第百九十九話 モルパ就業
夜九時半。
「あ、モルパさん見つかったそうですよ」
バジーが対策室に入るや報告を始めた。
「今連れて来るそうです」
「……そうか。早いな」
ヴェリ師が半ば呆れ気味に答えた。
バジーの大胆すぎる提案通りにした結果だった。
「言ったとおりでしょ? どうせどっかで何も知らずに遊び呆けてるはずだから。今警官は総出で巡回してるんだから見回りしながら呼び掛けまくったらきっと出てくるって」
「出て来るものなのか?」
アルベールが聞いた。
「だって町中でモルパ伯爵様の名を呼び続けられたら恥ずかしくて仕方ないでしょう。止めるには名乗り出るしかない」
「そ、そうか……部下を有効に使ってくれて感謝する」
半ばやけ気味にアルベールは言い捨てた。
さすがあの王妃の部下だ。
ぞろぞろとした足音が聞こえて来た。
ドアが開けられ現れたのは……
「どうなっとるんだ?!」
開口一番モルパが叫んだ。
背後には数人の警官、横にちょこんと所在無さそうなユルリック。
「オペラ座から出られた所をお連れしました」
警官の一人が報告した。
「ふう〜〜……」
テュルゴー達が揃ってため息をついた。
「むむ、どういうつもりだ?」
なおも問いかけるモルパにテュルゴーが諭すように答えた。
「そろそろ働いてもらえませんか? パリの危機を乗り越えるために」
モルパに事情を説明してる間にユルリックは部屋の外で待機していた。
事情は大体分かったが自分の立場では関わるには不相応過ぎた。
「えらい事になった……モルパ様に誘われ同行したせいで……」
「大変だな、おめえも」
バジーがユルリックの肩を叩いた。
「あんたは……?」
「バジーだ」
「ユルリックです」
「主がろくでもねえと子分が苦労する。同情するぜ」
「あんたの主人は?」
「ああ。実を言うと……マリーアントワネット王妃様だ」
「ええっ!! …………そ、それは確かにろくでもない」
「違う!! 」
「えっ?」
「ろくでもねえじゃねえ、とんでもねえ、だ!!」
夜十時にヴェルサイユに短信が届いた。
王は一緒にいるマリーに中身を読んで聞かせた。
「モルパが見つかったそうだ」
「あ、そうですか」
あまり盛り上がらなかった。
パリ市内は警官隊が警護にあたっていた。
そして外壁に囲まれた市外との境界は軍が受け持っていた。
近衛兵達が外からの侵入を厳重に取り締まったのだ。
外壁に六十ある市門の係員と協力体制を取って、不審な入場者を追い返す作業を昼夜問わず行なっていた。
これで簡単にはデモや騒乱を起こそうと企む者達は入るに入れない……
……………はずであった。
夜十時過ぎのヴェルサイユ宮殿。
「内に警察、外に兵隊でしたね……」
マリーはテレーに確認を取っていた。
横には王も立っていた。
ここは王の執務室だった。
「確かにこれなら内の平穏を守り、外からの侵入にも良いですね」
王が疑問を投げかける。
「それならこれ以上の手は無いのではないか?」
マリーがテレーを呼び三人で密談を行う理由は何なのだろうか?
しかしマリーの表情は硬い。
「記憶の片隅にあった事を思い出したのです。杞憂であればいいのですが……オルレアン街道の大陥没から私はパリに地下迷宮があるのを知る機会がありました」
同じく夜十時過ぎのパリ。
対策室での会議中、バジーが控えめに皆の顔色を伺いながら口を開いた。
「ええと、俺みたいなのが口を挟んでもいいですかい?」
バジーはテュルゴーとヴェリ師、アルベール、ついでにモルパに聞いた。
「何を今更。もちろん構わない」
テュルゴーが即答した。
すでにバジーを認め受け入れていたのだ。
「このパリは地中が土でなく石でできてる。だから建物の材料も道の石畳も地下から調達する。採掘してね。当たり前のように」
「だからです」
「だから」
「「外から市門をくぐり抜け、パリの内に繋がる非合法の地下道がいくつも作られている…………」」
モルパがやっと職場復帰。
と言っても頭数以上になるのやら。
それより別の心配事が出てきたのでどうなりますか。