第百九十話 八人掛け
一斉に飛びついてきた男達に対しマリーは荷車の下に潜り込んでかわした。
車輪をくぐり荷車を引く取っ手に飛び付くと自重で荷台を揺さぶった。
ジャックともう一人が揺らいだ荷台から半ば落ちるように飛び降りた。
マリーは荷台から離れて道の真ん中に移動した。
追う八人の敵はマリーを取り囲んだ。
本来ならこんな状況を自ら作る必要ないが、今マリーの怒りは頂点に達していた。
食べ物を粗末に扱う者への怒りは尋常ではなかったのだ。
取り囲む八人の内二人がナイフを持っている。
ジャックが凄みを利かせてマリーに脅しの言葉を言おうとした。
「大人しくしろ、さもないと……」
「お黙り!!」
次の瞬間、マリーはジャックの眼前に迫っていた。
慌ててナイフを振り下ろすジャックだが明らかに素人のナイフ捌きだとマリーは見切った。
両手のひらで振り下ろされたナイフを左右から挟み込んだ。
ぱしっと音がしてナイフが止まった。
「!?」
ジャックの顔が青ざめる。
彼の目の前でナイフを挟んで合掌しているマリーが睨み上げている。
何でこんな事ができるのか?
気を動転させながらナイフを引っ張ったがそれに合わせて押し込まれてしまった。
ナイフの柄が喉に当たり思わずジャックはナイフを離した。
ナイフを両手に挟んだままマリーがジャックを見据える。
「……」
マリーはナイフをぽいっと投げ捨てた。
ジャックは後退りながら叫んだ。
「かかれ〜!!」
ジャックの両脇にいた男が慌てて襲いかかった。
向かって右側の男がマリーの右手を両手で取った。
向かって左側の男がマリーの左手を両手で取った。
マリーは両腕を揃え下から持ち上げる様にして二人の間に半歩踏み込んだ。
両脇の二人の腕がねじ上げられてゆく。
マリーは二人の腕の下をくぐり抜け体を反転させた。
二人の腕はますますねじられ両足が浮き足だった。
最早立っていられない位になった時、マリーが二人を下方に押した。
どどっ
二人同時に背中から倒れた。
唖然とする男二人に容赦無くマリーのつま先が飛んだ。
がつっがつっ
喉につま先を入れられた二人は悲鳴をあげる間も無く意識を失った。
残り六人。
マリーは彼らを舐めるように見回す。
その表情からは意図せず凄みが発散されていた。
溢れ出る様に彼女の口から怒号が発せられた。
「食べ物の恨みは恐ろしいと知りなさい!!」
(今そこで言う台詞なのか……?)
壁の角に隠れて荷役人夫の男は目の前の大立ち回りを見ていた。
ヴェルサイユ住まいの彼はすぐそこにいる女性が王妃であると理解していた。
だが王妃がこんな事をする人だとは知らなかった。
やる事なす事、そして言う事まで枠の外。
(多分助けてもらっているんだろうけど…………誰か助けて〜!!)
マリーが真剣白刃取りを見せましたがこれは合気の技には無いみたいです。
彼女にすれば拙いナイフ攻撃を制してのけるため敢えてそうしたのでしょう。
格闘に関しては合気道の動画を見て参考にしました。