第百九十五話 一人ご飯
テュルゴーは王に一部始終を報告した。
「そうか。ではパリは……」
「は、今日明日中が正念場かと。私はこれよりパリに向かいます」
「そうか……」
「警察も兵も準備は整えておりますので。短信はこまめに行います」
「ああ。そう言えばモルパ伯は?」
「それが連絡がついておりませんで……」
「そうか。とにかくよろしく頼む」
「はっ」
「場合によっては…………私もパリへ赴く」
「ええっ!!」
これには周りの皆が驚いてしまった。
余りにも思い切った判断だ。
「そ、それはいくら何でも……」
「あくまで場合によってはだ。今の段階で行く気は無い」
「そ、そうですか。では行って参ります」
テュルゴーは逃げ出すように部屋を出て行った。
それ程までに王の発言は衝撃的だったのだ。
「あなた……」
マリーは夫に寄り添い不安げな顔で見上げた。
その表情は普段通りの穏やかなものだったが……
「うむ。この先どうなる事か……」
本来こういう事は自分のやる事と思っていた。
人それぞれ任と言うものがあり、自分は外に出て民の為全力を尽くすのがそれだと思っていた。
夫は城にあって適切な指示を与える役割が彼の任に相応しいものだろうと認識していた。
だが状況がそれでは済まさないのか。
もし夫がパリに行く様な事になるなら……
(絶対に私が我が夫の盾となる!!)
用意したものは卵、牛乳、塩、サラダ油、砂糖。
みんなカップに入れてある。
大きなボールに砂糖と卵を入れて棒で混ぜる。
サラダ油を加え混ぜ合わせる。
更に牛乳を加える。
塩少々を加えると小麦袋を取り出した。
袋の破れ目から小麦粉をあけると棒で懸命に混ぜ合わせる。
混ぜた物が全体的に滑らかになった所で熱しておいたフライパンに流し込んだ。
しばらく経つとヘラでひっくり返した。
裏表狐色に焼けたら皿に移した。
パンケーキ(クレープ)の出来上がりだ。
マリーはパンケーキをテーブルにおき、椅子に座った。
かなり厚手の大判パンケーキだった。
しばらくパンケーキを見つめるとマリーは両手を音も無く合わせた。
いつもは決して行わない師の故郷の慣習。
「頂きます」
ナイフで適度に切りフォークで口に入れる。
味は……
それほどでもない。
材料が原因では無いだろう。
ガレット・デ・ロワの様な本格的な料理など自分には無理だ。
それでも間断なく食べ続ける。
食べながら涙が溢れ出ていた。
食への感謝を決して忘れてはいけない。
食物は決して粗末にしてはいけない。
それが師から受け継いだ意思だった。
あんな悲しい事がもう起きませんように。
もう民があんな勿体無い事を起こしませんように。
マリーは自室でただ一人昼食と夕食の間に、つまりおやつを自分で作って食べていたのだ。
買い取った小麦粉を無駄にしない為に。
厚手の大判パンケーキを一つ作っただけではまだ小麦粉は無くならない。
作り置きを後で作っておこう。
じゃがいもが間に合わなかった。
パリの外まで手が届いてなかった。
自分の非力さを思い知らされた。
それでも諦めるなど絶対あり得ない。
「うんぐっうんぐっ」
完全にやけ食い状態だ。
厚手のパンケーキは程なく腹の中に収まった。
マリーはもう一度両手を合わせた。
感謝を込めて。
「ごちそう様でした!」
マリーの食に対する自戒の念が高いです。
この想いが民に通じれば良いのですが。
そしてヴェルサイユからパリへと舞台が移ります。