Chapter 10
あれから、何の進展も無いまま、数日が過ぎた。
今日は、バイトが休みの日。
一日中、彼女に会えない。
そう考えると、会いたい気持ちが膨らんで、いても立ってもいられなくなった。
「はぁ…こんな気分になるくらいなら、休みなんか無い方が良いや…。いや、待てよ?今日は、水曜だよな?うん。間違いない、水曜だ。良い口実があるじゃないか。そうだよ。事務所の机を、掃除しに行けば良いんだよ」
一人思い立った。
後は、行動に移すだけだ。
「…でも、ただ、「事務所に掃除しに来ました。はい、終わりました。じゃあ、帰ります」だと、芸が無いよな…」
「…ん?待てよ…。そうだ」
結論が出た。
「彼女のバイトが、終わる時間に合わせて、掃除が終わるように家を出れば良い。それなら、またゆっくり話が出来るはずだ」
と、一人、部屋で落ち着かなかった。
俺は、昼の3時を回った頃にマンションを出た。
事務所に着いた。
竜也が、驚いた顔で俺を見た。
「あれ?静流、今日休みだろ?」
「いやぁ、よく考えてみれば、今日、俺が、事務所の掃除当番なんだよな?だから掃除に来たんだよ」
「あっ。ホントだな。休みなのに、大変だな」
(良し良し。上手く行ったぞ。竜也にも、誰にも怪しまれてない。これで、堂々と行動に移せる)
俺はさっそく、掃除を始めた。
掃除が半分くらい終わった所で、彼女が事務所に入って来た。
「あれっ?霞君、どうしたの?今日は休みでしょ?」
びっくりしながらも、心無しか、彼女は嬉しそうな顔をしていた。
「ほら、俺、今日、掃除当番じゃん?だから掃除しに来たんだよ」
「わざわざ?大変だね。頑張ってね」
「あぁ。ありがとう。もうちょっとで終わるから」
その時、彼女が机の上に置いてあった、俺のケータイに手を伸ばした。
「綺麗なケータイ…。ラッセンの絵だね。誰のかなぁ?」
「あ、それ、俺のケータイ…」
「へぇ。綺麗だね」
「ペイントしてあるように見えるシールなんだけどね」
「でも、上手く貼れてるね。霞君、ラッセン好きなんだ?」
「うん。見てると落ち着くし、何より色使いが綺麗だから…」
「あたしも、ラッセンの絵、好きなんだ。一緒だね」
彼女は、嬉しそうな顔で俺を見た。
「藍沢さんもなんだ。だったら、俺達、話が合うかもね」
俺は、はにかみながら彼女に言った。
「ねぇ、藍沢さんは、今日もバス?」
俺は、思い切って聞いてみた。
「うん。それしか方法無いから…」
「じゃあさ、また送ってあげるよ」
「えっ?ホント?」
「うん。良いよ」
「やったぁ。ありがとう」
彼女は、はち切れんばかりの笑顔で喜んだ。
「じゃあ、藍沢さんがバイト終わるまで待ってるから」
「うん。ありがとね。じゃあ、そろそろフロアに戻るね」
「あぁ。頑張って」
こうして、俺は、彼女のバイトが終わるのを待つ事にした。
「お疲れ様でした」
彼女の声が聞こえた。
「じゃあ、帰ろっか?」
「うん」
二人、並んで車に向かう。
端から見ると、二人は、恋人同士に見えたに違いない。
そんな、周囲の優しい視線が嬉しくて、まるで夢心地のようだった。
(夢ならこのまま覚めないでくれ)
そう思いながら、二人は、仲良く話をしながら車に乗った。
二人の時間は楽しくて、嬉しくて、幸せで…。
あっと言う間に、海沿いの国道に出た。
そこは、対岸に島があり、海に平行して、国道と電車が走っている。
その頭上には、大きな橋が架かっていて、対岸の島へ渡れるようになっていた。
「橋を渡ったら、すぐに帰れるのにね」
「そうなんだよね…。フェリー待つのも時間あるし…」
「橋、渡ろうか?」
「ホントに?良いの?」
対岸までは、ほんの数百メートル。
ただ、海を渡るには、橋にも船にも、料金が掛かった。
でも、そんな事は気にしない。
「あぁ。大丈夫。じゃあ、橋まで上がるよ」
「やったぁ」
海に平走する国道と、橋へ上がる為の接道の交差点を、橋の方へ曲がった。
曲がりくねった道は、橋へ向けて山肌を登って行く。
上がりきった所で急に視界が開けた。
…海だ。
橋を渡るのは、あっと言う間の事だった。
橋を渡ると、すぐに料金所がある。
料金所で料金を払い、島へ入る。
ちょっとしたドライブ気分だった。
暫く道なりに進むと、突き当たりの三差路に着いた。
「家はどっち?」
「右に曲がって」
「了解」
暫く進むと彼女が呟く。
「家はこの辺りなんだけど、まだ帰りたくないよ」
彼女は、甘えた声で言った。
「じゃあ、少し、ドライブでもしよっか?」
「うん」
嬉しそうに、彼女は頷いた。
島をグルッと半周して、島の南側へ向かった。
水平線には、たくさんの島々が見える。
隣の島へ渡る、大きな橋の下をくぐり抜け、暫く進むと、道の路肩が広くなっている場所を見つけた。
そこへ車を止めて、二人で、近くの浜辺へ下りた。
目の前には、海が広がり、海の上には、幾つもの島が浮かんでいる。
浜辺へ二人、ゆっくりと腰を下ろした。




