第七十六話 親の心子知らず
国務会議を機にマリーアントワネットの何たるかがフランス中に広まった。
ただし、かなり独特なイメージで脚色されて。
マリーが人糞で畑を耕す理由は人に伝わる際に殆ど語られず、ただ糞を扱う王女としてしか認識されなかった。
また、暴れん坊王女という呼び名も健在で併用される事もしばしばだった。
王妃になったのに王女のままというのには一部の者の悪意が含まれていた。
四年経っても王との間に子宝が恵まれていないのが王妃とは認めるに値しないという意味合いをが含まれていたのだ。
顔を知らなくとも異端の呼び名は知られているのがこの国の王妃だった。
そして……マリーはそう呼ばれている事をまったく気にしていなかった。
更にマリーの異名は噂と共に国外にも伝わった。
当然お隣のオーストリアにも。
「く、糞の王女ぉ〜〜!!」
マリーの母マリア・テレジアはパリ駐在大使メルシー・アルジャントー伯爵からの報告の手紙を読み、顔を真っ赤にして身を震わした。
手紙にはショワズール失脚の経緯やオーストリアとの共闘を推すべき人材の不足がしたためられていた。
そして最後に控えめに一行だけマリーの近況と言うか、異名を記してあったのだ。
しかしその控えめな一行こそがテレジアを烈火の如く怒らせるに十二分な部分だった。
「あれだけ自重しろと言っておいたのに〜〜!!」
最早捨て置けない!
自分が直接行きたいところだがこの国を離れるわけにはいかない。
ショワズール公爵はもういないとなれば、メルシー・アルジャントー伯爵しかないが……
手紙にマリーの風評を控えめに書いてる時点で心許ない。
これは徹底的に尻を叩かねばなるまい。
テレジアは伯爵に叱咤の手紙を書く事にした。
と同時にマリー自身にも手紙を書かねばなるまい。
問題は手紙に如何にして効果を持たせるかだが……
この時よりテレジアはしばらくの間、紙を置いた机の前でペンを握りつつ頭を悩ます事になった。
テレジアの手紙を受け取った伯爵も頭を悩ます事になった。
フランス大使の貴方がそんな弱気でどうする!! と書かれてあるが。
強気になったらどうなると言うのだろう。
何を言っても全ては民の為、と答える王女なのだ。
手の付けようが無いのに実の母がそこを分かっていないのが辛い。
と言うかこの親子、頑固さでは似ていないか?
それにしても……本当にパリを綺麗な街にする気だろうか。
マリーはテレジアから来た手紙をメルシー・アルジャントーから受け取った。
「わざわざ持って来て頂いてありがとうございます」
「いえ……」
封をしたまま。
「一緒に読みますか?」
「いえいえ、その様なことはいけません」
いけない、と言うか怖くて読みたくない。
「そうですか、分かりました」
ここで別れたい所だがテレジアからの手紙の事もあるので一言だけでも言っておかないと。
勇気を出して言ってみる。
「マリー様……今、王妃の異名として相応しく無い呼ばれ方が広まっております。このままでは王室の威厳が……」
「お気遣いありがとうございます。それもこれもパリの清潔化が実現すればその名を誇れる事すらできるでしょう。その為にも絶対実現させる所存です。パリの民の為に!」
「何も王妃である貴女様がやる必要は無いでしょう」
「では今まで誰も取り組もうとしなかったのはなぜです? 誰もやらないから王妃である私がやるのです、て言うかやりたいです! 私とっても!」
「……」
目を輝かせるマリーに彼は降参した。
絶対説得なんて無理。
それどころかもしかしたらパリの清潔化を本当に実現できるのかも、という気になってしまってる自分がいる。
いけない、王妃側につく気など無いのに何考えているんだ。
ここらで切り上げよう。
「それでは、頑張って下さい」
「はい!」
伯爵はマリーの自室から退室した。
(とにかく言うだけの事は言ったぞ)
史実ではマリーとテレジアの手紙のやり取りは頻繁に行われていたようです。
しかし暴れん坊ではまだ二回目なので少ないですね。
話に出てこなかった手紙のやり取りをまとめて出すのも有りかな?




