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第二十一話 狩りに始まり狩りに終わる


 




 マリーの初のパリ見聞の翌日。



 「あら、今朝は牛肉ですか!」


 食卓に並べられた料理の一つがマリーの目を引いた。

 仔牛のコートレット(カツレツ)が皿の一つに乗っかっていたのだ。


 「君は牛の肉が好きだったのかい?」


 夫ルイ・オーギュスト王太子が聞いた。

 彼は今キジの焼肉を頬張っていた。


 「いえ、何でも好きですが今朝は何だか牛のお肉が美味しそうに見える気分ですの」


 「ふ〜ん」


 「感謝の気持ちで食します」


 「?」


 疑問の表情になったものの、それ以上気にせず彼はキジ肉を口に運び続けた。

 食卓には朝食にしては豪華な品が皿に並べられていた。

 カツレツ、鶏の丸焼き、卵にハム……

 理由は王太子が大食漢だった、それだけだった。

 食事が終わると次のイベントに二人は向かうことになった。

 マリーが夫に同行を認めてもらった狩りの日だったのだ。

 



 ヴェルサイユ宮殿の裏、西側の庭園をさらに西へ進むと大運河にに辿り着く。

 大運河は先王ルイ十四世が庭園の噴水に水を供給するため10km離れたセーヌ川から水を引いた物だ。

 大掛かり且つ強引な事業であり先王の権力を窺い知る事ができる。

 庭園から東に真っ直ぐ運河が伸び、十字の形になっている。

 その運河沿いに森が広がり狩りに適した場所となっていた。


 マリーは夫と共に森の見晴らしの良い場所に立っていた。

 近くには夫の部下五人と狩りのための猟犬三匹がいる。

 狩りを行うためには相応の人手がいるのだ。

 部下の中には銃を携帯している者までいた。

 それほどまでに狩りというイベントは王家にとって重要な物だったのだ。


 「準備をするから君らは待っててくれ」


 王太子は飄々と三人に言った。

 カークとビスケも一応同行を認められたのだがあくまでマリーの御付きの仕事のみで狩りには関与しない。

 ビスケがカークに囁いた。


 「立ってるだけですかね?」


 「王太子様に御目通りして挨拶までできただけでもありがたく思わねばな」


 「そうですね」


 一方マリーは森の景色をひとしきり眺めた後反対側に振り返った。

 大運河が見える、が、眺めはのどかな川の辺りといった風情だ。

 対岸にはまた森が広がっている。


 「……」


 マリーは岸へ歩き始めた。


 「?……」


 どうしたのかと思いながら二人はマリーについて行った。

 岸に着いたマリーはしゃがんで地面を何かいじっている。


 「どうしました?」


 ビスケが聞くとマリーは立ち上がり川に向かって構えた。


 「ふんっ」


 掛け声と共にマリーは何かをサイドスローで投げた。


 ぱしゃっ


 水面にぶつかったのは小石だった。

 

 ぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっ


 小石が水面を連続して跳ねて行く。


 ぱしゃっぱしゃっ……


 十回以上跳ねてから小石は力尽きた。


 「……マリー様」


 マリーは二人に振り向いた。


 「水切りです。やったことあるでしょう?」


 「あ……はい」


 「待ってる間これで暇潰ししましょうか」


 「水切りでですか」


 当惑気味のカークに対してマリーは言葉を続ける。


 「跳ねた回数で競います。よろしいですか」


 「いや、マリー様」


 ビスケが石を拾い出した。


 「おい、いいのかそれで!」


 「マリー様の仰せのままに!」


 「顔が嬉しそうだぞ!」


 「何年振りかしら」


 「……もう!」


 こうして三人で水切り競争が始まったのだ。

 


 

 「えい!」


 ビスケの投げた石が跳ねる。

 

 「いち、に、さん、し、ご、……」

 

 ぽちゃん。


 「ええと……」


 「12回でしたね」


 「そ、そうですか?」


 「はい」


 マリーは動体視力が高かった。

 

 「次はカークさん」


 「は」


 お付き合いと言ってもいい加減にはできない。

 マリーの洞察力が高いのは知っているので本気を出さねば。


 「んんっ!」


 腰を捻りいかにも力づくといった感じで小石をぶん投げた。


 ばしゃっぱしゃっぱしゃっ……ぽちゃん


 「9回でした」


 「えっそんなに少なかったですか!!」


 不服そうなカークにマリーは冷徹に答えた。


 「力だけではうまくできる物ではありませんよ」


 「うっ」

 

 「カークさん、気を落とさないで」


 などと言うビスケだが目が笑っている。


 「ええい、次だ!」


 「次は私です」


 マリーが言うと投擲姿勢に入った。


 「ふんっ」


 ぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっ……ぽちゃん


 「17回です」


 「本当ですか、それ」


 「嘘は言いません。だいぶ感が戻ってきました」


 「マリー様、随分やり慣れているみたいですが?」


 「五歳の頃からヒバリコ先生と川に来た時は必ずやってました。この道九年ですよ」


 箱入り娘と言うより野育ちなのか、とカークは思った。

 しかしそれで片付けられない特殊さがあるのが我が主なのだ。

 だがそれよりも今は……


 「今度は倍ほど跳ねさせて見せる!」


 「何をやっているのかね?」


 「何をって……お、王太子様!?」


 慌ててかしこまるカークの傍に王太子が部下を連れて立っていた。


 「水切りですわ」


 笑顔で答えるマリーに首をひねる王太子。


 「何だねそれは?」


 「まあ見てください」


 マリーは構えると石を投げた。


 ぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっ……ぽちゃん


 「おお、なんだこれは!?」


 「おや、ご存知なかったですか?勢い良く投げれば水面を何度も跳ねるんですよ」


 「ほう!」


 「おやりになりますか?」


 マリーは石を渡した。

 彼は石を見るとゆっくりと握りしめた。

 川に向くとぎこちなく投げる構えを取る。


 「えいっ」


 ぱしゃっぱしゃっ……とぷん。


 「……」


 茫然自失の夫にマリーが優しく声をかけた。


 「最初は誰でもこんな物なんですよ。回数をこなせばどんどん上手くなります。要はそこまでやる意志です!」


 「そ、そうか」


 もう一度投げる。


 ぱしゃっぱしゃっぱしゃっとぷん。


 「一回増えました!」


 「それくらいでは……」


 「何度でも挑戦できるのが水切りの良い所です」


 「うむ」


 ぱしゃっぱしゃっぱしゃっぽちゃんっ


 「同じか」


 「あなた、ここはこう構えてここからこう捻って……」


 手取り足取り教え始めた。


 ぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっとぷん。


 「増えました!」


 「ああ!」


 「あの、王太子様、狩りの準備ができておりますが」


 「今それどころではない!」


 部下の言葉を袖にして石を拾う王太子。

 これまで水切りの経験が全くなかったせいか完全にはまってしまっている。

 しばらくの間彼を始めとして皆が水切りに興じる事になってしまった。




 「うーむ、10回が越えられない」


 「それは誰もが必ず打ち当たる10回の壁と言います」


 「壁……」


 「そう、人によっては9回の壁や11回の壁だったりします。この壁に当たった時こそ必要なのは試行錯誤!知恵を絞り工夫して回数を増やすのです」


 「むう、奥が深い」


 「伊達に九年間水切りをしておりません。水切りは力ではなく技術が大事ですもの」


 「なるほど〜」


 何だか尊敬の目で王太子はマリーを見ている。

 所在なさげに立っている彼の部下が今一度声をかけてみた。


 「王太子様、今日の狩りはどうされますか」


 「構わん!たとえ国王になんだ収穫なしかと笑われようと甘んじて受けよう」


 ぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっ……

 

 「また9回か。マリー、君は九年やってると言ったな。では工夫に工夫を重ねた君の全力とはどんな物なんだ?」


 「ご覧になりたいですか?」


 マリーはにんまり笑うと石を拾った。

 前屈みになり石を持つ手を思い切り後ろに回す。

 ただならぬ空気が発散された。


 「ぬぬぬっふん!」


 腕が勢い良く振られて石が高速で投げられた。

 

ぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっぱしゃっ!


 まだ石が沈まない。

 皆が石の行方を目で追っている。

 石が対岸まで届こうとしている。

 その先には川の水をのんびり飲んでいる鹿がいた。

 

 ぱしゃっ すこんっ!


 石が鹿の側頭部に命中した。

 鹿はぱたんと倒れて動かなくなった。

 

 「あ…………」







 本日の狩りの収穫。

 森に棲む中でもっとも高貴で美しいとされ、狩猟の花形とも言える動物。


 鹿、一頭。




 こうしてマリーの初めての狩りは終了したのだった。






一休みのお話です。

ある意味気楽に書けた?

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