第二十話 規格外の主との付き合い方
「私は……」
マリーは両の手を握りしめた。
「私は理不尽な事、放って置けない事を見ると黙っていられなくなります。体が動いてしまいます。何故ならあなた達が私を守るのが使命だと言うなら私の使命は民を守る事だからです。王家の人間が国民のために行動しなくてどうします!」
握った拳が震えていた。
「この十年私はそのための学業、修行、鍛錬を続けてきました。実を伴わなければ役目も果たせません。だから……確かに危険を伴うかも知れません。だけどなんの勝算も無しにやっている訳でも無いのです。とにかく、このような私ですが共に民のために行動してはもらえませんか?」
カークもビスケも黙りこくってしまった。
話の内容が次元が違いすぎた。
これでもかという位に民を中心に話を展開している。
こんな王族いるのだろうか。
話が噛み合っていないという感覚だった。
「無理にとは言いません。お二人の判断で決めて下さい」
カークとビスケは顔を見合わせた。
かと言ってここで悠長に相談する訳にもいかない。
沈黙の末ビスケが恐る恐る口を開いた。
「……マリー様。私は士官の道が開けて有頂天になってました。だから覚悟が足りなかったのでしょう。それは反省すべきですが、私はマリー様の言っていることが今ひとつ理解できません。そこまで民に執着する王族など聞いた事ありませんし、民のために我が身を投げ打つなど初めて見ました。だけど、私にはこれしかありません。私を拾って仕事と役目を、使命を与えて下さいました。マリー様の分からぬ所はこれから知っていきたいと思います。だから私はこれからもマリー様と行動を共にします」
「ありがとう……知らない所はお互いにこれから知っていけばいいでしょう。その上で共にいたければ、いれば良いと思います」
神妙に礼を言うマリーの言葉にカークが反応する。
「つまり……解らないならこれから解るよう努力すればいいと言う事ですか。しかしそれでも……」
「そう、理解しても賛同できるとは限りませんよね。賛同できなければ……」
「いえ、そうでもありませんよ。私も賛同できない命令に従わなければならない事など嫌と言うほど有りました。さすがに理解できない命令は御免ですが」
「それでは」
「私もマリー様を知ってみようと思います。しかしそれでも無茶は認める気は有りません。そのおつもりで。手始めにマリー様の師の名と格闘術の何たるかを教えてもらえれば……」
「……名は、ヒバリコ・ドージ。合気と呼ばれる東洋武術のマスターです。力の制御を極意としています。相手の攻撃力をも使って自分の攻撃力とします」
人名以外はそれこそ理解できようもない答えが返ってきた。
「す、凄い……です……ね」
ビスケが一応感想を述べたが明らかに理解ってない。
「お〜いあんたらぁ、何言ってるか分からんがこのお嬢さんはなんかお偉い人みたいだな」
がなり声を上げながらガブリエルがマリーの肩をぽんとたたいた。
「おお、そうでした。ここは貴方達の仕事場でしたね。こんな場所で内輪話を長々としているとはお恥ずかしい限りです」
「何だそりゃ?本当に誰なんだよ、ぶわっはっはっはっは」
「私は……マリーアントワネットです!」
「……マリー……ア、ア、ントワァ?なんだそりゃあ、知らねえなあ。ぶわっはっは!」
マリーは陽気に笑うガブリエルを見上げて微笑んだ。
「そうですか、私知られてないですか。そうよね、私なんか知らなくてもちゃんと生きてけますもんね!ふふ、うふふふふふ!」
「ぶわっはっはっはっは」
「うふふ、ふっふっふ」
地面に降り撒かれた血がまだ掃除されていない屠殺場で陽気な笑い声が重なり響いていた。
呆れながらカークとビスケは肩組み笑い合う親娘ほども年が違う二人を見つめるのだった。
「マリー様はどうしてこうも平民に打ち解けやすいのだ?」
「それ、良い事ではないですか?民の事ばっかり考えてる人ですし」
「ふう〜。これからどうなる事やら?」
「それではこれで失礼します。きっとまたこちらに伺います。その時は土産に金槌でも持って行きたいと思います」
「お〜、そりゃ楽しみだ!待ってるぜ〜!!」
ガブリエルを始めとして屠殺業者全員から盛大に見送られるマリー達。
たまたま通りがかった人達が異様な目で見ていた。
そんな事はお構い無しに笑顔を振りまきながら馬を引いてマリー達は屠殺場を後にした。
「いい人達でしたね」
「そう思えるのはマリー様だからこそですよ」
「私は無理でした〜」
「そう言えばビスケさん」
「はい?」
「馬の名前が決まってませんでしたね。そろそろ決めたらどうですか?」
「あっそうでした」
「色に合わせるんでしたっけ?」
そう言われて考え込むビスケ。
いきなり言われても考え付かない。
「今日見た物で何か思い付くのは有りませんか?」
「今日見たもの……茶色いもの……うっ」
ビスケが呻いた。
茶色い物と言ったらもうこの街で改めて認識した○○○しか思いつかない。
「あ、えっと、その、あ〜だめだ!」
「ずいぶん悩んでますね。ひと息ついてこれでもどうですか?」
そう言ってマリーは荷物袋から紙の包みを取り出した。
紙を広げると中から王冠のような形をしたものが出てきた。
「これは……菓子パンですね」
「はい。グーゲルフップフと言います。オーストリアでは良く頂きました。フランスへ来た際に一緒について来た菓子職人が作ってくれた物です。どうぞお一つ」
「は、はい、ありがたく頂戴します!」
受け取りながらビスケがはっとした。
「これ、茶色じゃないですか!」
「そうですね」
にっこり笑うマリー。
「これにします!ありがとうございます!!え〜、名前はグーグルフッペフーですか……」
「ちょっと違いますし、ちょっと長いですね」
「じゃ、短くしてググルにします!」
「短くしてもちょっと違いますが……まあいいでしょう」
「はい!よろしく、ググル!!」
引いているググルの背をポンと叩くビスケ。
ここが頃合いとばかりカークが声を張り上げた。
「それでは、そろそろ帰りましょうか!」
「え?まだまだ見聞を続けたいのですが」
「物事は程々にしたほうが良いでしょう。マリー様のお尻も汚れが落ちてないですしね」
「うっ……それはそうですが」
飛び乗った牛から落ちた時、尻餅をついたため泥が付いてしまったのだ。
「無茶もいけませんが無理もなさらぬように」
「そうですか……課題が色々見えてきたのですが、次に持ち越しとしましょうか」
「課題、ですか」
「はい……それでは!」
マリーはひらりと銀星号にまたがった。
「それでは、ビスケさん、カークさん、帰りますよ!」
「はい!」 「はっ!」
二人も黒金とググルに乗るとマリーに続いて走り出した。
こうしてマリーの初めてのパリ見聞は幕を閉じた。
次にパリに来たときはどのような出来事に出会うのか。
今回同様騒がしいものになるのだろうか。
恐らくそうなるはずだ。
何故ならマリー本人が騒がしさの中心にいる存在なのだから。
ビスケの馬がググルになってしまいました。
せめてタグルにしたい所ですがそう都合よく語呂が合いませんでした。
仕方ないw




