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第四十二話 巨大すぎる影







 外へ出たマリーはため息を吐き、硬くなっていた表情を解いた。

 

 「私もまだまだ未熟です。感情に流され奥義を見せつけるとは」


 「おうぎ?」


 「何年、何十年と鍛錬を重ねて身に付けた技です。そんな奥義を脅しに使うとは」


 「なんじゅーねん?」


 ビスケの声が裏返る。


 「ヒバリコ先生に申し訳が立ちませんよね。それでは宿に戻りましょう」


 「マリー様、俺はああいう時マリー様のすんげえ力を使っていいと思いますぜ。それで事を収められるなら」


 「そうですか……バジーさん、お気遣いありがとう」


 傘を刺すとマリーは無風状態で真下に振り続ける雪の中を歩き出した。

 三人も後に続いた。

 パリに来た時は表面を覆うだけだった白い雪は一行の足形をくっきり残す程に積もっていた。


 「ショワズール公爵が随分悪い言われようでしたね」


 マリーの切り出した話にカークが対応した。


 「ああ、そうですね」


 「私の場合印象がだいぶ違うのですが」


 「私の聞いた話ではニコラの言ってた方に近いです。かなりの傍若無人だったと」


 「それは私も聞いてます。この国に来て半年ですから」


 「公爵の権力が翳りを見せたのは三年程前ですか。それでも下降線を見せたとはいえまだまだ力はあったはず」


 「なのに私の見た公爵はいつからあの様に?」

 

 「もしかしたら……」


 「もしかしたら?」


 「マリー様に出会ってからでは……?」


 「えっ? そんな?」


 「今となっては……マリー様ならそれをしでかせそうな気がします」


 「しでかす! 私は何なんですか?」


 「おっと」


 いつの間にか宿に到着していた。

 

 「この話はこれくらいにしておきましょう。宿で一休みを」


 「……わかりました」





 「お帰りなさいませ!ご無事で何よりでございます!!」


 宿に戻ったマリー達を伯爵が大仰に迎え入れた。


 「うふふ、過保護なお父様ですね」


 時刻は八時前だった。

 マリー達は各々の部屋に向かった。

 マリーの部屋は二階だった。

 中に入るとすでに暖炉に火が付いている。

 暖かな部屋でマリーとビスケはくつろぐ事になった。

 

 「ふ〜、快適です〜」


 「まだ九時には早いですけどね」


 「え?まさかまだ何処かへ」


 「行ければいいんですけど……」


 「どこへですか?」


 「いえ、九時では無理でしょう。中央卸売市場などは0時を回らねば始まりませんからね」


 「ああ、そういうところ見たいんですね……」


 言いながらビスケは中央卸売市場がそんな時刻に始まると初めて知った。

 自分が寝ている間にもパリは動いているのだ。


 マリーは曇りかけた窓から外をじっと見ている。

 

 「あ、マリー様、部屋を出てよろしいですか?ちょっと用を……」


 要はトイレ。


 「どうぞ、好きなだけ」


 「はいっ」


 ビスケが出て行くとマリーは再び窓を覗く。

 何だか騒がしい音が聞こえてきた。

 窓を開いて様子を見ようとした。

 吹き込む冷気にも構わず覗き見下すと。


 馬車が馬ごと横転していた。

 雪で滑ったのだろうか。

 馬車の近くには馬を操っていた男が転がっていた。

 と、その時馬車を照らしている街灯の光が消えた。

 周辺に闇が広がる。

 食い入るように見下ろすマリー。


 闇に紛れて影が動いていた。

 影はやっとの思いで立ちあがった馬に近づいた。


 「ぶひひひ~ん!!」


 二頭の馬が悲鳴に近いいななき声をあげる。

 ただ近づいただけなのにこれだけ怯えさせるのは、影の大きさが尋常では無かったからだ。

 影は二頭の馬を見下ろしながら通り過ぎて行く。

 恐怖の余り馬は足を滑らせ将棋倒しの様にして再び倒れてしまった。

 横倒しになっている馬車の中を影が覗き込み、もぐり込んで行った。

 

 マリーは一部始終を食い入る様に見つめながら、自らの内に警笛が鳴らされているのを感じた。

 見ている場合じゃ無い、と……

 ここは二階だった。

 だがそれ程高いわけでは無い。

 マリーは意を決すると窓から身を乗り出した。





 ちょっときつい展開に入ります。

 ギャグもお預けになりそうです。

 ご了承を。

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