第四百三十八話 来仏が知られる
マリーとテレジアが小トリアノン跡で一悶着、と言うか大立ち回りをしでかしたその日の夕刻、パリにて。
彼はサン・トレノ通りを悠然と歩いていた。
東へ、パレ・ロワイヤル、イノサン墓地へと続く道だ。
最近は墓地の腐臭が軽減され、この道をこの方向に進むのに抵抗が少なくなった。
その時、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「やっと見つけたぞ、おいフィリップ!」
声の方に振り向いたフィリップは眉を顰めた。
「フロンか。ここではケリーと呼んでくれ」
「そんな事より大変だ!」
「何だよ、一体?」
フロンと呼ばれた男は息を切らせながら話し出した。
「一昨日の夕方の話だ。道歩いていたら豪勢な馬車が四台並んでいてよ。その向こうに俺は偶然王妃を見かけたんだ。そこにもう一人、馬車から婆あが駆け寄って来た。そいつの事を王妃が何と呼んだと思う?」
大仰な言い方のフロンにケリーは面倒そうに言い返した。
「もったいぶらず早く言え」
「ああ、実はな。王妃がその婆あをお母様と言ったんだ」
「何?」
「婆あは王妃をマリアとか呼んで抱きしめ合ったんだ……いや、何だか揉み合ったようにも見えたが」
「なんだそれは? 王妃の母親……オーストリア女王マリア・テレジアか? そんな大物なんでここに来てるんだ? 来るなら盛大に迎えるはずだろうが…………お忍びかよ?」
「とにかくそう言うことだ。馬車をつけたら宿に泊まった。翌朝ヴェルサイユに出た」
「ふうむ…………」
考える仕草のケリー。
「どうする? この機会にやるか?」
「何をやるんだよ!」
ケリーの声が大きくなりフロンは戸惑う。
「俺たちの狙いは王妃一人だ! その母親など標的じゃない。女王を利用して王妃を殺すのか?どうやってだ!」
「う…………」
言葉に詰まるフロンにケリーは続けた。
「よその国の女王を娘ごと殺ったらどうなる? オーストリアと戦争になるかもな」
「えっ?!」
「俺たちは王妃だけ狙えばいい。分かったな?」
「ああ…………」
「まあ、お前の気持ちも分かる。イノサン墓地で仲間をやられたからな。俺だって考えてるんだ。王妃を始末する方法をな。だからもうしばらく待て。必ず王妃を仕留めて仲間の仇を討つ!」
「分かった……ケリー、お前だけが頼りだ。頼むぞ」
「ああ…………」
ケリーはイノサン墓地での惨敗からマリーを暗殺する手段を考え直していた。シモンが言っていたヴェルサイユの十人斬り。イノサンでの六人相手、うち四人がクロスボウを持っていたにも関わらず全滅。なぜこんな事ができるのか?
(あいつは一体…………)
その時、ケリーの心に悪魔の囁きが聞こえた…………
(もしかして、これなら……)
「おい、どうした?」
「い、いや、何でもない!」
ケリーの慌てた様子にフロンは当惑する。
普段から冷静であまり慌てる様子を見せる男ではないからだ。
「とにかく、お前らは俺の召集を待て。策が出来上がったら必ず呼ぶ。そして王妃抹殺の為動く。分かったな?」
「おう、待ってるぞ!」
フロンと別れたケリーは歩を止めて再び考え込む仕草で呟いた。
「本当にこの手をやるのか…………?」
何とも不穏な様子のフィリップもしくはケリー。
何を企むのか。
散々マリー暗殺に失敗してきたから作戦も先鋭化するかも知れません。
テレジア来仏中に一体何が起ころうとしているのでしょうか。




