第一話
本作は、武 頼庵様ご主催の『夏の○○が好きだった!!』企画参加作品です。
私は高校生の時、吹奏楽部に所属していました。
担当楽器はトランペット。
そして、その吹奏楽部の最大の目標が。
『吹奏楽コンクール全国大会金賞』
でした。
全日本吹奏楽コンクール。
毎年一度開催される、文字通りアマチュアの吹奏楽団体のコンクールです。
中学生の部、高等学校の部、大学の部、職場・一般の部の4部門。
「コンクール」と名が付いているように、全国大会に出場するためには、各地区、各地方予選を勝ち抜かなければなりません。
吹奏楽コンクールの予選というのは、まず、各都道府県の地区大会(予選)で、次に行われる関東、関西などの地方大会(予選)へ出場する団体に選ばれなければなりません。
そして、更にその地方大会(予選)で全国大会への出場する団体が選ばれる、というわけです。
ある意味トーナメントとも言えるでしょう。
吹奏楽というのは、例えば野球の様に得点がハッキリして勝敗が決まるわけではありません。
複数の審査員によって金賞、銀賞、銅賞と評価されます。
金賞だから1位、銅賞だから3位というわけではありません。
全ての出場団体に、それぞれの賞が与えられます。
そして、金賞を授賞した団体の中から次の大会(予選)に出場する団体が選出される、というわけです。
ちなみに次の大会(予選)に出場する事の出来ない金賞は「ダメ金」と呼ばれています。
中学生、高校生の部の全国大会は30年以上、ある同じ会場で実施されていました。
地区、地方大会(予選)はそれぞれの会場で行われますが、高校球児が甲子園を目指すように、その会場を目指す中高生の姿により、いつしかその会場は「吹奏楽の甲子園」と呼ばれるようになりました。
(現在では、耐震設計基準の関係で、会場は変更されています)
高校野球における「甲子園」といえば、もちろん春もありますが、やはり「夏」でしょう。
ドームではなく野外球場のため、炎天下の中で白球を追いかける球児達の姿を観る、というのも一つの風物詩と言えるかもしれません。
吹奏楽コンクールの全国大会は、10月の終わりから11月の初め頃で、「季節」という意味では合っていないように思うかもしれませんが、その全国大会の出場をかけた地区、地方大会(予選)は7〜8月、つまり「夏」に開催されます。
少し乱暴な言い方ですが、吹奏楽コンクールの全国大会は金、銀、銅賞の評価はされますが、それを無視すれば、様々な団体による演奏会、とも言えます。
しかし、地区、地方大会(予選)は、次の大会への出場をかけた戦いです。
なぜなら、次の大会(予選)に出場する権利を獲得する団体数は決まっているからです。
例えば、次の大会(予選)に出場する団体数が2団体だった場合、全国大会に出場する事が出来る実力があっても、その実力がその大会(予選)で3位であれば、次の大会(予選)に出場することは出来ません。
大袈裟な話ではなく、実際にそういう事が起きるのです。
そのため、全国大会よりも、地区、地方大会(予選)の方が、全国大会よりも白熱します。
少し強引ですが、そういう意味では、吹奏楽の「甲子園」は、「夏」とも言えると思います。
吹奏楽コンクールは中学生から職場・一般の部と年齢層は幅広いですが、前述の通り私は高校生なので、吹奏楽コンクール・高等学校の部に出場する事となります。
大まかには同じですが、部門ごとに少し異なる制限などがあります。
そして、もっと正確に言うなら全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部・A組です。
(B組やC組というのもありますが、本作では省略します)
私の入学した高校の吹奏楽部は、全国大会常連の、いわゆる強豪校でした。
その高校を選んだのは、そういう理由ではなく、成績と「制服が可愛い」という安直なものでしたが…
吹奏楽部に限らず、高校野球や他の運動部、文化部にも「強豪校」と言われる学校があります。
私は「強豪校」というものに疑問を持ちました。
なぜなら学校というのは、毎年新入生、卒業生が存在します。
つまり、例えば吹奏楽部であれば、同じメンバーで演奏するのは、1年だけです。
単純に、1年で3分の1のメンバーが変わります。
吹奏楽も他の団体競技と同じように、チームワークが必要です。
「強豪校」には、ある共通点があります。
優秀な指導者、充実した設備、潤沢な資金です。
しかし、今まで聞いたこともない学校が突如として「強豪校」となる場合があります。
そして、あくまで個人的な考えですが、「強豪校」となる一番の要素は「優秀な指導者」。吹奏楽では「指揮者」だと思います。
話が脱線しました。
前述の通り私は、いわゆる「強豪校」と言われる吹奏楽部に入部しました。
私は中学でも吹奏楽部に所属していましたので、演奏の事、吹奏楽部の事など知っているつもりでした。
が、全くの別物でした。(あくまで私の感想です)
一番驚いたのが、先輩(一部同輩も含みます)がめちゃめちゃ(演奏が)上手い事でした。
私も中学生の時は「上手い」とか「エース」とか言われていましたが、そのプライドと伸び切った鼻をバッキバキにへし折られ、粉々になりました。
いやぁ〜とてもショックでしたね。以後「辞めたい」と、何度思った事か…
演奏技術もそうですが、特に驚いたのが「音が大きい」事でした。
トランペットなどの吹奏楽器は、とにかく思い切り吹けば?と思われるかもしれませんが、ただ息をたくさん出して、思い切り吹くだけでは、音が荒れて(「音が割れる」と言います)雑音になるだけです。
大きく、豊かな音を奏でるのはとても難しいのです。
特にチューバという金管楽器で一番大きな楽器を担当している「楽器の方が大きい」と思えるくらい細くて小柄な女性の先輩が、男性顔負けの大きな音でブンブン吹いているのは驚きました。
今更ながら私も女性ですが…
また、逆に小さな音も小さかったですね。(駄洒落ではありません)
小さな音を出そうとすると、ボソボソと弱々しくなってしまいますが、先輩の小さな音は、ピンと糸を張ったような、とても綺麗な音でした。
要するに、ボリュームのレンジの幅が広いのです。
練習方法も違いました。
初めての練習日、体操服を用意するように言われていたので、「何をするのかな?」と思ったら。
「走れ」
でした。
いやいやいや。
分かりますよ。
吹奏楽器を演奏するには心肺機能が強いほうが良いことくらい。
でも、「陸上部か!」と突っ込みたくなるほど走られました。
パーカッションやコントラバスといった吹奏楽器ではないパートの人も走りました。
「は?」更に腹筋、背筋、腕立て伏せ50回?え?文句言ったから倍?
はいはい、もう何も言いません。どうにでもして下さい。恐るべし強豪校。
こうして、プライドを粉々にされ、人生で初めての経験を色々させられて、私の高校吹奏楽部の活動がスタートしたのでした。
チューニングの考え方も違いました。(私が間違っていたのですが)
B♭(シ♭)442Hzでチューニングします。
(おおよそどこの団体でも440〜442Hz。私の経験では442Hzが多いです。また、ピアノは基本的にA (ラ) 440Hzで調律します)
この高校吹奏楽部に入部するまでは、ギターをチューニングするように、単純に楽器の抜差管などを使って音程を合わせるだけ、だと思っていました。
個人で演奏するだけならそれでもいいのですが、吹奏楽では複数人で合わせる必要があります。
その場合、音程だけを合わせるだけではダメなのです。
音程はもちろん、音量、音質など、全体のバランスも考えて合わせる必要があります。
そして、全体がピッタリ合うと、B♭(シ♭)で合わせているのに、倍音のF (ファ) の音が聴こえてきます。
意図的に違う音を出して和音を奏でることを「ハモる」と言いますが、この単音で合わせている時に倍音が聴こえる事も「ハモる」と言います。
これで、一応バンドとしてのチューニングが完了した、と言えるのです。
さて。
入学してから季節が夏服に変わる頃、吹奏楽コンクールに向けての練習が始まりました。
入部して「…ここは地獄だ」と思っていましたが、この時の私は、さらなる地獄があることを知りませんでした。