第九十六話 謀略に頭を悩ます
モルパは考え込んでいた。
王妃がテレーやテュルゴーの職務室にしばしば出入りしているという。
政務にまで干渉しているらしい。
あの接点の無かった二人を結び付けたのも王妃の仕業と聞き及んでいる。
そうなれば彼らも敵と考えても差し支えないかもしれない。
最早モルパは王妃を密かに敵認識しているのだから。
テュルゴーは共通の助言者たるヴェリ師の推しだったが、こうなれば切って捨てる事も考えねばなるまい。
とにかくまず、マリーアントワネットだ。
ショワズール派の残党は何とかかつての主を担ぎ出そうとした。
しかし彼はヴェルサイユに戻ろうとはしなかった。
マリーにトラウマに近い苦手意識があったからだ。
拠り所を失った彼らにモルパが接近した。
共通の敵を示して共闘を持ちかけたのだ。
七十四歳になるモルパは今の地位を死ぬまで離さないという欲に忠実に生きるだけだった。
邪魔なものは追い落とすべきだ。
王妃の地位は取り上げられないが権威は失墜させられるだろう。
とにかく本人に気付かれないよう慎重に行わねば。
具体的方法となればまず悪評をばら撒くことだ。
人気を落とせば権力も落ちるだろう。
幸い糞の王女という格好の題目がある。
噂を誇張して広めればいい。
モルパは新聞を使って悪評を広める事を思いついた。
歴史新聞の記者に息のかかった者がいる。
早速モルパは情報提供の名目で王妃の醜聞を伝える事にした。
糞の王女は……
人糞を集めて小トリアノンの畑に撒いている。
もう記事になっていた。
本人もその作業を行なった。
もう記事になっていた。
その畑で収穫した得体の知れない芋を料理して自分の誕生日に招待客に食わせた。
もう記事になっていたし、情報を拡散したのはパルマンティエという王妃側の男だった。
王妃が隠そうともしないし、気にもしていないので情報だだ漏れだった。
「うむむむ、どんなデマを流せばいいか……いっそ誕生会で皆に糞を食わせたとでも……」
いくら何でもそんな記事載せたらそれが最終号になってしまうだろう。
とにかく糞フェチの女というイメージを記事に反映させるよう言っておこうとなった。
「これで王妃も一巻の終わりだろう……だろうね?」
昼すぎのヴェルサイユ。
マリーは夫と昼食を取っていた。
衆人の見ている中で。
今日は先々王から続く慣習である劇場型の王の執務に付き合っている。
代を追うごとに負担は軽くなっているものの夫の食事は一日一度位のペースで観覧されている。
妻なら同席しても問題ないし、観衆の視線という負担を分け合う事もできる。
とは言っても今観衆の目は王妃の方ばかりに向いているのだが。
マリーがフォークで突き刺した見慣れない食物に視線が集まる。
見せつける様に口に入れ美味しそうに咀嚼してみせた。
じゃがいもの塩茹でに胡椒を振ったものだった。
宣伝にも抜け目は無い。
「食しました」
マリーは祈る様に指を組み、手を解くと立ち上がった。
おお〜
観衆がざわつく。
見た事ない仕草だ。
食後に神に祈るっぽいって?
ざわつく声にマリーが振り向いた。
声がぴたりと止んだ。
マリーはにっこり微笑んだ。
「何か聞きたい事はありませんか?」
観衆達が顔を見合わせる。
その数二十人程。
かなりの数だった。
マリー目当てなのだろう。
一人の男が手を上げた。
「あの……さっきの食しましたって何です」
「ああ、あれは日々無事に食事に臨める事に感謝の意を込めて言っているのです。人は食べないと飢えて死に至るのですから。だから食に巡り会わせてくれた神に感謝、そして食材を育ててくれた方に感謝、収穫し食材として整えてくれた方に感謝、調理してくれた方に感謝、運んでくれた方に感謝という意味です」
「…………」
何を言っているのかよくわからない。
なんかやたら感謝する相手が多くないか?
マリーにしてみれば本当は両手を合わせて頂きます、ご馳走様と言いたかった。
しかしそれは尊敬する師の国の習慣で、そのまま使えばとてもいかがわしく思われそうだ。
だから意味はそのままに形をアレンジしたのだった。
「あなた方の中にも食物を育てたり加工したりする方はおられるんじゃないですか?」
笑顔で尋ねるマリーに誰も返事できない。
王室側から聞かれる事など初めてだからだ。
「では他には? そうですね、今日食べた料理などで知らない物などありませんでしたか?」
情報戦が始まりました。
新聞で情報操作は今も昔も変わりません。
マリーの方はどうなのでしょう?




