第四百二十六話 女王様と王妃様が麦畑
「お母様、お待ちしておりました」
丁寧に挨拶するマリーを馬車を背に轟然と見据える女王テレジア。
感情を抑えに抑えた抑揚の無い口調で彼女は言葉を押し出した。
「国王様、お招き頂きありがとうございます。それでこのような所に如何様で?」
マリーの隣に立つ国王がぎこちなく答えた。
「そ、それは我が妻が言ってくれる」
そう言うと国王はマリーの背後に回りつつ声をかけた。
「マリーよ、後は君に任せる」
「はい」
マリーはテレジアを真っ直ぐに見つめて話し出した。
夫が天に召された日から常に身にまとっている黒い喪服のテレジアと、平民の着る様な作業着っぽい服のマリーが向かい合った。
「お母様。ご覧ください」
マリーの手が示した方には畑が広がり所々で農夫が農作業に勤しんでいた。
「これは、私の畑です」
テレジアが前進を始めながら聞く。
「あなたの畑?」
「はい。ではこちらへ」
マリーは畑に向かって歩き出した。
テレジアはのしのしと後をついて行く。
彼女の護衛が三人が付かず離れずの距離を置いて付いて行った。
カークとビスケ、バジーも更に離れた距離を置いて後を追っている。
畑の中に入るとマリーはテレジアに向き直った。
「ご覧下さい。これはじゃがいもの畑。まだ芽吹いた所です。ジャガイモは栄養価が高く収穫が年に二度できます。私が目を付け耕作を推奨しました。その為にまずここで自分で畑を耕作したのです」
「自分で?」
短い言葉にも迫力が含まれる。
「次行きましょう」
マリーは淡々と畑を進んでいった。
途中農作業中の男とすれ違った。
「ご苦労様です。あとで手伝いますね」
「はっありがとうございます」
(手伝うぅ?)
テレジアの顔が歪む。
一体何を見せようという腹づもりか。
しかも平民に対するあの気安さは……
マリーはじゃがいも畑を通り抜けるとまだ何も生えていない耕地に来た。
耕地を見下ろしながらマリーは母が追い付くのを待った。
テレジアはマリーまで数歩手前まで来て足を止めた。
マリーは土を見下ろしながら話し出した。
「ここは麦を育てる予定です。じゃがいもは毎年同じ場所で栽培できないもので収穫後は耕地を休ませるか麦を育てます」
「……何でそんな話を?」
「ここは王の菜園みたいに王室の舌を満足させる為創意工夫をする農地ではありません。民の腹を満たす為の創意工夫をする農地です。今日もここを耕し麦を育てる準備をしているのです」
少し離れて此処を耕している最中の農夫がいる。
テレジアは臭いを感じていた。
(この臭いは…………!)
マリーは農夫に近付き声をかけた。
「ご苦労様です。では手伝います」
「ありがとうございます、王妃様。では道具を」
マリーは農夫の隣にある荷車からクワを持ち出すと作業を始めた。
(本当に手伝うのか!!)
「お母様」
クワで土を掘り返しながら話を続ける。
「今肥料と土を混ぜて耕す作業を行なっています。こうして麦を育てやすい耕地にするのです」
「!!」
今分かった。
ここら辺に流れる臭いの源泉が!
「私自身がこれをやるのはパリの浄化を実現したいからです。自ら土と戯れる事で自分の施策の何たるかを確認できます」
「…………おい!!」
重低音の声が響く。
「お母様。これが私の今やりたい事です」
「今やりたい事だと…………」
「はい!」
言いながらもマリーはクワで土を耕している。
「…………そのクワでで何をいじってる」
「ああ、肥料と土を混ぜています。これが空気が入る様に耕すのがコツで……」
「さっきから臭いが鼻につくと思ったら…………」
ぶるぶるぶるっ!
テレジアが震え出した。
今まで溜めに溜めたものが今噴き出ようとしていた。
「あなたが今土と混ぜてる物は…………」
此処に至ってもマリーは笑顔を絶やさなかった。
「あ、はいそうです」
ずずずずず…………
異様な空気を身に纏ったテレジアが動き出した。
ずんずんずんっ
テレジアがマリーの目の前に踏み出した。
「…………」
「…………」
テレジアが口を開き、溜まっていた物を一気に吐き出した。
「今土に混ぜてるのは 糞 尿 で し ょ う が〜〜!!」
遂に触れてはならぬ部分に踏み込んだ。
よせばいいのに王妃自ら。
でもマリーも見せたかったんだよね、長年の努力の成果を。
テレジアがいよいよ爆発か?




