第六十四話 王妃の胎動
戴冠式を終えた新国王一行は慌ただしくヴェルサイユへ帰還した。
まだやり残した事があったからだ。
戻ったばかりの国王夫妻を出迎えたのは、数人の警官に囲まれる様にして付き添われた女性。
「デュ・バリー夫人……」
マリーは彼女に近づき声をかけた。
デュ・バリーは冷めた目でマリーを見据えた。
「おかえりなさいませ、王妃様」
「ありがとうございます」
しばらく沈黙しながら二人は見つめ合った。
「……これからどうなさいます?」
「どうするも何もこの警官どもが張り付いて離れません。国王様が帰るまでずっとこの調子です!」
「そうですか……では貴女様はどうされたいのですか?」
「それを聞いてどうするの!?」
「可能な事は聞いて差し上げたい……」
「無理に決まってるでしょ!」
怒鳴った後デュ・バリーは俯いてしまった。
「私は! 王を喜ばすために、そのためだけに、いたんだわ……」
俯く顔が涙に濡れていた。
「役目を終えたら……何もなかった……」
「……」
「本当は自分を喜ばす為に王を喜ばすという名目で散財した。だから王が亡くなったら全て失った」
彼女は顔を上げた。
「だから用意された場所にしか行く所がない。受け入れるしかない。他に行くあてもないから」
デュ・バリーは警官に何やら声をかけた。
警官らは彼女を連れて動き出した。
連れられながらマリーとすれ違った瞬間デュ・バリーは囁いた。
「貴女も自分が喜びたいが為に誰かを喜ばすと言うのなら、私と同じ道をたどるかもよ」
「……!」
立ち尽くすマリーを置いてデュ・バリーは立ち去っていく。
マリーは飢えた人達の為に散財してパンを買い、それを与えて喜ぶ顔を見て自分も喜んでいた。
これはデュ・バリー夫人と同じなのだろうか……だとしたら。
マリーは首を少し捻った。
(ちょっと違う気がするんだけれど……)
デュ・バリー夫人は尼僧院に入所する事になった。
彼女の一族郎党もまとめて退陣する事になった。
つまり一掃された訳だ。
これによりショワズール一派に続きデュ・バリー一派が消滅し、目立った派閥が存在しない状態になった。
よく言えば風通しが良くなったのだ。
この先の政治がどの様に行われるのか、まだ明確な形は出来てはいなかった。
兎にも角にも戴冠式も終わりひと段落したので新国王ルイ十六世は自室でのんびりとしていた。
王の役目である一般観衆に向けての日常公開もこの時間はキャンセルしていた。
側にはマリーがいる。
二人仲良く座椅子でくつろいでいた。
「あなた、お話があります……」
「うん?」
なんだろう、話とは。
「こんな事をせがむのは差し出がましいと思いますが……」
まさか、アレか……
「ぜひ、お願いが」
「ま、待て。そのだな、子は……」
「は?何をおっしゃってます?」
「ん?……」
「私は小トリアノン宮殿をお譲り願えないかと申し出るつもりでしたけど」
「何! そ、そうだったのか。それならお安い御用だ」
「本当ですか!? ありがとうございます〜!!」
あっさりと決まってしまった。
小トリアノン宮殿とはヴェルサイユ宮殿の庭園の西北にある離宮、大トリアノン宮殿の敷地内にある植物園の中に建っている。
箱型正方形の小綺麗な宮殿だった。
これまでデュ・バリー夫人が所持していたものである。
マリーは宮殿の前に広がる緑の芝生に立ち、溢れるような笑顔を見せた。
「やっとここまで来た。さあ、ここから始めましょう!」
この後マリーがこの小トリアノン宮殿で始める事が、とてつも無い騒ぎを引き起こすのだった。
王妃の権力で暴れ出すとどうなるか。
という事ですが……
一応民の為に暴れるという事にはなってます、よね?




