第百八十三話 前夜
テュルゴーはパリにそそくさと出発し、残されたマリー達は……
五月一日の夕刻、マリーは目安箱から書類を取り出していた。
こういう時の割に数は多かった。
今朝開けたばかりなのに。
書類を懐に入れて小屋を出るとカークとビスケが控えている。
事態が事態なので常にマリーに同行しているのだ。
「お二人とも。少し散歩します」
「どこへ行かれるのですか?」
カークの問いにマリーは苦笑した。
「宮殿の周りを」
「北側ですか?」
強い口調だった。
北からデモが南下しているのだ。
宮殿から北へ進んだらどうなるか。
やりそうだけに怖い。
「実は今、目安箱の書類を読みました」
「えっ? もう読んだのですか」
カークらはマリーの速読術を知らないから無理ない。
「興味を惹く物がありました。情報提供的なものです。他所の住民がやって来てヴェルサイユの一部住人と合流し、怪しげな動きをしているとの事。本当だとするなら……もうすぐ来ます!」
「何ですと!!」
「暴徒が来るのですか!?」
驚く二人だが、だとしたら……
「散歩どころではないでしょう!! 一刻も早く国王に報告を!」
「ビスケさん、お願いします。私は……」
「だから駄目!!」
結局三人で報告する事になった。
王達に報告を終えたマリーはデモ隊がパリより先に此処に来る可能性を示唆した。
「早速テュルゴーに短信を送ろう。しかし彼を呼び戻すべきか……」
「パリもいつ侵入されるか分からないですしね」
「ここは本人に一任しよう。すぐに返信する様にと書いておく」
「場合によってはテュルゴー様不在でヴェルサイユを守るつもりなのですね」
「心許ないが仕方ない」
意を決する王の姿を見上げるマリーの瞳が潤んでいる。
(か、かっこいい……絶対私が守り抜かねば!!)
テュルゴーはとんぼ返りで戻ってきた。
彼なりの判断でヴェルサイユ優先としたのだ。
とりあえずパリはアルベール警察長官とヴェリ師に頼んでおいた。
ただモルパは所在が分からなかったので頼む事はできなかった。
ヴェルサイユにいる者だけで臨時に対策会議が行われた。
議長となった大法官モプーは終始青息吐息だった。
とりあえずパリ同様市場は開いておこうとのマリーの意見が通った。
結局その日の夜はヴェルサイユへの襲撃はなかった。
その間も夜通しの事前対策が実行された。
警備兵の配置を整え来るべき時に備えたのだった。
そしてヴェルサイユは五月二日の夜明けを迎えた……
ヴェルサイユで騒ぎが起ころうとしてます。
これまでパリばかりでしたがヴェルサイユにもちゃんと城下町があります。
ヴェルサイユの街で何が始まるのやら……