第四百三十五話 入浴中
湯船に顎まで使ったテレジアが叫んだ。
「マリア! 石鹸を!!」
「はいここに」
マリーは浴槽の脇にある台に積み上げられた四角い大きめな石鹸を取ってを差し出した。
「マルセイユ石鹸です。下水道掃除の作業員もこの石鹸で体を綺麗にしておりますので品質は保証付きですよ」
「余計な事は言わんでよろしい!」
石鹸をもぎ取ると体に擦り付けるテレジア。
「まあゆっくりと致しましょう。お母様と一緒のお風呂なんていつ以来でしょうか」
「入った事などない!!」
「そうでしたっけ? 一度や二度くらいあってもいいのですけど」
「ない!」
「じゃ、これが最初で。滞在中に何度でも入れますしね」
「二度も汚れるか!」
「うふふふ。お母様、髪を洗いましょか」
「いらん!」
テレジアはマリーへの反発を続けたがさすがに掴み掛かるまではしなかった。
状況が状況だし気絶前の行き着くとこまで行き着いたあのテンションに今一度持っていくのは難しい。
体もあちこちきしみが激しい。
「マリー……」
「えっ?! ……あ、はい」
マリーと呼ばれるとは思っていなかった。
「あなたはまだ考えを改めないつもりですか」
「はい、この国を良くしたい、国民をの暮らしを良くしたい、そして他の国も……」
「オーストリアもですか」
「はい、自分の国だけ良ければいいというものでも無いでしょう」
「ならばオーストリアでの評判くらい気にしなさい!」
「故郷ですからね。オーストリアとは仲良くしたい。特に民と。両国共に民の暮らしを良くできればと思います」
「だから評判!」
「パリを清浄化する計画は大詰めに来ています。実現すればそれもオーストリアに伝わりましょう。そうすれば糞の王女の評判も…………」
「評判も?」
「愛すべき糞の王女と変わるのではと期待してます」
「それ駄目でしょう〜!!」
「褒め言葉にはなりませんか? ごぶっ!」
テレジアはマリーの後頭部を押さえ湯に沈め込んだ。
すかさずマリーの両手が伸びテレジア首筋を掴んで引き下ろした。
ざぶっ
互いにお湯の中に顔を埋め、更におでことおでこがごっつんこした。
目と鼻の先で見つめ合う。
テレジアは気難しい顔で、マリーは相変わらずの笑顔で口から泡を出し合っていた。
額を押し付けあったまま時間が経ち、お互い息が苦しくなってきた所で……
ぐるん。
額を支点に二人は回転し仰向けなった。
「「ぷはあ〜っ」」
ぷっかり浮かびながら軽く息を整える。
「…………マリー」
「はいお母様……」
「どうしても改めないのですか…………その生き方を……」
「はい、これが私なので…………」
「私は何があっても認めませんよ……」
「私はお母様の気持ちが少しは分かった気がしました」
「なんですって!?」
テレジアが天井からマリーへと体を回転させた。
「あそこまでして私を叱ったのは譲れないものがあったからですね。お母様が考える王妃の有り様、振る舞い、行い、私がみんな裏切ってしまったから……」
「分かっていてもやめないのですね」
「理解はしても賛同はできない、そういう事はいくらも経験してきました」
「それは……不都合な……こちらには」
「前にも聞いたかもしれませんが、お母様は私を理解できたでしょうか」
「できん!!」
「早〜い! うふふふ」
「私は! ……諦めた訳ではない!」
「ええ。でも今は一時休戦です。お風呂をじっくり楽しみましょう」
「むう……」
「という事でさっき髪は駄目だとおっしゃってましたのでお背中を流させて下さいな」
「くどい!」
「そう言わずに」
マリーは起き上がると石鹸を取ってテレジアの背を撫でた。
「こら、やめんか〜!」
「うふふふ」
「なんか賑やかだなあ」
浴室のドアの前に立つビスケが呟く。
「でもテレジア様の声、あんまり大きくない……」
大きかったらたとえ王妃と女王の入浴中であろうと部屋に入ってた。
ドアの向こう側に行く事のできる唯一の護衛が彼女なのだから。
「どうしよう、テレジア様が目覚めた事を報告したいけどここを離れられない……」
小屋と言っても名ばかりでかなり広い建物なのだ。
唯一である事は良くも悪くもだとビスケは思うのだった。
入浴中。
なんとなく穏やかな? 母娘。
はてさて、このまま和解、となるのかどうか……




