第二十六話 喋り過ぎた男
「私はマーニャと申します。よろしく」
「……俺はジャンと申します」
警戒しつつ話し出す初老の男。
身なりは悪くないが……
「そちらの二人は?」
「懇意にしてる軍人の方に紹介してもらったのです。私一人では危なっかしいですので」
「そうですか。俺も元軍人です。退役しましたが。しかしこんな所に貴族の女性が来るとは珍しい」
「軍人はこう言う店は珍しくは無いのですか?」
「いや、俺は募集を見て入隊した平民出身ですよ。人手が無いと平民までかき集めるのが軍です」
「なるほど。勉強になります」
「それにしても最近は貴女のように珍しい行動をとる王族貴族の女性が多いのでしょうかな?」
「は?」
「いや最近噂を聞いてましてな。王太子妃のマリーアントワネット様の」
カークがびくりと反応する。
来たかとばかりに。
こう言う話題が出る可能性は当然あった。
「どう言うお話ですの?」
マリー自身が食いついてきた。
「聞きたいですか! このパリに広まりつつある刺激的な噂を!」
さっきまでの警戒感はどこへやら、彼は饒舌に話し出した。
「まずマリーアントワネット王女が何の前触れもなくいきなり馬で宮廷を一周したという話を。白馬にまたがり宮廷の外回りを黒馬と競争したそうな。庭園を駆け抜けた時はそれはもう大騒ぎで危うく馬に蹴飛ばされそうになった者もいたそうな」
「あらそうですの」
「そして競争に負けた黒馬の騎手はマリー様の軍門に下り下僕としてこき使われているとの事」
「むっ!」
カークが血色ばむ。
「更には剣を持つ暴漢達を薙ぎ倒す話。庭園の噴水前で言い争いをする内に剣を交え始めたむくつけき男と男」
「え?」
ビスケが絶句する。
「片方の男が劣勢となりもう片方の男とその手下に息の根止められようとした時! 現れたマリーアントワネット! なんと素手で男達を千切っては投げ千切っては投げ最後に噴水に全員叩き込んだ!」
完全に調子に乗りまくっているジャンをカークとビスケがきつい目で睨んでいた。
一方マリーは誤差の範囲とでも思っているのか、ポタージュにラグーを浸して食べながら講釈を聞いている。
「さてこのマリーの武勇伝、真実の程はともかくこれ以外にも語られる逸話がある!」
いつの間にかマリーを呼び捨てにしているジャンは更にテンションが上がってきた。
「これだけの武勇伝を語られるマリーなので、その夫ルイ・オーギュスト王太子の事を完全に尻の下に敷いているという」
ラグーを食べるマリーの手が一瞬止まった。
「しかも彼女は毎朝、早朝に宮殿の外に出る習慣があるという。この間王太子は寝たまんまとの事。夫が寝ている間マリーは一体誰と会っているのやら! 相手はどんな男なのか? 興味は尽きない!!」
マリーが最後のラグーを頬張り噛み潰すようにして、ごくんと飲み込んだ。
「食しました」
言いつつ立ち上がった。
「ジャンさん、ご講釈ありがとうございました」
「いやそんな、そんな。わははは」
「私どもはお先に失礼致します。これだけのお話をして頂いておきながら何もできませんけど、せめて握手の一つでもお願いできますか?」
手を差し出すマリー。
「良いのですか?淑女が男に容易く手を握らせて?」
「よろしいですわ」
(マリー様一体何を?)
(こんな男にどうして?)
手と手が合わさった。
「うわ痛あああ!!」
ジャンが悲鳴を上げて片膝ついてしまった。
「あらどうかしました?お体に気をお付け下さいね。では失礼」
手を離すとくるりと背を向け立ち去って行く。
カークとビスケは怪訝な顔でついて行った。
「マリー様、あれは?」
ビスケが小声で聞いた。
「ああ、あれは親指で相手の親指と人差し指の間の急所を押しただけです」
「そ、そんなものが指の間に?」
思わず自分の両手を見るビスケ。
気にせずマリーは店の主人に勘定をそそくさと済ませていた。
そんなマリーを見てカークは密かに拳を握りしめた。
(よくやって下さいました! やはりマリー様も怒ってらっしゃったのですね。まあそりゃそうか)
ぶひひひひ~んっ!!
突如外から馬の嘶く声が響き渡った。
「うわあああ~!」
続いてバジーの叫び声だ。
「!!」
ただならぬ声の連続を聞いてマリー達は店の外へと駆け出した!
しばらくマリーが暴れてないので少し暴れる話を連休中にという事で。
大暴れはもうちょっと後になります。




