Chapter 28
夏も終わりに近付いた、盆休み最後の日、8月15日。
その日は、俺の住んでいる街の、夏祭りの最終日でもあった。
俺の住んでいる街には、街をちょうど東西に真っ二つに分けるように流れている、大きな川がある。
その川で、毎年、街の夏祭りの最後を飾るように、花火が打ち上げられる。
この花火が終わると、夏が終わった気がして、少し淋しい気持ちになった。
「麻紀、今日は、俺の住んでる街の川で花火があるよ?」
「ホントに?見に行きたい」
「分かった。じゃあ、迎えに行くから」
「うん。待ってるね」
俺は、昼の3時過ぎに麻紀の家まで、麻紀を迎えに行った。
玄関のチャイムを鳴らす。
「はぁい」
中から、優しそうな女性の声がした。
「ガチャッ」
扉が開く。
「あら、静流君。いらっしゃい」
ドアの向こうには、麻紀の母親が立っていた。
「こんにちは」
「ごめんね。麻紀、今準備してるからちょっと待っててね」
「はい」
「さぁ。暑いから、中へどうぞ」
「お邪魔します」
俺は、麻紀の家のリビングで麻紀を待つ事にした。
「ジュースでも飲む?」
麻紀の母親が、俺に尋ねる。
「あぁ、はい。いただきます」
ちょうどそこへ、麻紀の父親がやって来た。
「おぉっ。静流君じゃないか。よく来たなぁ。いらっしゃい」
「あぁ、どうも。こんにちは」
「今日は、静流君の家の近くで花火だって?」
「そうなんです。毎年、この日にやるんです」
「そうか。しっかり楽しんで来なさい」
「はい。ありがとうございます」
「でも、まぁ、麻紀の準備は、後、一時間はかかるだろうから、ゆっくりして行きなさい。あっはっは」
冗談混じりに、麻紀の父親は言った。
「そんなにかかりませんっ!!」
少し濃い青色の生地に、薄い赤や黄色の花柄があしらわれた、黄色い帯を巻いた浴衣姿の麻紀が、リビングの入り口に立っていた。
麻紀の後ろ髪は、頭の後ろで束ねられ、アップにして髪止めで止められていて、浴衣の襟の部分からは、うなじが露出していた。
少しムッとした表情で、腕組みをして麻紀は父親に言った。
「もぅ。変な事言わないでよ」
麻紀はそう言いながら、父親を横目で見る。
「おぉ…。怖いなぁ…。静流君、気を付けろよ?」
麻紀の父親は、小声でそう言いながら、そそくさとリビングから出て行った。
「お父さんっ!!」
麻紀が、逃げる父親を一喝する。
「あははは」
俺は、ただ苦笑いをするしかなかった。
「もぅ。あんな事しか言わないんだから…」
麻紀が、うんざりした表情を浮かべて愚痴をこぼす。
「面白いお父さんじゃん。俺は、麻紀のお父さん、好きだな」
俺は笑いながら、そう答えた。
俺は、麻紀の浴衣姿を、改めてまじまじと見た。
普段と違う髪型、色っぽい、少し大人びたような印象の麻紀に思わず「ドキッ」とした。
「どうかな?…変?」
麻紀が、俺に尋ねる。
「麻紀って、浴衣がこんなに似合うんだ…」
俺は、いつもと違う麻紀に、つい見とれてしまった。
「どうしたの?ボーっとして?」
「いやいや、麻紀があんまりにも可愛いくて綺麗だから、つい見とれちゃって…」
「惚れ直した?」
麻紀が笑いながら言った。
「いやいや、惚れ直す所の騒ぎじゃないよ」
俺は、照れ笑いを浮かべて、麻紀に言った。
「あはは」
「じゃあ、麻紀。そろそろ行こうか?」
「うん。行こ」
俺達は仲良く、麻紀の家を後にする。
その様子を見ながら、麻紀の両親が見送ってくれた。
「気を付けてね」
「はぁい」
「いっぱい楽しんで来いよ?」
「ありがとうございます。じゃあ、また」
そう言って、俺は車を走らせた。
花火が上がるまでには、まだ時間があった為、俺のマンションで時間を潰す事にした。
「こんにちは」
「あら。麻紀ちゃん。いらっしゃい。浴衣、可愛いじゃない」
「エヘヘ。ありがとうございます」
嬉しそうに喜ぶ麻紀。
「姉ちゃん、今日、花火行くのか?」
「うん。行くわよ。夕方には、巧が迎えに来るから」
「そっか。なぁ?花火って、7時頃からだったよな?」
「確か、そのはずよ?」
「じゃあ、まだ時間あるなぁ…」
「ここでゆっくりして、巧が来たら、みんなで一緒に行けば良いじゃない」
「そうだな」
俺は、とりあえず自分の部屋へ戻った。
「静流は、浴衣、着ないの?」
麻紀が、聞く。
「着るには着るんだけど、姉ちゃんが、どこへ片付けたのか、分からなくてさ…」
「ごめん、静流。浴衣なんだけど、昨日クリーニングから持って帰って来てから、ずっとあたしが持ったままだったわ…」
姉は、俺達の会話が聞こえたのか、慌てて浴衣を持って俺の部屋へ来た。
「あっ。あった。なんだ、姉ちゃんが持ってたのか」
俺は、慌てる素振りもなく、他人事のように言った。
「さて…と。じゃあ、俺も、そろそろ着替えますかね」
「じゃあ、あたし、遥さんの部屋に行って来るね」
「あぁ。分かった」
そう言うと、俺は浴衣に着替え始めた。
俺は、クリーニングから帰って来たばかりの、薄灰色の生地に、細い白と黒のストライプの入った浴衣に腕を通し、黒い帯を巻いた。
「お待たせ」
俺は、そう言いながら、姉の部屋の入り口に立った。
「静流、浴衣似合うじゃない」
麻紀が、目を輝かせて言った。
「ありがとう」
俺は、麻紀に誉められたのが嬉しくなった。
姉も、浴衣に着替え終わっていた。
「遥さんの浴衣、可愛い」
麻紀が言った。
姉の浴衣は、赤と白のグラデーションで、所々に赤と白の花びらの柄があしらわれていて、淡いピンク色の帯が巻かれていた。
「可愛いでしょ?色が綺麗だったから、つい買っちゃった」
姉が嬉しそうに言った。
「ピンポーン」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「姉ちゃん、巧さん来たよ?」
「静流、帯を調節するから、ちょっと出て?」
「あぁ。分かった」
俺は、そう言うと、玄関へ向かった。
「ガチャッ」
玄関のドアを開けると、そこには、黒地に白と灰色のストライプが入った、紺色の帯を巻いた浴衣姿の巧さんが立っていた。
「よぉ。静流。今日も暑いなぁ」
「いらっしゃい。暑いねぇ。もうすぐ準備出来るから、入って」
「あぁ。分かった」
そう言って、俺と巧さんは、姉の部屋へ向かった。
「おっ!?麻紀ちゃん。久しぶり」
「あっ。巧さん。お久しぶりです」
「おい、静流?」
「何?巧さん」
「浴衣姿の美人が二人もいるぞ!?参ったな、これは」
嬉しそうな声で巧さんが言った。
「は…はは…」
俺は、苦笑いをした。
「巧さん?鼻の下伸びてるよ?」
俺は、さり気なく突っ込んだ。
「おっと…」
巧さんは、慌てて、手で口の周りを塞ぐ。
「まぁ、この状況で喜ぶなって言うのが無理か…」
俺は、苦笑いしながら言った。
「お待たせ。じゃあ、行こっか?」
準備を終えた姉が言った。
四人揃って玄関を出る。
「カラン、コロン…」
四人の下駄が、乾いた、歯切れの良い音色を奏でる。
「バスで行くんだろ?」
巧さんが、尋ねる。
「えぇ。そうよ。もうすぐ来るはずだから」
姉が、答えた。
俺達は、マンションから歩いて2、3分の所にある、バス停に向かう。
バス停には既に、浴衣姿の人達が並んでバスを待っていた。
「バスは、多分、またいっぱいなんだろうな…」
ため息混じりに、俺が呟く。
俺達がバス停に着いてから、5分程でバスが、バス停に到着した。
「やっぱり混雑してるなぁ…」
そう言いながら、俺は麻紀の手を、巧さんは姉の手を引いてバスに乗り込む。
「足元気を付けなよ?」
俺と巧さんが、同じタイミングで、麻紀と姉を気遣った。
その様子がおかしくて、ついみんなで笑ってしまった。
「あははは」
俺達を乗せたバスは、川へ向かって走り出す。
10分程で、川の土手の数百m手前のバス停に到着した。
「降りるぞ」
巧さんの合図で、一斉に乗降口に向かった。
バスを降りて、川を渡る橋に向かって歩く。
警察が、川の両土手の道と川を渡る橋から駅前大通りまでの道の、交通規制をしていた為、会場付近は、歩行者天国のような状態になっていた。
土手に上がり、土手の上の道路を歩く。
土手の道路と、土手下の河川敷には、数多くの出店が立ち並び、浴衣姿のカップルや、家族連れ、友達同士等の人々で溢れかえっていた。
「また、今年も何万だか、何十万だか知らないけど、いっぱい人が来てるみたいだな?」
俺は、河川敷を見下ろして言った。
「とりあえず、下に下りて場所取りしないとな」
巧さんが、そう言いながら、土手の階段を駆け下りた。
その後を追うように、俺達もゆっくりと階段を下りる。
暫く歩いて、やっと、四人が座れそうな空きスペースを見つけた。
「麻紀と姉ちゃんは、ここにいて。俺と巧さんは飲み物とか買って来るから」
「うん。分かった」
「何が良い?」
「あたし、オレンジジュース」
麻紀が答えた。
「じゃあ、あたしも」
姉も、麻紀と同じ物を頼む。
「俺は、別として…。巧さんは多分、ビールだな…」
そう言うと、麻紀と姉を残して、俺は飲み物を探しに出た。
飲み物の屋台の前は、思った程混雑はしていなくて、少し並ぶだけで順番が来た。
「いらっしゃい」
若い男の人が、微笑みながら迎えてくれる。
「オレンジジュース2つと、ビール2つ下さい」
「はい。じゃあ、これね。ありがとう」
袋に飲み物を詰めてもらい、それと引き換えにお金を渡す。
帰り際に駄目元で、店の人に聞いてみた。
「あの、いらない箱ありませんか?あれば、少し分けてもらいたいんです」
すると、店の人は言った。
「こんなので良ければあるけど?」
店の人が、店の裏側から取り出して来たそれは、中身を全部取り出された後の、綺麗に折り畳まれたジュースや酒の箱だった。
「十分です。それを、いくらか分けてもらえますか?」
「あぁ。良いよ。はい、どうぞ」
そう言いながら、嫌な顔一つせず、俺に折り畳まれた空箱を数枚、渡してくれる。
「ありがとう」
そう言って、俺は店を後にした。
麻紀と、姉がいる場所に戻る。
「また、ナンパされてるよ…」
俺は、変な二人組の若い男達にナンパをされている、麻紀と姉を見ながら呟いた。
すると、一人の男性が現れて、その男達に言った。
「俺の連れに何か用か?話なら、俺がいくらでも聞くぞ?」
その男性は、穏やかな表情でその二人組に語りかけていたが、その男性が放つオーラは、決して穏やかな物ではなかった。
「出た…。巧さんだよ…。アホだな、アイツら…。まぁ、巧さんが暴れたら面倒だしな…」
「何だ?テメーは?」
その二人組の内の、金髪の男が、巧さんに喧嘩を売った。
「こ…、このガキッ…!!」
「ヤバい。巧さん、キレた」
俺は、急いで、三人の元へ駆け寄った。
「はいはい、巧さん。そこまで。アンタら、何?何か、用事でもあんの?」
俺は、巧さんを制止しつつ、その男達に言った。
「あぁ?何だぁ?コイツは?」
その金髪の男は、俺にまで、喧嘩腰で言った。
「ここには、他にもいっぱい女の子いるからさ。他へ行きな?」
俺は、そんな事は気にせず、その男達に淡々とした口調で言った。
「お、おい…、ちょっと待て。コイツ確か…」
二人組の内の、鼻にピアスをした無精髭を生やした男が、金髪の男に言った。
「間違いない…。あの有名なバンドのヴォーカルだ…。しかも、喧嘩も結構強いとかなんとか…」
髭の男が続けて言った。
「試してみるかい?」
俺が、その男達に挑発をする。
「うっ…」
「喧嘩が強いとか、冗談じゃない。向こう、行こうぜ…」
その男達は、そう言いながら、そそくさと、その場を立ち去って行った。
「ったく。油断も隙もねぇな…。もう少しで、暴れる所だったぞ」
巧さんがぼやいた。
「やっぱり?巧さん、キレてたもんなぁ…。急いで良かった…。あっ。そうだ。ホラ。地面に敷く為の空箱、もらって来たから」
俺は、さっきもらって来た箱を広げて地面に並べ、四人分の席を作った。
「さぁ、みんな座って乾杯しよう。もうすぐ、花火も上がるしね」
俺は、三人に微笑みかけて言った。
「あぁ。そうだな。ホラッ。遥も麻紀ちゃんも座れよ」
巧さんが、二人に促す。
「ありがとう」
そう言いながら、二人は、地面に敷かれた空箱の上に座った。
「はい。二人のジュース」
俺は、袋からジュースを取り出し、二人に手渡した。
「ありがとう。静流」
麻紀が微笑む。
「はい。巧さんは、どうせビールでしょ?」
「あぁ。花火見るなら、当然ビールだろ?」
笑いながら、巧さんはビールを手に取る。
「言うと思った」
姉が、笑って巧さんを見る。
「おぉ。そうだ。ホラッ。焼き鳥買って来たからな。飲みながら、食おう」
巧さんは、上機嫌な様子で言った。
「あはは」
「じゃあ、とりあえず、カンパーイッ!!」
俺達は、巧さんの合図で、乾杯をした。
「ぷはっ。美味い…」
巧さんは、しみじみと言った。
汗をかいたように、結露しているビールの缶は、その冷たさを物語っていた。
「静流、ありがとね」
麻紀が、俺の肩に寄り掛かって言った。
「えっ?何が?」
俺は、何の事かさっぱり理解出来なかった。
「さっきの変な人達、追い払ってくれて…」
「あぁ。あれか。別に大した事じゃないよ」
俺は、笑いながら言った。
「あの人達、すごく変な事言ってたし…。ちょっと怖かったの…」
「そうだったのか…。ごめんな。嫌な思いさせちゃって…」
「ううん。大丈夫。すぐに巧さん来てくれたし、静流も来てくれたから」
麻紀が、ホッとした表情を浮かべた。
「麻紀ちゃん?この二人、結構、頼りになるでしょ?でも、静流は、普段はだらしないけどね」
姉が、麻紀に微笑みかけた。
「姉ちゃん、最後は余計だよ」
俺は、しかめっ面で姉に言った。
「あはは」
そんな、他愛もない話をしていると、薄暗くなった夕闇の空に、大きな音と、眩しい位の閃光と共に、色とりどりの花が咲き乱れた。
「おっ?上がった上がった。いきなりデカいなぁ」
巧さんが、空を見上げた。
「綺麗ね…」
麻紀と姉は、夕闇の空に咲き乱れた、鮮やかな大輪の花に魅了され、うっとりしていた。
「静流、ちょっと、何か食い物買って来るぞ?」
暫くして、巧さんが耳元で囁く。
「えっ?だったら、俺が行くよ?」
「いや、お前はここにいろ。俺は、遥と行って来るから。麻紀ちゃんの傍にいてやれ」
巧さんは、微笑みながらそう言うと、姉と席を立ち、出店に並ぶ人混みの中へ消えて行った。
「あれ?巧さんと遥さんは?」
麻紀が、俺に聞いた。
「あぁ。何か食い物買って来るって。仲良く二人で出掛けたよ」
「そっか。ねぇ?静流?ここの花火も綺麗だね」
「そうだね。でも、俺は、小さい頃から何回も見てるからなぁ…。あんまり、そうは思わなくなっちゃった」
俺は、苦笑いを浮かべた。
「ねぇ?静流…」
麻紀はそう言うと、俺の手を握り締めて来た。
「うん?何?」
「ううん…。何でもない」
麻紀は、何か言いたそうな顔をしていた。
「なぁ、麻紀?」
「なぁに?静流?」
「麻紀、俺さ、いつまでかかるか分からないけど、いつかきっと、音楽で食えるようになるから…。だから、その時まで、ずっと付いて来て欲しい。そして、俺の夢が叶ったら…、その時は…、俺と…」
「俺と…?」
麻紀は、不思議そうな顔で俺を見つめていた。
「俺と…」
その時、爆音と共に夜空に黄色い、大きな花が咲いた。
花火の音に紛れて俺は、俺の素直な気持ちを、麻紀にぶつけた。
「俺と結婚してくださいっ!!」
俺は、精一杯の言葉で、麻紀にありったけの気持ちを伝えた。
麻紀は目を丸くしていた。
そして、次の瞬間、麻紀は、今までに無いくらいの笑顔で言った。
「ありがとう…。嬉しい…。静流が、そんなに思ってくれてたなんて…。この前、お父さんに言ってた事、本気だったんだね?」
「もちろん、本気だよ。それは、今でも変わらないし、これからもずっと、変わらないから」
俺は、麻紀に微笑みかけた。
「ホントに嬉しい。ありがとう、静流。こんなあたしで良ければ、あたしの方こそ、静流のお嫁さんにしてください…」
麻紀の頬が赤く染まった。
「麻紀。ありがとう。俺は、麻紀をずっと離さないから」
俺は、思わず麻紀を抱き締めた。
「うん。あたしね、静流のお嫁さんになりたいって思ってたの…。だから、すごく嬉しい」
麻紀は、満面の笑みを浮かべ、目を潤ませながら俺を見つめていた。
その時の麻紀は、まるで天使とも、女神とも言えるような表情だった。
そんな二人の様子を、花火が、祝福するかのように彩る。
そんな二人を、姉と巧さんは、遠目から嬉しそうな表情で見つめていた。
「顔、赤いよ?」
俺は、笑いながら麻紀に意地悪っぽく言った。
「花火のせいだよ…」
麻紀は、照れ隠しをするように、笑いながら言った。
そこへ、姉と巧さんが仲良く帰って来た。
「おかえり。遅かったね?」
俺が言うと、巧さんが少し、不機嫌そうに答えた。
「いや、イカが食いたくてな?イカを探したんだけど、なかなか見つからなくてな?やっと見つけたと思って並んで、順番来て、ちょうど焼きたてのヤツをもらおうとしたら、イカ屋の兄ちゃんが、それを地面に落としやがって…。しかも、最後の1個。当然、また一から焼き直し。焼けるまで、結構待たされたんだぞ?」
巧さんが、ビールを飲みながら愚痴をこぼす。
「あはは。それは、災難だったね」
俺は苦笑いしながら、言った。
「ったく、イカ屋のヤツめ…」
「あははは」
俺は、巧さんと、そのイカ屋の人とのやり取りが想像出来そうで、おかしかった。
俺達は、そんな笑い話をしつつ、闇の花壇に咲き乱れる、色とりどりの大輪の花に魅了された。
「ホント綺麗ね…」
姉がうっとりしている。
「でも、これで、もう夏も終わりだね…」
俺が、少し淋しげに言った。
「あぁ。そうだな。この花火が終わると、あっと言う間に秋だ」
巧さんも、少し淋しそうだった。
「なんで、花火が終わると秋なの?まだ暑いよ?」
麻紀が、不思議そうに言った。
「俺達の住んでる、この街の秋の合図が、この花火だからさ。この花火が、この街に秋を連れて来るんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。それにな、麻紀ちゃん。盆を境に、昼はそうでもないけど、朝と夜の気温、それから、この辺りの海水の温度がガラリと変わるんだ。急に下がり始めるんだ。その境目の日が、今日なんだよ」
俺と巧さんが、麻紀に説明する。
「そうだったんだ。じゃあ、ホントに夏の終わりなんだね」
「あぁ。この街の今年の夏は、今日で終わりさ。明日からは、少しずつ、空が高くなって、気温が下がって、秋が来るんだよ」
俺は、夏が一番好きな季節だったので、少し淋しい気持ちだった。
「俺は、夏が一番好きだな…。でも、秋の冷たい夜風も同じくらい好きなんだけどね」
俺は、淋しさを紛らわす様に笑った。
「また、来年も夏が来るよ?また、来年も四人で来れば良いじゃない」
麻紀は、笑顔で言った。
俺は、麻紀の太陽に負けないくらいの、眩しい笑顔を見て、淋しさが吹き飛んだ。
「あぁ。そうだね。来年も、再来年も、ずっと四人で花火を見よう」
「もちろん」
三人は笑顔で、俺に答えてくれた。
「今、最後のアナウンスが聞こえたな?これで最後だ。今年はどんな花火なんだろうな?」
巧さんが、言った。
ラストの花火が上がり始める。
川の両岸に掛かるように、花火の仕掛けが渡され、仕掛けからは川に注ぎ込む滝のように、オレンジ色の火花は水面に向かって落ちて行く。
火花はまるで、夕日に移し出された滝の水しぶきのように闇に飛び散る。
「すごぉい。滝みたい」
麻紀がはしゃぐ。
その滝の後ろからは、無数の蕾が、夜空へ向かって飛んで行き、闇の中で薄紅色の花を咲かせて、川に注ぐ滝に色を添える。
「今年の花火は、少し凝ってるんじゃないか?」
巧さんが、言った。
確かに、今までと比べると少し凝っているように思えた。
闇に咲く、薄紅色の大輪の花の花びらと、暗い水面に降り注ぐオレンジ色の水しぶきが、闇に包まれた川の水面を彩る。
それはまるで、山に咲き乱れて散って行く、山桜の花びらと、山桜の木の傍の崖を、勢いよく落ちる滝の水しぶきのようだった。
「今年のラストは、ホントに綺麗だな」
俺まで、感動せずにはいられないくらい、普段見慣れた川の風景を、幻想的な世界が包んでいた。
最後に残った、一枚の薄紅色の花びらと、一滴のオレンジ色の雫が、闇に飲まれて消えた。
「花火のタイトルが「桜」だってさ。そのまんまじゃん」俺は、花火の案内を見て言った。
「でも、綺麗だったよ?あたし、最後の花火が一番良かった」
麻紀は、どうやら、「桜」が気に入ったらしい。
「さて、本当に今年の夏は終わったな。また来年だ」
巧さんが、そう言いながら立ち上がる。
「また、来年みんなで来よう」
俺は、みんなに笑ってみせた。
「よしっ!!じゃあ、霞家に戻って、飲み直しだ。みんな、帰るぞ」
「巧…、まだ、飲むの?」
姉が、少し呆れた表情を浮かべた。
「当たり前だろ?当然、静流も飲むよな?」
ほろ酔いの巧さんが、俺に振る。
「あ、あぁ。うん」
「よしっ。決まりだ。みんな、霞家へ帰るぞ」
巧さんは、かなりご機嫌な様子で、俺達を引っ張って行った。
花火会場の河川敷や土手の上には、家路に着く人々で溢れかえっていた。




