第百八十五話 城下町探訪
ヴェルサイユの中央市場は宮殿の北東にあった。
小トリアノンから東へ進めば良い。
ただし宮殿からの距離の倍ほど歩かねばならない。
かなりの距離を歩いて来たマリーだったが普段の鍛錬のおかげで息一つ切らしていなかった。
道ゆく途中で人に会ったが特に変わった様子はない。
マリーを見て挨拶する者までいた。
そしてマリーはヴェルサイユの城下町に足を踏み入れた。
ノートル・ダム教会を通りすぎ中央市場が見えてきた。
さすがに警備兵があちらこちらに点在している。
遠目に見ても市場は正常に機能している様だ。
マリーは市場を避けて北へ進んだ。
そちらには格子状に十字路が細かく連なる地域があった。
ここら辺が気を引き締めねばならない場所かも……
マリーは角を曲がりこの地域に入り込んで行った。
すると早速……
「2ソルだ、2ソル!!」
「いえ、だからそれではとても売れませんて」
パン屋の前で三人の男達が店の主人を引っ張り出そうとしていた。
警備兵が二人駆けつけて来た所だった。
「だから高すぎるんだ! 2ソルで売れってんだ」
憤る男らに警備兵が割って入ろうとする。
「おい、それ以上騒ぎ立てるな! 王宮前だぞ!」
「俺たちはただパンの値段の談判をしてるだけだ! あまりに高すぎるから文句言ってんだ!」
警備兵達はまだ手出しをしない。
文句を言うだけでは無く、更に踏み込んだ行動に出ないと動けない。
睨み合いを始めた警備兵と三人の男。
と、突然彼らの間に、
「おはようございます」
マリーの顔が飛び出した。
「わっ」
「うわあ!」
場が驚きに包まれる中、マリーが三人組に問いかけた。
「あなた方はどちらのお方ですか?」
「そ、それはこっちのセリフだ! どこから現れた?」
「近くにおりましたよ。お気付きにならなかったですか?」
「マ、マリー王妃様!?」
警備兵が叫び声をあげた。
さすがに顔は知っている。
パン屋も同様だった。
「お、お前誰だ?」
三人組は顔を知らないみたいだった。
マリーは普通に答えた。
「私はマリーアントワネットです」
「う、嘘つけ! 王妃がなんでここにいる?」
「私はここヴェルサイユに住んでいるんですけど」
「そ、そうじゃねえだろ!」
「それであなた方はどちらから? サルトルビル、ブジヴァール、ピュトー、カリエール?」
男の顔がびくりと緊張した。
どれか当たったのだろう。
「遠路はるばる御苦労様です。しかしヴェルサイユのパンの値に文句をつけにわざわざ来られるとは……」
「うっ…………」
「パンが高くて買えないという不満は理解できますし、苦しい思いもされたのでしょう。でもやり方を見当違いされたのでは?」
「だ、黙れ……」
呻く男にパン屋の主人が声をかけた。
「もうその辺にしておきな。この方は本当に王妃様だよ。ここの民の間じゃ話題を色々振りまいてくれる御方で通ってる」
「ううっ……」
「このまま帰って頂ければ何も咎める事はありません」
「…………分かったよ!!」
男は踵を返して立ち去って行く。
残る二人も慌てて後を追いかけて行った。
見送りながらマリーは呟いた。
「あの人達……サン・マルセルの人達よりも身なりは良かったですね」
マリーが城下町に入りました。
さすがに地元では顔が知れてます。
この先口論だけで済むなら良いのですが……