第四十一話 喋りすぎた男2
「今フランス王国の財政は……破綻寸前です」
小声で様子をうかがう様に話すニコラだがマリーは普通に聴いている。
「あの……マーニャ様の親族に財政に関わってる方などは……?」
「いてもいなくても好きなだけ話してください」
きっぱり!
「はい……では原因はというと1756年から1763年までの七年戦争、戦に金を吸い取られた。これが大きい」
「ふむ」
「その後も借金返済の目処は立たず膨らむばかり!」
「ふむ」
「しかも最近になって国王の愛妾となったデュ・バリー夫人の贅沢三昧出費の酷い事!国民の税金を何に使うのかと国民の不平不満が噴き出ているのです」
「あら」
「国王は夫人にぞっこんな為止められない。王自身も政治に興味がない。それで王の勤めをしていると言えるのか?!」
「ふむ」
カークもビスケもバジーも表情が曇りまくりだ。
こんな話マリー様に聞かせ続けて良いのか?
「では誰が財政などの政務を行なっているのか? これがろくでもない男で。えげつない事この上ない! その名も……」
「その名も?」
「ショワズール公爵という傍若無人を絵に描いた男で」
「は?」
マリーの顔に?マークが付いた。
それを見たニコラは心の中でにやついた。
(やはり年端の行かないお嬢様、政治の事は分かってないか)
ニコラの喋りに勢いがつく。
「ショワズールは先の七年戦争の時に権力を握り高等法院までも手中にしてしまいました」
「高等法院。貴族で構成する司法機関ですね」
「よくご存知で。権力を握ったショワズールは王をも脅かし出した」
「ふ〜む」
「ありとあらゆる謀略を尽くし国王を追い詰めたのです。王は引きこもるしか無かった」
「ほう」
自分の知ってるショワズールとは大分キャラが違うとマリーは思った。
「しかもこの男はなんと恐るべき事を実行した! 五年前には国王の息子、つまり現王太子の父を毒殺、三年前にはその妻を毒殺したのです!!」
これにはカークが血相を変えた。
ビスケらも色めき立つ。
しかし。
「ほう、本当ですか?」
気の無い声でマリーは聞いた。
その気の無さ加減にニコラの反発心に火が付いた。
「もちろん推測ですが偶然にしてはできすぎです! 彼にとって邪魔な存在が二人続けて急死するなどあり得ないでしょう!そして、かの男はそれができる非道さを持ち合わせていた。だからこそ……」
「でしたら真っ先に毒殺するのは国王では?」
「!!」
驚愕の言葉だった。
「…………」
完全なる静寂に店内がつつまれてしまった。
客はもちろんカーク達まで声を失ってしまったから。
そんな中マリーは平然とコーヒーを飲み干した。
ニコラはしばしの絶句の後やっとの事で声を発した。
「……な、なるほどそういう考えもありますな。しかしその様な指摘をされるとは貴女はなんと鋭い頭脳をお持ちで……」
「でき過ぎた話などいくらでも有ります」
そう、例えば今彼が話している相手がマリーアントワネットといった具合に。
勢いの止まったニコラにマリーは容赦なく促した。
「続きがあればどうぞ」
「そ、そうですな、その後ショワズール公職はオーストリアとの関係強化のため政略結婚を推し進めます。そして遣わされたのがそう、あのマリーアントワネット王太子妃!彼の野心を叶える為オーストリア大公妃マリア・テレジアと結託して企てた謀略!」
再びカーク達が色めき立った。
しかし。
マリーが笑っている。
いかにも面白そうに。
これでは動けない。
「それでショワズール公爵は王太子妃に何をさせようと?」
「いや、いるだけで十分でしょう。後は彼のいう事を鵜呑みにしていれば。そこまで多くは望まないはずですよ」
いるだけで十分!?
もう何度目か覚えてないがカーク達が色めき立った。
しかし。
「ぷっうふふふふ、面白〜い! いるだけって!!」
マリーが吹き出してしまった。
カークらはげんなり。
こういう人だった。
「あ、いや、そこまで笑う事もないでしょう。本人の責任ではありませんから」
「まあ、お優しい」
「ただ……」
「何ですか?」
「その割にマリーアントワネット王太子妃に関する噂が支離滅裂で……牛を倒したとか狂剣士を噴水に投げ込んだとか。こんな噂ショワズール公爵はなんで流してるのか見当が付かないもので。これはもしかしたら……」
「もしかしたら?」
「彼女は結婚相手の王太子によほど不満があったのでは?」
ああっ!!
カーク達の顔面が蒼白になる!
それだけは言っては……
「お世辞にも美男と言えないあの男への不満を騒ぎを起こす事でうさを晴らし、その噂が誇張され広まったのでは……ひっ?」
不穏な空気がマリーから発散されていた。
マリーはうつ向きつつ空になったコーヒーカップに触れた。
その時ニコラ見た事もない、そして今後見る事もない光景を見てしまった。
びしっ
親指と小指で縁に触れていただけのコーヒーカップが砕け散ってしまったのだ。
「……」
ニコラは驚愕の余り身動きが取れなくなってしまっていた。
カップが砕けた理由も砕いた理由も分からなかったから。
カークとビスケが慌ててマリーに取り付いた。
「いけません!」
「落ち着いて、マリー様!」
「え…………?」
今、何て言った……?
店にいるほとんどの者が思った……戦慄と共に!
マリーは二人を取り付かせたまま立ち上がった。
いかにもやっとの思いでという感じで笑みを作っている。
ニコラもやっとの思いで声を発した。
「貴女は、……も、もしや、マリーアン……」
「いえ、私は……マーニャです……マリーではありません……ですよね!!」
「は、はい〜!!」
反射的に全面同意してしまう。
感情を抑えてもあふれ出る凄みを顔に浮かべるマリーにニコラはただ圧倒されるのみだった。
「では……これにて失礼……」
背を向けるとボーイの元へ歩んでいく。
「壊したカップの代金も支払います……」
「は、いえ、お支払いしなくても……」
「支払います!」
「はい!……」
粛々と支払いを済ませ店を出て行こうとするマリーと気遣いながらついて行く部下三人。
彼らが出て行く様子を見送りながらニコラは小刻みに震えていた。
ばたんっ
戸が閉まった瞬間大きく息を吐いて懸命に緊張を解こうとした。
今一度テーブルの砕けた破片を見た。
これの意味するものは……
数々のマリーアントワネットに関する常軌を逸した噂が現実味を帯びて彼にのしかかった。
(もしかしたら私はとんでも無い事をとんでも無い人に言ってしまったのではないか?!)
以前書いた話と落ちまで同じパターンになりました。
事情はあれど何とも言えん。
申し訳ありませんが、この先こんな事あっても生暖かく見守ってもらえれば……




