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Chapter 26

車は、麻紀の家の前に着いた。



時計は、夕方の5時を少し回っていた。



麻紀が、ふと言った。



「ウチ来る?」



「へっ?良いの?なんかいきなりだし、挨拶出来るようなカッコしてないし…。悪いよ…」



俺は、突然の麻紀の誘いに少し戸惑った。



「大丈夫だよ。気にしなくて良いから。行こ?」



「あ…あぁ。麻紀がそう言うなら…」



俺は、恐縮した。



「ただいま」



麻紀が、玄関のドアを開ける。



中から、俺よりは少し年上と思われる、若い女性が出て来た。



「おかえり。麻紀。お父さんが心配してたよ?」



「あっ。お姉ちゃん。そうなんだ。お父さんには、後で謝っとくから」



「麻紀?誰かいるの?」



「うん。あたしの彼氏だよ」



「はじめまして。麻紀さんと、お付き合いさせてもらってます。霞静流と言います。いきなり、お邪魔してごめんなさい」



俺は、麻紀の姉に挨拶をした。



「いらっしゃい。良いのよ。気にしなくて。ゆっくりしてね」



彼女は、俺をジッと見たかと思うと、麻紀に小声で言った。



「ちょっと、麻紀。ひょっとして、この人、B-Raveのヴォーカルの静流じゃない?」



「えっ?お姉ちゃん、なんで知ってるの?」



「やっぱり?当たり前じゃない。B-Raveって、すごく有名よ?」



彼女は、知らない方がおかしいとばかりに、麻紀に言った。



そして、俺に言った。



「静流君って、B-Raveだよね?」



「そうです。俺達の事、覚えてて貰えて嬉しいです」



俺は、少し照れくさかった。



「麻紀、凄いじゃない。あの、静流だよ?B-Raveだよ?良いなぁ…。どうやって捕まえたの?あたしにも、そんな話無いかなぁ…」



彼女は、かなりはしゃいだ後、ため息混じりに言った。



「そんな、捕まえたなんて…。静流に出会ったのは、偶然だよ」



麻紀が、彼女になだめすかすように言った。



「そう言えば、あたしの名前言ってなかったね。あたしは、麻紀の姉で、麻優[まゆ]って言うの。よろしくね。麻優って呼んでくれたら良いからね。静流君」



「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えて」



「今度、ライブする時は、あたしも絶対呼んでね。あたしも、あたしの友達もB-Rave大好きだから」



「分かりました。じゃあ、今度のライブは、麻優さん達を、一番良い場所へ招待しますね」



俺は、はしゃぐ彼女に言った。



「ホントにっ!?ありがとう。すごく嬉しい」



彼女は、かなり舞い上がっていた。



彼女が、俺達の熱烈なファンだという事は、彼女の一言一句から、十分に感じ取れた。



それがまた、俺は嬉しいやら、照れくさいやらで、複雑な気分だった。



「静流、おいで」



麻紀が、家の中へ案内してくれる。



「お邪魔します」



「どうぞ。ごゆっくり」



嬉しそうな顔で麻優さんが、家の中へ通してくれる。



麻紀の部屋へ通された。



「へぇ。ここが麻紀の部屋なんだ。やっぱり、綺麗にしてあるね」



俺は、綺麗に片付けられた部屋を見て、自分の部屋と見比べていた。



「麻紀の部屋見てたら、俺の部屋って、確かに汚いね」



俺は、苦笑いしながら麻紀に言った。



「汚いって言っても、服が置きっぱなしだったり、ギターの楽譜とかが転がってるだけでしょ?静流が頑張って、ちょっと片付けるだけで綺麗にはなると思うから、大丈夫じゃない?」



麻紀は、笑いながら言った。



「俺が、頑張って片付けるって事が、一番の問題だけどね」



「トントン…」



部屋のドアを叩く音がした。



ドアが開いて、一人の女性が、部屋に入って来た。



麻紀の母親だ。



俺は、緊張しながら挨拶をした。



「は、はじめまして。麻紀さんとお付き合いさせてもらってます。霞静流と言います。ご挨拶が遅れてすいません」



「まぁまぁ。ご丁寧に。こちらこそ。いつも麻紀がお世話になって、ありがとう。そんなに固くならないでね。麻紀や麻優から、話は聞いてるわ」



麻紀の母親は、優しく微笑みながら、俺に話かけてくれた。



「静流君は、お姉さんと二人暮らしなんでしょう?大変だね…。あたしで良ければ、何か出来る事があれば、お手伝いしてあげるからね」



麻紀の母親は、実の息子に話かけるように、俺にそう言ってくれた。



「ありがとうございます。お気持ちだけで嬉しいです」



俺も、麻紀の母親に微笑み返して、お礼を言った。



久しぶりに、母親と言う存在に触れて、少し懐かしく感じた。



「ウチは、見ての通り、娘ばっかりだから、男の子が来てくれて、息子が出来たみたいで嬉しいわ」



麻紀の母親は、嬉しそうに微笑んだ。



「こんな物しか無いけど、良かったらどうぞ」



麻紀の母親は、グラスに入ったジュースとクッキーを、俺の前に差し出した。



「ありがとうございます。いただきます」



俺は、微笑みながら麻紀の母親を見た。



「じゃあ、ゆっくりして行ってね」



そう言って、麻紀の母親は部屋から出て行った。



「優しいお母さんだね」



俺は、麻紀を見て言った。



「うん。お母さん、ホントに男の子が欲しかったみたいだから、すごく嬉しそう。静流、気に入られちゃったんじゃない?」



「そうだと良いなぁ。嫌われちゃったら、俺も嫌だし…」



「大丈夫。あの人、好き嫌いはっきりしてるから。あの調子だと、静流の事は嫌いじゃないと思うよ」



「なら良かった。ちょっと安心かな」



俺は、苦笑いを浮かべた。



「あっ。もうすぐ、お父さん帰って来る時間だ。そろそろ、晩ご飯の手伝いしなきゃ」



「忙しいね。邪魔したら悪いから、俺は、そろそろ帰ろうか?」



「えっ?晩ご飯食べて行かないの?」



「でも、いきなり悪いよ…」



「ちょっと待ってて」



そう言うと、麻紀は部屋から出て行った。



暫くして、麻紀は部屋に戻って来て言った。



「お母さんも、晩ご飯、一緒に食べよって言ってるよ?」



「えっ?ホントに良いの?」



「うん。大丈夫だよ」



「なんか悪いね…」



「良いから、良いから」



麻紀は嬉しそうな表情をしていた。



「じゃあ、姉ちゃんに電話しとかなきゃ」



そう言って、俺はケータイを手に取り、姉に電話を掛けた。



「あっ。姉ちゃん?俺、麻紀の家で晩飯誘われちゃったから、今日は、晩飯いらないよ」



「そう。分かった。ちゃんと麻紀ちゃんの、ご両親にお礼言うのよ?」



「分かってるよ。じゃあね」



「遥さん、何て言ってたの?」



「ちゃんとお礼言いなさいだって。そんなの、小学生でも知ってるよ」



俺は、顔をしかめながら言った。



「遥さんらしいね」



麻紀は笑っていた。



「じゃあ、あたし、手伝ってくるから。ゆっくりしてて」



「うん。ありがとう」



そう言うと、再び麻紀は、部屋から出て行った。



それから、30分程して、麻紀が、俺を呼びに部屋へ戻って来た。



「もうすぐ出来るから、おいで」



「分かった」



俺は、麻紀の後に付いて行った。



キッチンのテーブルには、美味しそうな料理が並んでいた。



その時、玄関から物音と共に、声が聞こえた。



「ただいま。あれ?お客さんが来てるのか?」



「あっ。お父さん帰って来た」



麻紀は、そう言うと玄関へ向かった。



程なくして、キッチンに優しそうな、中年のスーツ姿の男の人が現れた。



その後ろには、麻紀が見えた。



「はじめまして。麻紀さんとお付き合いさせてもらってます。霞静流と言います。今日は、いきなりお邪魔してごめんなさい」



俺は、申し訳なさそうな顔で麻紀の父親を見た。



「あぁ。いらっしゃい。麻紀がいつも良くしてもらってるみたいで。ありがとう。麻紀からは、いつも話を聞いてるよ。よろしくな」



麻紀の父親は、笑顔で言った。



「晩ご飯まで、ご馳走になって、ホントに申し訳ないです」



「良いから、良いから。気にしなくて。ウチに来て遠慮はいらんぞ?さぁ、椅子に座りなさい」



「ありがとうございます」



「ところで、静流君は、何をやっているのかな?」



麻紀の父親は、俺の事について尋ねた。



「今は、麻紀さんと同じ場所でバイトをしながら、音楽をやっています。僕の夢はいつか、僕達の作る音楽で、たくさんの人に僕達の伝えたい事や、感動を届けたり、元気付けたり、勇気付けたり出来たらと思っています。その為に、今はいろいろな場所で活動を広げて、今では、僕達の活動を支えてくれるたくさんのファンの人達が出来ました」



「そうか。夢があるのは良い事だ。でも、もしもって事もあるだろう?何か考えているのかな?」



「はい。僕達の出来る所までやって駄目なら、僕達は、きっとそれまでだったという事で、スッパリと音楽からは手を退きます。ウダウダやっててもしょうがないですし。その時は、仕事を探しますが、僕は贅沢言ったり選り好みはしません。何でもやるつもりでいます。だけど、僕は、僕の今やるべき事に、全力でぶつかりたいんです。だから、当面は音楽を続けます」



「そうか。そこまで覚悟しているのなら、私は何も言えないな。私にも、静流君くらいの年頃には、いろんな夢があったからな。君を見ていると、昔の事を思い出して懐かしい…」



麻紀の父親は、俺と若かりし頃の自分を重ね合わせて、当時を懐かしんでいた。



「まぁ、君はまだ若い。やり直しはいくらでも出来るからな。頑張れ」



麻紀の父親は、微笑みながらタバコに火をつけた。



「ところで、静流君?麻紀とはどうかな?麻紀の事をどう思ってるんだ?」



「もう、お父さん。いきなり変な事言って…」



麻紀は、焦った表情で言った。



俺は、麻紀の父親に静かに言った。



「僕は、このままずっと麻紀さんと続くなら、結婚したいとも考えています。その時は、自分の夢を捨てる事だって構わない…。そのくらい、麻紀さんは、僕にとって大切な人です」



俺は、麻紀の父親に自分の気持ちをぶつけた。



「静流…」



麻紀は、戸惑った表情で俺を見た。



「そんなに、思ってくれているのか…。ありがとう。これからも麻紀の事、よろしく頼むよ」



「はい」



「良いの?静流?」



麻紀は、戸惑った表情のまま、俺に言った。



「あぁ。俺は、構わないよ。麻紀の為なら何だって出来るよ」



俺は、微笑みながら、麻紀の頭を軽くポンポンと叩いた。



そんな様子を見て、麻紀の両親は目を細めて見ていた。



「母さん。今日は祝いだ。ビールを出してくれ」



「はいはい。分かったわ。麻紀?ビールをお父さんにあげて」



「うん」



「どうだ?静流君も一杯?」



「お気持ちはありがたいです。でも、車で来てるんで…」



「そうか…。残念だな…。じゃあ、また今度は泊まりでウチに来なさい。それなら、大丈夫だろう?」



麻紀の父親は、少し残念そうな表情を浮かべた。



「はい。また、ゆっくりと来させて下さい。今日は、姉にも、晩ご飯だけと伝えてありますから」



「ん?お姉さん?静流君のご両親はどうした?」



麻紀の父親は不思議そうに言った。



「僕の両親は亡くなりました。父親は小学生の頃に。そして母親は、僕が高3の頃にそれぞれ…」



「そうだったのか…。それは、すまない事を聞いてしまった…。悪かった…」



「いえ。大丈夫です。気にしないでください」



俺は、麻紀の父親に微笑みかけた。



「静流君さえ良ければ、私達を本当の親のように思ってくれて良いからな」



麻紀の父親は微笑みながら、優しい言葉をかけてくれた。



「はい。ありがとうございます。お気持ち、すごく嬉しいです」



「さぁ。食べよう。静流君、遠慮しなくて良いからな。さぁ、いっぱい食べてくれ」



「はい。いただきます」



俺は、用意された食事に手を付けた。



「あっ。美味い」



「お口に合ったみたいで良かったわ」



麻紀の母親が嬉しそうに言った。



「そう言えば、麻優さんは?」



俺は麻紀に聞いた。



「お姉ちゃん、彼氏とデートだって」



「ふぅん。だから、さっきから姿が見えないんだ」



俺は、そう言いながら、食事を口に運んだ。




「今日のビールと晩飯は、いつも以上に美味いな」



麻紀の父親が、上機嫌で言った。



「そうね。まるで、ウチに息子が出来たみたいでホントに嬉しいわ」



麻紀の母親も嬉しそうだ。



「静流?唐揚げ食べる?」



麻紀が、俺に言った。



「えっ?良いの?」



「うん。もうお腹いっぱいだから」



「やった。じゃあ、もらお」



そう言うと、俺は麻紀の皿から唐揚げを取り、口の中いっぱいに頬張った。



「はははは。流石、男の子だけあって、良い食いっぷりだ。しっかり食べなさい」



麻紀の父親は、ビールを飲みながら微笑んだ。



食事も済み、食後の一服を麻紀の父親としている時には、夜の9時半になっていた。



「もう、こんな時間か…」



俺は、時計を見ながら呟いた。



「今日は、本当にご馳走様でした」



俺は、麻紀の父親にお礼を言った。



「いや、こちらこそ。大したもてなしも出来なくて、すまなかったな」



「いえ。十分すぎるくらい、良くしてもらって…。本当にありがとうございます」



「また、いつでも来なさい。その時は一緒に飲もう」



「はい。また来ます。今日は、どうもありがとうございました」



そう言って俺は、玄関へ向かった。



「気を付けて帰るのよ?」



麻紀の母親が、優しく言った。



「はい。ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい」



「はい。おやすみ」



麻紀の両親に見送られ、俺は麻紀の家を出た。



麻紀は、俺の車まで一緒について来た。



「じゃあ、今日はありがとう。お父さんお母さんによろしく言っといてね」



「うん。二人共、すごく嬉しそうだった。また、おいで」



「あぁ。また来させてもらうよ。じゃあ、麻紀。おやすみ」



「うん。おやすみ。気を付けてね」



「あぁ」



そう言って、軽くキスを交わして俺は、自宅へと向かった。




麻紀が、家へ戻った時、麻紀の父親に呼び止められた。



「麻紀。ちょっと良いか?」



「なぁに?お父さん?」



「静流君は、見た目はアレだが、素直で真面目だし、すごく良い子だな。今時の子にしては珍しい」



「静流のお姉ちゃんが、結構、そういう事に厳しいみたいだよ」



「そうか。お父さんお母さんがいないのに、立派な姉弟だな」



「お父さん、静流の事、気に入ったみたいだね」



「あぁ。彼なら、いつでも歓迎だ。いつでも呼んであげなさい」



「うん。じゃあ、あたし、晩ご飯の片付けして来るよ」



「あぁ。分かった」



そういうと麻紀は、キッチンへと向かった。



リビングに残された麻紀の父親は、残ったビールを飲みながら、タバコを静かにふかしていた。




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