第百八十八話 怒りに触れる
何袋もの小麦粉を積み込んだ荷車を引く荷役人夫。
彼は小麦粉倉庫から持ち出された小麦粉を商人達に売り渡す予定だった。
倉庫を守る警備兵達と別れるのはとても心細い。
街に点在している警備兵を見つけ同行してもらうよう頼むしかない。
などと思っていたら……
だだだだっ
突如、路地から溢れ出る人影。
十人程の男共が一気に荷車を取り囲んだ。
「ああ……」
立ちすくむ人夫の真正面に立つジャックががなり立てる。
「おい! その小麦粉1ボワッソー(12・5リットル)でいくらだ!?」
「えっ……よ、40ソルで」
「高けぇよ!!」
上から怒鳴り声を落っことすジャック。
マリーが横のジョセフに尋ねた。
「どれくらいが適当なの?」
「昨日の夜は20ソル当たりで、と相談してたんだ」
「ふうむ」
こう言ったものは互いの言い値は自分に都合の良いもので歩み寄りが必要と聞く。
「10ソルだ!」
「ええっ!? それは無理です〜」
「黙れ! 普段さんざ儲けてるんだろう?」
「無茶です、それにこれを売るのはあんたらでなく商人やパン屋で……」
「やかましい!!」
「20ソルでは駄目ですか?」
「な、なんだ?」
いつの間にかマリーがジャックの横で人夫を見据えていた。
「お、おめえいつの間に?」
「その……20ソルでも無理です」
「答えんでいい!!」
「普段はおいくらで?」
「だから聞くな!」
「日によって変わりますが……この頃は35ソルを下る事はないです」
「てめえらいい加減にしろ〜!!」
会話から外れてしまったジャックがぶち切れた。
「なんでてめえらが金額交渉してんだ!」
「さすがに10ソルでは相手が暴徒となりそうで……」
「馬鹿か〜! もういい、やれ!」
ジャックの合図で男達の一人が荷台に乗り込み小麦粉の袋に手を伸ばす。
「交渉決裂だ! 小麦粉は頂く!!」
「ああ、やめてくれ!」
狼狽える人夫をよそに小麦粉の袋を掴む。
「やめなさい!!」
突然響いた鋭い声。
小麦粉を掴む手が止まり男達は振り向いた。
マリーに皆の視線が集中した。
「それでは……0ソルではないですか!」
「…………何言ってんだ〜! お前!?」
この後に及んで金額勘定するか?
最早味方意識は無くなってしまった。
「高い金払って不味い パン食わされる。小麦が悪いからパンも不味いんだろう!」
「それは言い過ぎでしょう。農家の皆さんが一生懸命育てた小麦なのだから」
「やかましい!」
ジャックは荷台に乗り込んだ。
マリーはそれでも冷静に説得する。
「落ち着いてください……」
「こんなもの!」
ジャックは懐からナイフを取り出した。
「こうしてやる!!」
言いながらナイフを小麦粉袋に突き立てた。
「あっ!」
白い粉が袋からどさっとこぼれ落ちていく。
マリーの表情が豹変した。
「ど う 言 う つ も り で す か あ あ あ!!」
暴徒がマリーを怒らせてしまいました。
しかもカークもビスケもいません。
これはやばいのではないか。
どっちが?