第九話 第二の部下
諸刃の剣を振り下ろさんとする相手に対しマリーは冷静に問いかけた。
「もうお止めになりませんか? これ以上無法を通せばあなたは本当に悪党になりますよ。後ろのお二人もそうなりたいですか?」
「やかましい!てめ〜自分の立場分かってんのか!」
「どうやら無理の様ですね……ではっ!」
マリーが素早く足を踏み込んだ。
反射的にゲイルが剣を振り下ろす。
マリーは剣を無造作にかわすと更に一歩踏み込もうとした。
振り下ろされた剣が今度はマリーの脇腹に向けて振り直されんとした。
その瞬間、悲鳴が響き渡った。
「ぎゃああああ〜〜〜!!」
マリーの靴の細いヒールがゲイルの足の甲に突き立てられていた。
全体重をかけたヒールを軸にぐりっと体を回転させる。
「いぎいいいっぃ!!」
痛みの余り剣を落とすゲイルの手をマリーは取った。
両手でひょいと捻ると背後に回る。
「痛ててててて!」
捻じられた痛みから逃げようとすると前進する事しかできない。
追い立てられる様にマリーに連行されていくゲイルの目の前に噴水が見えた。
マリーはゲイルの横に移動して噴水に背を向けさせた。
「うあ……」
ゲイルの顔が恐怖に引き攣る。
マリーはゲイルの手を捻る方向を逆にして一気に回転させた!
「うわあああ」
ゲイルの体が宙を一回転して頭から落っこちた。
ばしゃああんっ
水柱が立った。
水飛沫を浴びながら顔色ひとつ変えずにマリーは悪党を見下ろしていた。
ビスケは唖然として暴漢を噴水に投げ込んだマリーアントワネットを凝視していた。
(尾ひれが……尾ひれが……尾ひれじゃなかったの?!)
「大丈夫ですか?」
ビスケは自分に声をかける尾ひれ、いやマリーの笑顔に当惑してしまった。
(この人は一体?……)
親分を叩きのめされた残り二人は戦意を失い逃げ出そうとした。
そこにカークが立ちはだかる。
「待て!これ以上面倒かけるな」
慌てて逆方向に逃げる二人だがそっちはマリーのいる方向だ。
更に90度曲がって脱出しようとする二人に鞘付きの剣が飛んだ。
どすっ ばしっ
脇腹と首筋を打たれた二人はその場に転がり悶絶した。
「ふうっ……」
やっとの思いで息をついたビスケに、マリーがぐったりしているゲイルを噴水から引き摺り出しながら声をかけた。
「私はマリーアントワネットです。中々見事な剣捌きですね」
「はっ、ありがとうございます」
「お名前をお聞きしたいのですが?」
「はい、ビスケと申します」
「そうですか。それではビスケさん、私の部下になってください」
「ええええっ??」
突然すぎる!
しかも悪党引き摺り出しながら言う事じゃない。
「だめでしょうか?今の仕事が辞められないとかですか?」
はっ!!
(そう、私今無職だった!)
部下になれば剣の腕も活かされるのだろうか?
「今回の騒動、貴方に非は無いと信じておりますが何故鞘を付けたまま剣を振るったのです?」
「……このような気高き場所で血を流すなど畏れ多いと」
「やはり。その様な覚悟を持っている者に非が有る訳ありません。ぜひ貴方のその腕を私に預けてくれませんか?」
その腕を?
腕を……!!
「ありがたき幸せでございます!!」
ビスケはマリーに跪いた。
顔をくしゃくしゃにして涙をこぼしながら。
彼女の長年の願いはここに叶ったのだ。
ビスケが部下になりました。
3人でどんな掛け合いになる事でしょうか。