第二話 マリーアントワネットの朝は早い
夜明け。
日がまだ昇り出したばかりで空に朝焼けが滲み出るような時刻。
マリーはパチリと目を覚ました。
彼女は寝起きは良い方だった。
傍に目を移すと明らかに熟睡中の夫の寝顔が見えた。
当分目覚める事はないだろう。
なんと都合の良い夫なんだろうとほくそ笑むとマリーはベッドを降りた。
用意しておいた服に着替え始めた。
オーストリアから持って来た専用着。
下は一見ロングスカートに見えるが二股に分かれおり、言わば袴みたいな物である。
上は一見ブラウスっぽいがボタンは飾りでシャツのように被る形になる。
一言で言えば軽装。
稽古着としてあつらえた物だ。
靴は平坦な底の柔らかい物。
さらに髪をリボンで束ねる。
背伸びをして深呼吸をすると、片足をつま先立てて足首をぐりぐりほぐす。
両足首ほぐし終えた所でマリーは寝室を後にした。
城内にはまだ起床している者は少なかった。
そのためマリーは誰にも会わずにヴェルサイユ宮殿から外に出た。
「よし!」
掛け声と共にマリーは走り出した。
それは日課でありながらオーストリアからフランスに到着し、婚礼の儀が終わるまでろくに出来なかった事。
鍛錬である。
宮殿は幅400メートルにも及ぶU字型で、正面玄関は東面のU字型の凹んだ位置にある。
そこから東に進むとその先はパリの街へと続く大通りとなる。
正面玄関の西裏側は庭園が広がっている。
マリーは正面玄関から出ると朝焼け空を背にして走っていく。
腹式呼吸を意識しながら。
視線の彼方に広がるのは地平線に区切られた空と大地だった。
この時間、外にも人はほとんど見かけられない。
勿論一人もいない訳ではない。
マリーは前方を歩く二人の兵士の背中を見た。
見回りでもしてるのだろうか。
マリーは二人に追い付く手前で声をかけた。
「おはようございます!」
「ひえっ」
驚く兵士達の前に回り足踏みしながらにっこり笑う少女。
「お早い内からお勤めご苦労様です!」
だ、誰だこの娘……と狼狽える兵士達を追い抜き少女は走り去って行く。
二人が彼女を先日の婚礼の主役だった事に気づいた時には、その姿は小さな点になっていた。
Uの字型の宮殿の端っこまで来たマリーは立ち止まり周りを見回した。
二箇所存在し1500人もの人間が働くという建物を見据える。
「馬小屋!」
場所をしっかり目に焼き付けるとマリーは再び走り出した。
結局マリーは宮殿の内側に沿って一周回り正面玄関に戻って行った。
マリーは寝室に戻り夫がまだ寝ているの確認後、自室に入った。
自分専用の部屋があるのは有難い。
マリーは豪勢な家具を皆端っこに寄せ、真ん中に立った。
深く呼吸をすると鋭い動きが始まった。
それは東洋に伝わる武術の形稽古だった
師であるヒバリコより教わり十年に渡り欠かさず続けてきた稽古である。
ここで途絶えさせるわけにはいかない。
マリーは熱心に稽古を続け早朝ランニングと合わせて二時間の時を費やした。
稽古を終えるとマリーは洗面室にてオーストリアから持参したブラシで歯を磨いた。
稽古着を脱いで汗を濡れタオルで拭くと普段着に着替えた。
普段着といってもそれなりに豪勢なものではあるが。
香水を振りかけると寝室へ急いだ。
そこには。
(まだ寝ている……)
寝顔を見ると二時間前同様の熟睡モード……
これなら日々の鍛錬にも当分気付く事もないかも。
つくづくなんて都合の良い夫だろうか。
(もしかして私ってすごく恵まれているのでは……?)
マリー夫の顔を見ながら微笑んだ。
「感謝この上ありません」
王太子ルイ・オーギュストは普段通りの時刻に目を覚ました。
「う〜ん……」
目を開くと待ち構えたように妻が笑顔で見下ろしていた。
「おはようございます」
「あ、おはよう……起きるのを待っていてくれたのか?わざわざそこまで……ふわぁ〜」
夫はのんびりと欠伸をした。
「いえいえ。たまたま少し早く起きただけですわ」
起床の後は食事、礼拝といった日課がある。
まだ新参者のマリーは城の案内説明などもしてもらう必要があり、それが終わるともう昼食となった。
食事が終わってひと段落。
自分の時間ができると言う訳だ。
「王太子様、ちょっと食後の運動に外の空気を吸ってきます」
「ああ、ちょっとと言わず好きなだけ行っておいで」
椅子にもたれ、お腹をさすりながら夫はマリーを見送った。
果たして彼はこのような安らかな状態を今日一日続けることができるのだろうか?
まだ暴れていません。
次から少し暴れます。
コメディ要素も少し増えますので、もしよろしければ次もご覧願います。