだった。
そして、話の区切りがついた事を確認して、俺が切り出す。
「じゃあ、そろそろ俺達は帰りますか?腹も減ったし…」
俺は、竜也の目を見て合図を出した。
「…そうだな。じゃあ、松ちゃん、また」
「あぁ。またな」
俺と竜也は、松岡に見送られ部屋を後にした。
コンビニまで徒歩での帰り道、心無しか、竜也の顔が少し緩んでいた。
「竜也、何にやけてんだ?気持ち悪い…」
竜也の下心に漬け込むように、俺は皮肉を込めて言った。
「べ、別に、にやけてねぇって…」
俺の皮肉に、竜也は焦ったように答える。
「あっははは。何焦ってんだよ?やましい事でも考えてたんだろ?」
「別に、焦ってねぇし、やましくもねぇよ。じゃあ、また明日な」
竜也はそう言いながら、逃げるように自分の車へ急ぐ。
「あはは。あぁ、また明日な。お疲れ」
「お疲れ」
そう言って、俺もゆっくりと自分の車に乗り、竜也と別れた。




