第十九話 反省会
さっき倒された牛が手際良く解体されていく。
ふいごで空気を入れられ膨らまされた牛の体が肉切り包丁で切り裂かれていた。
血が地面に流れ放題に流れている。
マリー達は親方の説明でそれを見学していた。
屠殺後の作業にしても凄惨さは変わらない。
「うっ」
ビスケは視線を完全に逸らしていた。
気持ち悪そうに俯いている。
マリーは身じろぎもせずに解体作業を見つめていた。
なんでこんな冷静なのかとカークは困惑気味だ。
「ビスケさん、無理に見なくても構いませんよ。見る必要があるのは私ですから」
「み、見てません……」
ガブリエルがマリーに聞いた。
「お嬢さんこそ何で平気なんだ?今までこんな女の子見たことねえぞ」
「私たちが普段食している牛肉はあなた方がこうして屠殺し解体している物です。この仕事が無ければ私らはどうすれば良いでしょうか?自分で屠殺するとでも?だからこそこの仕事は尊いのです。そのような屠殺業に目を背けるなどとてもできません」
「何だそりゃあ。小難しい事考えてねえか?」
「要するに貴方らの屠殺解体してくれた牛のお肉は美味しい! 感謝してます! と言う事です」
「お~そっかそっか」
「そうですそうです」
「牛殺して嬢ちゃんに褒められるなんざ初めてだ」
「まあそうなのですか。それは何とも……」
「マリー様!!」
カークが割って入った。
話が脱線する瞬間を見切ったのだ。
「マリー様がこのような場でも気丈な訳は分かりました。もう他に話すことは有りますか?」
「あっ、えっと……」
少考する。
そして。
「さっきの話ですが」
マリーが切り出した。
「カークさんが牛の頭を叩いた時もう一度叩きました。あれは牛の急所は額でなく、たとえ頭蓋骨が割れても暴れ続けると聞いていたからです。人だって骨が折れても死にません。内臓が潰れるか血が流れすぎるかで命が失われる。だから折れた骨を脳髄に届かせるため二度撃たせたのです。鋼の大金槌ですらそうなんです。あなた達は木の棍棒を使ってましたよね?」
「……」
親方どころかカークまで言葉を失っていた。
そこまで考えて二度打たせたのか。
「鉄の棍棒なり金槌なり必要ですね。今後牛を取り逃し道路で暴れさせないためにも。カークさん、あなたの金槌の入手方法を教えてあげて下さい。まあ予算の事もあるでしょうが」
「はっ」
話がひと段落ついた時、解体作業もひと段落ついていた。
作業により出来上がった余り物肉や骨が集められていく。
これもかなりの悪臭がする。
ここに来た時、異臭が糞便どころでは無かったのもそのためだった。
パリにおける課題は山積みだとマリーは思った。
「ガブリエルさん、今回は色々と勉強になりました。ありがとうございます」
「いや、こっちこそ礼を言いたいよ。マリーさんよ、あんたは凄いぜ。牛の背に乗るたぁ信じられんかった」
「そ、そうですマリー様、何であんな無茶をされたんですか!?無事なのが不思議なくらいです!」
「子供を助けるにも間に合わないと思って……それで牛に取り付いてしまいました。うまく牛の急所に手をかけられたので何とかなりました」
「急所?」
「鼻です。鼻の穴に指を突っ込んで右によじりました。そうしたら上手く右に曲がってくれて」
「そんな事を何で知っておられるんですか?」
「懇意にしていた農家の牛飼いの人に教えてもらいました。それと私の師が四方山話で色々教えてくれたのを思い出したのです。確か牛殺しの考察とか言ってました」
(そんな人が何でマリー様の師をやっているんだ!?)
カークはよっぽど口にしたかった言葉を呑み込んだ。
今はもっと大事な事を言わねばならない。
「マリー様、私もビスケも貴女を守るためにいるのです。この身を捧げる覚悟で!なのにマリー様はすぐ自分から危険に身を投じようとされる。これでは我らの立場がありません!」
しばらくの沈黙の後にマリーが口を開いた。
「私は……」
マリーは両の手を握りしめた。