第百九十三話 部下の主張
やっと一通り小麦粉をすくい終わり袋に戻したマリーは荷役人夫に向き直った。
「ごめんなさい。ここまでしか出来ませんでした。地面に落ちた分はどうしようも有りません。もっと早く止める事ができたら……」
「い、いえ、滅相もない!!」
平身低頭の人夫の手を取り負けないぐらい頭を下げるマリー。
ほとんど中身が無くなった小麦袋を差し出す。
「一度袋から出てしまった物をかき集めて……果たして売り物になるでしょうか?よろしければ私に買い取らせて下さい」
「そ、そんな恐れ多い事を!」
「おいくらでしょうか? 40ソルでしたっけ……」
「いえ! どうぞお受け取りを!! 金は入りませんので!」
「いえ、それでは……」
「マリー様!」
カークが割って入り人夫に向き直った。
「これだけ量も減っている。15ソルで売ってくれないか?」
「……へい」
カークは袋をマリーに押し戻した。
「これで収めて下さい」
「…………」
マリーが倒した暴徒は警備兵に連れられ然るべき処置を受ける事となった。
例によってマリーが倒した事は形式上伏せる事になり、マリーに乱暴を働いた事も罪の内に含めぬ様念を押した。
だが今回はその通りになるとは限らないだろう。
マリーの怒りが大き過ぎてそれらの手回しが雑になってしまったのだ。
小麦袋を抱いてマリーは帰途に着いた。
これ以上自由行動とはいかなくなったのは寧ろ当然だ。
付き添うカークとビスケも硬い表情だった。
「どうして置いて行ったんですか?」
ビスケはいきなり核心を突いた。
「あなた方に迷惑を……」
「もう嫌と言う程かかってます!!」
「……」
「今更、です!」
ビスケが興奮したせいか、やや冷静にカークが話し出す。
「私らはとうにマリー様の為に命を賭ける立場なのです。私はマリー様を守り抜く為、ビスケはマリー様と共に戦う気持ちがある様ですが、どちらも命懸けなのは変わりません。主を守り切れねば死罪です。しかしそんな事にかかわらずマリー様を守れなかったら我らは死んでしまいたいと思うでしょう。既に我らにとってマリー様はそういう方になっているのです。これは最初から与えられた使命ではなく、長きに渡って培った我らの意思です。そうだな、ビスケ」
「そうです! 全部言って下さいました!!」
これにはマリーも声を失ってしまった。
「…………分かりました。私はあなた方を分かっていなかった様です。ごめんなさい……本当に」
「分かって下さればいいんです……」
「今後の行動に生かします」
「はい!」
「にしても今日は反省だらけです。八人掛けの戦いもつい力任せになった所がありました。本来力の制御操作が合気の極意なのに。怒りに我を忘れたのですね」
八人掛け?
また聞いた事ない単語が出てきたが問う気にはなれない。
「それでも有用な情報も見つけました。報告しますのでついて来て下さい。王妃の御付きですからね」
そう言うとやっとマリーは笑顔を見せた。
マリーの部下は大変。
覚悟がいる仕事ですね。
それでも辞めないのはカークもビスケもマリーを放って置けなくなってしまったのでしょう。
とにもかくにも今後とも仲良くやって下さい。