第四百六話 全力でなだめる
「はあ、はあ、はあ、……」
宿に入ったテレジアはソファに腰掛け大きく肩で息をしていた。
マリーと別れてからだいぶ時間が経ったにも関わらず。
怒りのテンションが一向に下がらないのだ。
事態を聞いて慌てて駆けつけたオーストリア駐仏大使メルシー・アルジャントー伯爵が応対に当たる事になった。
ソファで荒い呼吸をするテレジアにメルシーは恐る恐る話しかけた。
「テレジア様……その……お着物が汚れております。お着替えを…………」
「誰のせいでこうなったと思うのですか〜!!」
「ひっ」
「あの馬鹿娘が泥に汚れて現れたからこうなったのです!!」
「はは〜」
じろりとテレジアはメルシーを睨む。
「貴方がいながらこの七年、あの娘を止められなかったのですか!?」
「はっ、い、いえ……それは…………」
無理だ、としか言いようがない。
言えないけど……
「こうなれば国王ルイ十六世の前で…………あの娘を糾弾し、しばき、いえ仕置きします!! 徹底的に!!」
(うわ〜、凄い事になりそうだ…………だがとても止められそうにない〜)
「メルシー・アルジャントー伯爵!」
「は、はい!」
「着替えをします! すぐヴェルサイユへ行く準備を!」
「えっ? 今ですか……」
「今すぐです!!」
今は午後五時を回っていた。
準備を合わせても到着は八時を過ぎるだろう。
それより……
「テレジア様、今日はまだ予定より二日も早いです。だから今日はここで一泊して明日にヴェルサイユに出発されるのがよろしいかと。
「いえ! 行きます!!」
「しかし向こうも準備ができていないでしょう。それより今日行っても王妃様がまだ帰っていない可能性があります」
「何いいい〜!?」
「王妃様も明日会いましょうとおっしゃっておられたそうではないですか。今日はパリにお泊まりかも……」
その可能性は低いと思うがこの際そこは置いておいて。
「むう…………」
身を硬くするテレジア。
メルシーとしてはとにかく冷却期間を挟まねばとても王宮には連れて行けなかった。
と言うかこんな状態の女王の傍に居続けるとかとても無理。
「今夜は旅の疲れを取る為お休み下さい。明日に備えて」
「旅で疲れた訳ではありませんが……」
(娘で疲れたんですね、分かります)
「…………仕方ない、一泊します!」
(ああ〜〜、よかった〜〜!)
ほっとため息をつくメルシーだったが……
「娘を叩きのめし、いや叩き直すのに力を最大限に溜めておく事にします!!」
(こ、怖!)
メルシーは自分が人生最大の苦境に立っている事を知ったのだった。




